第158話「その頃、猛獣達は?①」

 ニートシャケが図らずとも街のゴミ掃除(意味深)をしている頃、都落ちした猛獣達は予想通り大暴れ……していなかった!


 なんと、奇跡的に理性を発揮して罰に耐えていたのだ!……まあ、移動日を含め、まだたったの三日だが。


 ではそんな珍しく大人しい猛獣達の様子を少し覗いてみるとしよう。


 一頭目は勿論、皆様が一番気になっていること間違いなしのこの猛獣、セシロクマ!


 暴れ過ぎて遂に捕獲されてしまったこの生物が、王都から親衛隊によって本拠のスービーズ城へと連行され、根こそぎ私物を持ち去れてから数日後のこと。


 燃えるような夕焼けを背に、城の玄関にて使用人達を引き連れた、美しくも儚い公爵令嬢のように見える何かが、見合い相手の伯爵である若き美丈夫を見送る場面から。




「ふふ、それではセシル様、良いお返事をお待ちしておりますよ、キラッ!」


 その時、無駄にサラサラした長い金髪を後ろで束ねた美しい顔の青年が、キザったらしくそう言った。


「うふふ、ASAP(可能な限り早く)でお返事致しますから、どうかご安心を下さいませ♪」


 それに対して公爵令嬢セシルは上品に微笑み、ビジネス用語を交えながらそう返した。


「ふっ、そうですか。今宵は期待で眠れなくなりそうですよ」


 自分に絶対の自信がある彼は、セシルの返事がポジティブなものであると勝手に勘違いしてそう言った。


「ふふ……それでは……おっと、大切なことを忘れておりました」


 続いて彼はあることを思い出すと、他人が見るとイラッとするタイプのイケメンスマイルを浮かべた後、優雅に跪いた。


「あら?」


 それを見たセシルは可愛らしく小首を傾げた。


「セシル様……」


 すると、その美しい青年は彼女の手を取り、優しく口付けをした。


「まあ!」


 それをされた側のセシルは、思わず気持ち悪過ぎて極限まで歪んだ口元を、自由なもう片方の手で覆った。


 そして、なんとかそのまま上品な公爵令嬢を装い続けることに成功した。


 一方、青年は上目遣いのまま彼女に、


「それではセシル様、今度こそ本当にお別れです」


 と名残惜しそうに告げたあと、手を離して立ち上がった。


「……」


 そして、


「ランスで最も美しく魅力的な僕と別れるのはお辛いとは思います……しかし!すぐに毎日、二十四時間三百六十五日一緒にいられるようになりますから、それまでの辛抱です!寂しい思いをさせて申し訳ありませんが……」


「……いえ」


「それではセシル様、ご機嫌よう。キラッ!」


 青年はウザいセリフを勘に触るテノール調の声で唄うように告げた後、無駄に白い歯をキラリと光らせながら馬車に乗り込んだ。


 そして、彼は馬車に乗り込んだ後も、窓から殴りたいその笑顔を最後までセシルに向けながら去っていった。




 数分後、馬車が城の敷地を出て完全に見えなくなったところで。


「うえー……最悪です!手が腐ります!マルタン!一番(アルコール度数が)高いお酒を!大至急!」


 一連の苦行を耐えきったセシルは、馬車が見えなくなった瞬間、大声で執事長のマルタンに向かってそう叫んだ。


「はい、一番(値段が)高いお酒でございますね?畏まりました(お嬢様がお酒でリラックスされたいとは珍しい、やはり慣れないお見合いでお疲れなのだな)」


 いぶし銀のダンディな執事長はセシルの言葉をそのように解釈し、早速城内へと入って行った。


「ああー!早く消毒しないとキモ過ぎて雛◯沢症候群とか発祥しそうです!……ああ!何か首のあたりが痒い……あ!あとマルセル!」


 セシルはあまりのキモさに耐え切れず、血走った目のまま首のあたりを掻きむしった。


 そして、次に何かを思い出し、今度はクールビューティーなメイド長を呼んだ。


「はい、お嬢様」


「ありったけの塩を持ってきて、ばら撒いて下さい!あの男が通ったところ全てに分厚く!あと、馬車が通った道もスービーズ領を出るところまで撒いて下さい!」


「……お嬢様、お気持ちは理解致しますが、それでは領内で塩害が発生して農民が困ってしまいます」


「ぐぬぬ……それじゃあお城の敷地内だけでいいですから!必ずですよ?」


「畏まりました」


 マルセルは恭しく頭を下げると、手隙の騎士や使用人達に指示を出し始めた。


 そこで少し落ち着いたセシルは、急にどっと疲労が押し寄せた。


「はぁ、城に戻ってから毎日毎日、朝から晩まで羽虫共に愛想を振り撒くのは本当に疲れます……全く、幾ら我が家の地位と財産が莫大なものだからって、お見合いの申し込みが多過ぎじゃないですかね?国内外から、しかも年齢層もショタからメタボリックなおじ様まで意味不明に広いですし……皆さん私を宝くじの一等か何かと勘違いしているのでは?」


