第159話「その頃、猛獣達は?②」
セシロクマという名の美少女の皮を被った変態が、禁断症状に悶え苦しんでいるのと同じ頃。
無理矢理ストリア帝国へと送り出された小悪魔、姉、牛……もといマ・リ・アの三人は、ちょうどランスとストリアの国境を越えてすぐの地方都市にいた。
そして、更に詳しく言うと、同都市にある高級ホテルの一室にて絶賛おやつタイム中だった。
「うーん!この『ガトーショコラ』最高に美味しいわ!」
アネットが極上スイーツに顔を綻ばせ、幸せそうに叫んだ。
「ふぇ〜この『チョコケーキ』美味し過ぎるのですぅ〜」
続いてその横では、同じく幸せそうな顔をした裏切りホルスタインがアネットと同じく至福の叫びを上げた。
「貴方達、折角ストリアで食べているのですから、ちゃんと『ザッハトルテ』と言いなさいな」
そんな無邪気に喜んでいる二人を横で見ていたマリーは、呆れ顔でそう言った。
「もう、全部同じ意味なんだから別にいいじゃないの!細かいことなんか気にしない気にしない……あ、コレおかわりしていい?」
するとアネットは反論しつつ、食い気を隠さずマリーにおかわりをおねだりした。
「……こら!アネット、適当なことを言ってはいけませんよ?チョコレートケーキとガトーショコラは基本的に同じものですが、ザッハトルテはあんずのジャムが使われているという明確な違いがあるのです!先程の言葉を訂正なさい!
半分ストリアの血を引く者として見過ごせません!」
そして、マリーは割とどうでもいいことでキレた。
「あ!なるほど、確かに爽やかなあんずの風味がすると思ったわ!アタシこれ気に入った!……ということでおかわりー!」
だが、アネットはそれを聞いても全く動じず、笑顔でおかわりを所望した。
「アネット、貴方ねぇ……いくらこの部屋に身内しかいないと言っても他国で私の女官が食い気を隠さないのはどうかと思いますよ?」
「ええー……ねえ、マリー?アタシ達友達よね?ね?お願い!」
そして、呆れ顔のマリーにアネットはあざとくそう言った。
すると……。
「……まあ、おかわりぐらい別にいいですけど」
マリーは渋い顔をしていたが、アネットにあざとくそう言われると、あっさりおかわりを許してしまった。
「わーい!マリー、ありがと!大好き!」
おかわりを許されたアネットが笑顔でお礼を言うと、マリーは苦笑した。
「もう、アネットはおねだりが上手いんですから……さてと」
そしてマリーは、今度はジト目になってアネットの横にいる生物に向き直り、
「まあ、それはいいとして……何で裏切りホルスタインまでちゃっかりおやつを食べてるのですか?」
彼女は責めるように言った。
「ふぇ!?ワタシはぁ、立場的にレオニー様に逆らえなかった訳ですしぃ、無罪なのではぁ?」
突然そう言われたリゼットは驚きつつも、太々しくそう答えた。
「は?何を寝惚けたことを……そんな訳ないでしょう?私に報告することも出来た訳ですし、裏切り者には『脂』あるのみです」
マリーはそんなふざけた言葉を返してきたリゼットに対して、青筋をうかべながら無慈悲に量刑を告げた。
「ふぇ?死じゃなくて脂ですかぁ?」
リゼットは直ぐにその恐ろしいお仕置きの内容を理解出来ず、頭に?を浮かべた。
「ええ、それであっていますよ?ストリアにいる間、牛肉の脂身だけをたらふく共食いさせて、たっぷりと太らせてから本物の牧場に売り飛ばしますから」
「そんなぁ!慈悲深きマリー様ぁ、どうかこの憐れなホルスタインにお慈悲をぉ!」
マリーから無慈悲なお仕置きの内容を聞いたリゼットは、その瞬間にブワッと涙を浮かべて彼女に縋り付いた。
「ふむ……ねえリゼット、貴方もう裏切ったりしない?同じようなことがあっても次はちゃんと私に報告しますか?」
一方、マリーは腕組みしながらリゼットにそう問いかけた。
