第162話「その頃、猛獣達は?⑤」

 白熊が高級酒で手を洗い、小悪魔達がケーキ談義を繰り広げ、雌ライオンが寂しさで発狂している頃。


 ある意味最も危険なシャケの崇拝者である皇太子(仮)のフィリップは、その日トゥリアーノン宮殿にある薄暗くカビ臭い地下牢の一室にいた。


 そして、場面は急遽その一室に集められた政治犯達『自由ランス党』の面々にフィリップが取引を持ち掛けるところから。




「諸君、お初にお目に掛かる。私は第二王子のフィリップ、訳あって兄上より一時的に皇太子の地位を預かっている者だ」


 開口一番、フィリップは部屋にいる連中に対し、そのように自分を紹介した。


「ほう、王子様が自らお出ましとは!そんなお偉いさんが、俺たちみたいな罪人……それも政治犯を集めてどうするおつもりで?あ、もしかして見せしめに纏めて吊るされるとか?」


 すると、後ろ手に縛られた状態で椅子に座らされている十数人の政治犯達の一人が、皮肉げに言った。


「ふむ、そう思うのは当然だろう……だが、安心しろ。むしろその逆なのだ」


「逆?」


 それを聞いたその囚人は、怪訝そうな顔で言った。


「ああ、そうだ。では時間がないので早速本題に入らせてもらう。君達『自由ランス党』の面々にはランスの為、そして兄上の為、その力を貸して欲しいのだ」


 それに対してフィリップはしかつめらしい顔でそう言うと、頭を下げた。


「「「!?」」」


 彼がそう告げると、その内容と、彼らの敵である王族が頭を下げたという事実に、部屋にいる者達は一様に驚いた。


「あの、フィリップ殿下、何点かお聞きしたいのですが……」


 そして、そのうちの一人がおずおずとそう言った。


「ああ、構わない」


「何故この状況で我々などに頭を下げられたです?我々に選択肢など無いのですから、一言やれ、と強制されればよろしいものを……」


 続けて、戸惑いながらそう質問した。


「勿論、それも含めて今から説明する。結論から言えば……全ては崇高なる我が兄上の為だ」


 すると、問われたフィリップは真剣な顔でハッキリそう言った。


 だが、次の瞬間。


「兄上?というと、あのバカで無能と評判の第一王子マクシミリアン?」


 愚かにも、フィリップの前でそんなことを呟いてしまった者がいた。


「……軍曹」


 それを聞いたフィリップは、スッと目を細め、冷たく一言。


「はっ!」


 すると、フィリップの命を受けた大柄な近衛の軍曹が、その丸太のような腕で躊躇なくその男を殴り飛ばした。


「ん?なんだよ……ぐわっ!」


 男は強烈なパンチを顔面に貰い、壁際まで吹き飛んで気絶した。


 それを見たフィリップは、改めて全体に対して告げた。


「諸君すまない、先に言っておくべきだったな。この場に限り、私や現在の政治体制を批判しようと、或いは全く似合っていない父上の口髭をバカにしようと構わない。だが、しかし……」


「「「……(髭?)」」」


「我が兄、マクシミリアンを侮辱することだけは許さない!絶対にだ!いいか?わかったな!?」


 そして、フィリップは血走った恐ろしい目でそう念を押した。


「「「はい!」」」


 憐れな囚人達は、それに反射的に返事をした。


「うむ、宜しい。では、話を戻そうか」


 フィリップが改めてそう言うと、


「あの……それで、殿下は我々『自由ランス党』に何をお望みで?」


 一人がビクビクしながら挙手をしてそう言った。


 すると問われたフィリップは……、


「ああ、それはな……思想的には兎も角、様々な分野の専門家である諸君に、王政を終わらせるのを手伝って欲しいのだ」


 とんでもないことを言い出した。


「「「は!?」」」


 それを聞いた連中は、目を見開いたまま固まった。


 だが、それは当然だ。


 何故なら皇太子、即ち将来その王政の頂点に君臨することが約束されている人間が、自らそれを破壊すると言っているのだから。


 そして、あまりの衝撃で動けない彼らにフィリップは、


「そして、君達にはその為の同志となって欲しい」


 と、告げたのだった。

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