第157話「ツンデレ様②」

 ツンデレ王女ことエリザベスがメイドのルーシーにメンタルをフルボッコにされた翌日。


 バックィーン宮殿、彼女の部屋にて。


 エリザがその見た目とは裏腹に、朝から休む間も無く一生懸命に働き、漸く遅い昼食を取り終えて食後の紅茶を飲んでいるところから。




「ツンデレラ様ー、昨日も言ったッスけどー、いい加減に悪役令嬢気取るの辞めましょうよー」


 その時、唐突にルーシーが言った。


 相変わらずダルそうに。


「お黙り!誰がツンデレラよ!それにジャージー牛の分際でしつこいのよ!」


 するとエリザは即座に巨乳メイドをヒステリックな声で怒鳴りつけた。


「えー、それは酷いッスよー!待遇改善を要求するッスー!」


「ふん!」


「ていうかー、シャケさんにエリザ様がたぶらかされたあの日から約十年間毎日ー、しかも早朝からエリザ様の艤装(縦ロール作り)と塗装(メイク)をやり続けてきた身にもなって下さいッスよー、もう自分疲れたッスー」


 ルーシーはめげずに抗議した。


「こら!艤装とか塗装とか、アタクシを建造中の軍艦みたいに言うのをおやめなさいな!いい加減にしないとクビにするわよ!?」


 対するエリザは高飛車モードのまま更に叫んだが。


「ふーんだ、やれるものならやればイイッスよー!」


 ルーシーから返ってきた反応は、予想外のイラつくドヤ顔だった。


「え!?」


 それを見たエリザは、思わず目を見開いた。


 そして驚くエリザを他所に、昨日同様ルーシーが口撃を始めた。


「自分以外に手早く美しく、そして毎日辛抱強くエリザ様の縦ロールとメイクをやり続けられる人なんて絶対いないと思うッスけどー、本当にいいんスかー?」


「ええ!?そんなに大変なの?」


「気付いてなかったんスかー?エリザ様の髪ってシャンプーのCM並みにサラサラのストレートだしー、綺麗にロールさせるのスゲーめんどいんス。それに優しい感じの清純派美少女顔だからー、悪女風にトランスフォームさせるのすっげー大変なんすスよー」


 そしてルーシーは遠慮なく不満をぶちまけた。


「そうなの!?ていうか、アタクシを宇宙人と合体した車みたいに言わないで!」


 エリザは心外だと怒り出したが、ルーシーは気にせず話を続ける。


「兎に角ー、普通のメイドだったらメンタル的にも技術的にもー、あと体力的にも絶対無理なんスよー?それでも自分をクビにするッスか?ねえ?ねえ?エリザ様ー?」


「ぐぬぬ……」


 自らがオンリーワンの存在であることをアピールし、ドヤ顔で迫るルーシーに対してエリザは激怒した。


 だが、残念ながらこのムカつくドヤ顔の乳牛メイドに彼女は上手く反撃することが出来ない。


「さあ、さあ、さあ!」


 牛、更にツンデレラを煽る。


 そして、このままの流れでエリザが負けを認めて折れるのかと思いきや。


 普通に我慢の限界に達したエリザがキレた。


「……いい加減になさい!」


 ムギュ!