「はいぃ!いざとなれば絶対にレオニー様を捨ててマリーに付きますぅ!」
すると、裏切りホルスタインは命惜しさに更なる裏切りを誓った。
この乳牛、最低である。
それを聞いたマリーは満足そうに頷いたあと……。
「宜しい……脂刑」
笑顔でそう告げた。
「ふぇ!?そんなぁ、何故なのですかぁ?」
浅はかなホルスタインは一瞬、マリーの反応を見て赦して貰えると思い込み、表情を明るくしたが、速攻で絶望のズンドコに叩き落とされた。
「だって、一度裏切った人間は信用出来ないもの」
そして、問われたマリーは躊躇なくそう答えた。
「た、確かにぃ、それはそうですがぁ……ふぇ、ワタシはもうダメかもしれないのですぅ」
これには流石のリゼットも何も言えず、最早これまでと、ガックリと肩を落とした。
が、しかし。
「……と、言いたいところですが、一度だけチャンスをあげます。二度と裏切らないと誓いなさい」
なんだかんだ言って身内に甘いマリーは、この愚かなホルスタインにチャンスを与えることにした。
「はいぃ〜超誓いますぅ!」
それを聞いたリゼットは、まるで蜘蛛の糸に縋るカンダタ並みの必死さでマリーの慈悲にしがみついた。
「うむ、いいでしょう。リゼット、有り難く思いなさい。でも、次はありませんよ?」
と、マリーは釘を刺しながら、結局リゼットを赦したのだった。
「ああ、慈悲深きマリー様ぁ、本当にありがとうございますぅ〜、ぐすん」
一方、赦されたリゼットは安堵し、歓喜の涙を流していると、
「ところでリゼット、さっき『チョコケーキ』って言ってたけど、何でルビオン語な訳?」
断罪される彼女の横で我関せず、とケーキを食べ続けていたアネットが話を戻した。
そして、いつの間にかおかわりした三つ目のザッハトルテを頬張りながらそう聞いた。
「ふぇ?ああぁ、それはぁ、私の母がルビオン系ですしぃ、実は従姉妹がルビオンにいるのですぅ」
「へぇ、そうなの」
「はいぃ、あぁ!ルビオンといえばぁ、エリザベス王女ってぇ、一見、人格破綻者を装ってますけどぉ、どっかの性悪なちびっ子とは違ってぇ、実は凄く優秀でぇ、しかも優しい人らしいのですぅ」
「……リゼット、私に喧嘩売ってます?」
そこで、さりげなくリゼットにディスられたマリーが、顔をピクピクさせながら言った。
「いいえぇ!滅相もないのですぅ!」
リゼットは先程のこともあり、速攻で土下座した。
「まあ、いいです。それで?」
「はいぃ、ルビオンの国内では知っている人も多くて『ツンデレ様』とかぁ、『ツンデレラ』とか呼ばれて愛されているらしいのですぅ」
「ツンデレラって……だったら何であの女はわざわざあんな奇行をしているのですか?」
「さあぁ、詳しくは分かりませんがぁ、噂によるとぉ、好きになった男性がぁ、ツンデレ萌えらしいのですよぉ」
リゼットが語った意外な理由に、マリ・アネは同情するような顔になった。
「全く、世の中にはそんな変な野郎もいるのね。その王女様って可哀想……好きになった男がそんな変な奴だったなんて……女として同情するわよ。それに比べてうちの王子様はマトモで良かった!ねえマリー?」
「ええ、同感です!もしお義兄様にそんな性癖があったら流石にドン引きですよ……って、ちょっと待ってください。何でリゼット、貴方がそんなことまで知っているのですか?」
と、そこでマリーがふと思い付いた疑問を口にした。
「ふぇ?ああぁ!はいぃ、実は従姉妹がバックィーン宮殿でメイドをしておりましてぇ、お手紙でちょこちょこ情報交換を……」
すると、迂闊な乳牛は悪びれもせず、割と重大なことをサラリと言った。
「「……」」
それを聞いた二人は、しばし沈黙したあと、
「アネット!確保!」
「がってん!」
マリーが突然鋭く叫び、四つ目のザッハトルテを食べていたアネットがリゼットに飛びかかった。
