第160話「その頃、猛獣達は?③」
セシロクマが禁断症状で悶え、小悪魔がお祖父ちゃんに蹂躙されているのと同じ頃。
トゥリアーノン宮殿の離宮にある情報局の一室にて。
カフェ『アークリアン』のメンバー達が、無事にシャケの空腹を満たしたことと、シャケに不快な思いをさせた連中に対して報復を完了したことをレオニーに報告しに来たところから。
「この愚か者め!」
その時、情報局幹部であるレオニー専用の部屋で怒声が響いた。
「も、申し訳ありま……」
直立不動の姿勢のまま理不尽に怒鳴られている『アークリアン亭』のグループは、こうなることを何となく予想していたので、すぐさま長であるピエールが代表して謝罪の言葉を口にした。
しかし、シャケが関わっている所為で、余計に激おこなレオニーがそれを遮った。
「黙りなさい!貴方の謝罪など不要ですし、何の価値もありません」
「ひ、酷い……」
「そんなものより私は理由を知りたいのです!一体何故、あのお方が店を訪れた際、直ちに上司である私に報告を上げなかったのか、を!」
いつものメイドルックではなく、パンツスーツ姿のレオニーはそう叫んだ後、そのままの勢いで机を両手でバン!と叩き、立ち上がった。
その際に机が揺れ、彼女が一日掛かりで懸命に処理した書類の山がドサッと音を立てて倒れたが、怒り狂う彼女はそんなことは気にしない。
「えーと、その、あの……我々は報告よりも殿下の空腹を満たす方が優先すべきだと判断しまして……」
そんな理不尽な激おこ上司にピエールは恐る恐るそう答えた。
だが、レオニーはそれを聞いた瞬間、
「……は?ふざけているの?」
それだけで人を殺せそうな程、強力な視線と殺気を部下達に叩きつけた。
「「「ひぃ!」」」
憐れな部下達は戦慄した。
「そうだったのなら、むしろ逆ではないの?」
「え?逆……ですか?」
「ええ、その理由ならばケータリングを頼むよりも、私に報告を上げた方が早いのだから」
「え?でも、それって……」
「報告が有れば、その瞬間に私が最優先で宮廷料理人を連れて駆けつけ、そして自分で給仕をしたものを!」
レオニーは血走った目でそう言った。
「やっぱり……でもそれって禁止なんじゃ……?」
ピエールはツッコムが、レオニーは全く聞いていない。
「ああ!……そうしたら殿下はきっと私のことを『良くやったレオニー!愛してる!』と褒めて下さったに違いない!ああ、殿下……」
それどころかシャケ成分が底をつき、メンタルがヤバめのレオニーは妄想の彼方へと旅立っていた。
「「「ええ……」」」
これを見た一同は、かつてクールで頼れる上司だったレオニーが、完全に私利私欲で動く悪徳公務員と化している姿にドン引きした。
「はっ!……コホン、こ、この件はもういい。次から気をつけるように!」
暫くして意識が戻ってきたレオニーは、誤魔化すように咳払いをした後、若干慌てて話題を変えた。
「「「……はい」」」
「さて、次に聞きたいのは……何故、殿下に狼藉を働いた者たちがまだ生きているか、です」
「え?そんなことはありません!我々はきちんと連中を事務所ごと殲滅し、血の海に沈め……」
これを言われたピエール達は、心外だとばかりに抗議し始めたが、
「この愚か者!」
再びレオニーに黙らせれてしまった。
「!?」
そして呆れ顔のレオニーが再び問う。
「本当に分からないのですか?全く……では言い方を変えましょう。何故、殿下に狼藉を働いた連中に関わる組織がまだ存在するのか?と聞いているのですよ」
「「「!?」」」
意外過ぎるレオニーの言葉に一同は目を見開いた。
「報復をするのならば、きちんと上位の組織や関連団体も殲滅するべきでしょう!」
そして、レオニーの言葉は続く。
「で、ですがあの組の上部組織は国内で最大規模のマフィアですよ!?構成員も数千はいますし、支部も国中にあり、我々だけでは……」
それに対して、思わずピエールは反論したが……。
「愚か者!繊細な殿下のお心が踏み躙られたのですよ!?その報復に必要ならば、あらゆる手段の使用が許可されるに決まっているでしょう!」
そこでレオニーがとんでもないことを言い出した。
「「「え?」」」
一同、唖然。
「まずは陛下と宰相閣下にご報告し、その上で、我が情報局に加えて近衛、憲兵、海軍等可能な限りすべての戦力を動員し、奴らを殱滅するのです!わかったら今すぐ手配して対象の組織を……いや、国内のマフィアと名のつく者全てを地獄へ送ってやりなさい!」
そして、レオニーはとんでもない作戦を指示した。
「ええ!?本当にそんな大規模な作戦をやるのですか!?」
「返事はどうしたの!一体何を躊躇することがあるのですか!全く……我が部下ながら色々と甘過ぎる!」
「いや、レオニー様がおかしいのでは……?」
ピエールは、思わずそうツッコんでしまったが、しかし。
「ああ?私の大事な殿下が襲われたのだぞ?」
その瞬間、レオニーの睨みつけるが発動し、全員戦慄した。
「「「ひぃ!」」」
「この状況で口ごたえするとは……全員後で心身共に鍛え直す必要がありそうですね……しかし、今は時間が惜しい……あ、そうだ!」
と、ここでレオニーが何か思い付いた。
「私が出……」
「「「ダメですって!」」」
「しゅん……」
しかし、速攻で撃沈された。
「トップが動いてはダメですよ!ちゃんと指示通り我々が動きますから、レオニー様は大人しくしていて下さい!」
「ちょっとだけでも、ダメ?」
「「「ダメ!」」」
その日の夜、自分の部屋で深夜まで残業していたレオニーは、シャケに会えない寂しさから来るストレスで、
「うう、殿下……私、寂しいです……ぐすん」
とか言いながら、乙女チックに一人でちゃっかり自分のものにした元シャケの机を涙で濡らしていた。
実はレオニー、こんな感じで毎晩泣いているのだ。
まあ、とは言ってもまだシャケと離れて三日なのだが。
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