 と、セシルがボヤいていると不意に背後から声がした。


「お待たせ致しました、お嬢様」


 彼女が振り返ると、そこには執事長マルタンが、銀製のトレーに最高級のブランデーとクリスタルグラス、それに水差しを載せて立っていた。


「ありがとうマルタン!待ってました!」


 セシルは嬉しそうにそういうと、キュポン!と、こぎみよくボトルのコルク引き抜いた。


 そして、一般的な家が一軒買える程、高価なブランデーを……、


「はぁ〜、穢れが浄化されていきます〜」


 ドバドバと手にぶっかけ始めた。


「お、お嬢様!?何を!?」


 主の秘蔵のコレクションの中でも最上級の酒が読んで字の如く『湯水のよう使われる』という、とんでもない光景を目の当たりにした執事長マルタンは、卒倒しそうになった。


 逆にセシルは遠慮なく超高級ブランデーを消費……いや、浪費しながら上機嫌で消毒作業を続けている。


「ふんふ〜ん♪消毒消毒っと!……はあ、これで多少は気分がマシになりました!」


 そして、心ゆくまで手を消毒したセシルは笑顔でそう言った後、中身を全て使い切り、空になったボトルをトレーに戻した。


「……左様で」


「あ!あと、なんだかこのお酒って、ちょっと良い香りですね?なんか癒されます!流石はマルタン、ナイスなチョイスです!」


「……いえ」


 マルタンはショックで殆ど声も出せず、呻くようにそれだけ言った。


 そんな彼のことなど眼中にないセシルは、続いてトレーにある水差しで手を洗い、絶妙なタイミングでマルセルが差し出したタオルで手を拭いた。


「さて、と。ではマルタン、ご苦労様でした。私は部屋に戻りますね!行きますよ、マルセル」


「はい、お嬢様」


 そう言って二人が去った直後。


「……私がついていながら、申し訳ありません、旦那様」


 一人あとに残された執事長マルタンは、沈みゆく夕日を眺めながら、王都にいる主に謝罪したのだった。




「はあ、お見合いはまだまだ残ってるんですよねー」


 一方、大半の私物を持ち去られ、ガランとした自室に戻ったセシルはソファに腰掛けてティーカップを傾けながら、またボヤいていた。


「はい、今のペースで見合いを消化したとしても、あと数ヶ月は掛かるかと……」


 それに対して、申し訳なさそうにマルセルが言った。


「はぁ、取り敢えず今は数をこなすことだけを考えるとしましょう……ああ、それにしてもリアン様以外の男性と会うのがこんなにも苦痛だなんて……お陰で『予期せぬ事故』で増えた千年分はあった筈のリアン様成分が激減中で…す、うっ!」


 そこまで言ったセシルが、急に薄い胸を押さえてうめいた。


「お嬢様!」


「はぁはぁ、興味のない男共に無料スマイルをプレゼントし続けた所為で、リアン様成分がきれ、てしまっ……たようです、き、禁断症状が……」


 そして、セシルは非常に下らない内容で苦しみながらそう言った。


「リディ!早く例の枕を!お嬢様!気を確かに!」


 マルセルはセシルを気遣いつつ、冷静に指示を出した。


「はい!ここにございます!メイド長様ぁ!」


 すると、予めこの事態を予期していたセシル専属のちびっ子メイドことリディが、既に枕を準備して待機していた。


「ナイスよリディ、あとでご褒美にキャンディを……と、その前に、お嬢様!さあ、こちらを……」


 そう言ってマルセルは通称『リアン様枕』をまるで酸素吸入器のようにセシルの顔面に押し当てた。


 そして、数分後。


「はぁはぁ、すーはーすーはー……ふぅ、落ち着きました。ありがとうマルセル、リディ」


「いえ、間に合って良かったです」


「はわわ、本当に間に合って良かったのですぅ」


((間に合わずに暴れられたら大変ですし……))


「ごめんなさいね、二人共。それで、明日の予定は?」


「はい、明日はまず、午前中に隣国バイエルライン王国の第二王子、ジークムント殿下との面会がございます」


「えー、バイエルライン?はぁ、あの国の王族は野蛮だし、見栄っ張りだし、酒と女が大好きだし、人の話は聞かずに自慢話ばかりだし、やたらとマウントをとりたがるし、まさにマウンティングゴリラって感じの一族ですから、控えめに言って大嫌いなんですよねぇ……これって絶対お父様の嫌がらせですよね……はぁ」


 セシルは今日一番のしかめっ面で、ため息と共にそう言ったのだった。

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