「ふぇ?ぎゃあぁ!」
リゼットは訳も分からず、いきなり拘束されて悲鳴を上げた。
「この裏切り者め!もう許しません!」
マリー両手を腰に当てプンプンと怒りながら、そんな彼女を見下ろして言い放った。
「リゼット……信じてたのに……まさかアンタが敵国のスパイだったなんて!」
続いてアネットも、リゼットを押さえつけて縄でグルグル巻きにしながらそう言った。
「ち、違いま……」
リゼットは咄嗟に弁明しようとするが遮られてしまう。
「アネット、このホルスタインに何をしてもいいですから、必ずルビオンとの繋がりを吐かせなさい!恐らく売り渡す為の情報は、その胸の中にありますから、なんとかして取り出して下さい!」
そしてマリーはそんな恐ろしい命令を出した。
「りょーかい!」
アネットは元気よくそう答えると、手をワキワキさせながら、ロープでぐるぐる巻きにされて動けない憐れなホルスタインに近づいていった。
そして……。
「ふぇ〜!ワタシのおっぱいはSSDじゃないのですぅ〜……や、やめて下さいぃ〜アネット様ぁ!ふ、ふぇええええええええ!」
約三十分後。
「しくしく……もうお嫁に行けないのですぅ」
そこでは色々されて意気消沈したリゼットがさめざめと泣いていた。
「元々行く当てなんてないでしょうが」
が、そんな彼女にマリーは酷いツッコミを浴びせた。
「うう……ぐすん」
「はいはい、本当に引き取り手が無かったらアタシが貰ってあげるから泣き止みなさいよ」
と、ここでアネットがそんな彼女を慰めた。
「ふぇ?アネット様ぁ〜!うわ〜ん!」
「よしよし、で、実際はどんな感じなの?」
「はいぃ、普通に従姉妹と文通してるだけなのですぅ」
「そう。まあ、大体わかっていましたけどね」
横でリゼットの説明を聞いていたマリーが、しれっとそう言った。
「ふぇ!?」
「ま、私を裏切ったお仕置きはこれでいいでしょう。以後、精進なさ……」
と、マリーが言いかけた時、突然バーン!と弾けるように扉が開き、二メートルはありそうな巨体の厳つい老人が入ってきた。
「マリアー、お祖父ちゃんだよー」
そう叫びながら。
「え!?何でここにお祖父様が!?」
それを見たマリーは思わず目を見開いた。
そして、可愛い孫娘の姿を見つけた厳ついお祖父ちゃん改めて、ストリア帝国皇帝がこちらへやってきた。
「おお!マリア!ここにおったか!ひと月ぶりだな!お祖父ちゃん寂しかったぞー!」
「こ、これは皇帝陛下、ご機嫌麗しゅ……」
ハイテンションのお祖父ちゃんを前に、マリー顔を引き攣らせらながらも、淑女として挨拶をしようとしたのだが。
「こら!マリア!」
怒られた。
「ひぃ!?」
「いつもワシのことは『お祖父ちゃん』と呼ぶように言っておるだろう!」
「え?ああ、そういえばそうでしたわね……しかし皇帝陛下、親しき仲にも礼儀ありと申しますし……?」
と、何となくそれが嫌なお年頃のマリーはそう答えたが、
「ぶー……」
ストリア皇帝は不満そうにブーイングしている。
「くっ、仕方ありません。お、お祖父……様」
「むう……仕方がない、今はそれで我慢するとしよう」
ストリア皇帝は渋々ながらそれで納得した。
「ホッ……あの、それでお祖父様?何故ここに?」
それを見たマリーは胸を撫で下ろし、適当な話題を考えたあと、単純な疑問をぶつけてみた。
「おお、そんなことか!実はちょうどこの辺りを視察中だったのだよ。そうしたらタイミングよくマリアがこちらに来ると言う知らせが入ったのでな、迎えに来たのだ」
すると、上機嫌にお祖父ちゃんはそう言うと、ワシャワシャとマリーの頭を撫でたのだった。
「ふみぅ……左様でございますか……」
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