 彼女はそのセリフに続いて、ルーシーの大きな胸を力強く鷲掴みにした。


「ちょ!?イタタタタタタタ!やめてッス!おっぱい千切れちゃうッス!」


 これには今まで余裕の表情だったルーシーもたまらず、悲鳴を上げた。


 が、エリザは許さない。


「お黙り!おしゃべりな乳牛には罰が必要よ!それに胸なんて千切れても、貴方ならまた生えてくるでしょ?」


「エリザ様、何言ってるんッスか!?本物の牛さんでも胸なんて生えてこないッスよー!」


「だったら今までの非礼を詫びなさい!握り潰すわよ?」


 そう言いながら、エリザは掴んだ手の力を増す。


「グオー!イタタタタタタ!ご、ごめんなさいッス!改めてエリザ様に心からの忠誠を誓うッスからー!」


「それで?」


「慈悲深いエリザベス王女殿下ー、どうかこの憐れで愚かで卑しいルーシーをお許しくださいませ……ていうか、お願いだから離して下さいッスよー!」


 エリザに謝罪を強要され、ルーシーは痛みに耐えながら必死に許しを乞うた。


「ふん、分かればいいのよ!今後はアタクシに逆らわないことね」


 それを見たエリザは満足げに頷き、鷹揚に言った。


「はいはい、了解ッスよー……うー、おっぱいジンジンするッスー、これ以上大きくなったらどうしてくれるんスかー」


 ルーシーが涙目で恨言を言うが、


「その時はちゃんと王室専用の牧場に、牛舎を用意してあげるから安心なさい」


 エリザはニヤリと笑い、そう告げた。


「酷いッス……」


「ふふん」


 と、エリザの機嫌が治ったところで、ルーシーは話を元に戻すことにした。


「あ、それでー、話を戻すッスけどー、エリザ様はツンデレキャラとか絶対向いてないですしー、あとそれ以上に勿体ないッスからー、無理せず悪役令嬢辞めましょうよー」


 しかし。


「嫌」


 エリザ、即答。


「それに勿体ないって何よ?」


「えー、だってエリザ様と悪役令嬢キャラってー、性格的にもビジュアル的にも相性最悪ッスよー?」


「むう……」


「はぁ、だって本当の性格は穏やかで繊細で物静かだしー、見た目だって清楚系ですしー」


「……」


「我が儘で愚かな令嬢のフリしてますけどー、実は頭も良くて、語学から教養、芸術から武術まであらゆる科目の教師を驚かせるほど優秀でー、国内の有力貴族のお爺ちゃん達とも仲良しでー、政治的センスも抜群ですしー」


「……褒めてもお給料しか増えないわよ?」


「やった〜!……コホン、ハッキリ言って、悪役令嬢気取るのやめるだけで人生薔薇色っすよ?」


 ここでルーシーが真顔になって言った。


「……で、でも」


 だが、それでもエリザは自身が悪役令嬢であることを辞められない。


 すると、それを見たルーシーは。


「あっ!だったらいっそのこと……」


「?」


「アイドルやりましょうよ!」


 ふざけたことを言い始めた。


「!?」


「歌って踊って戦えるアイドル!その名もエ☆リ☆ザ!」


「……」


「必ずやオリ◯ンチャート一位に……ぐっ!」


「だから、いい加減になさい!」


 ふざけた乳牛に、再びエリザがキレた。


 そして。


「イタタタタタタタご、ごめんなさいエリザ様ー!頭を鷲掴みにして持ち上げないで下さいッスー!首が抜けちゃうッスよー!」


 片手でルーシーの頭を掴むとそのまま持ち上げた。


「何を贅沢言ってるの?胸は嫌だっていうから、頭にしてあげたのに」


 そして、ルーシーの言葉に冷たくそういった。


「そう問題じゃないッスー!てか、どこのスケバンッスかー!」


「ふう……まあ、いいわ」


 そういうと、気が済んだエリザはそこでいきなり手を離した。


 ドスン。


「ぐおっ!」


 突然自由になったルーシーは尻餅をついてしまった。


「ふん!」


「もう、エリザ様ー、何でそんな昔の思い出に拘り続けるんスかー?相手のシャケさんだってー、きっともう根暗な陰キャ王女のことなんて絶対覚えてないッスよー!というか、それ以前に事故で記憶がないッスしー……」


 すると、今度はルーシーがここで反撃に出たが……。


「……」


「ん?あれ?エリザ様ー?」


「……」


 ここでルーシーはエリザの様子がおかしいことに気付いた。


「ん?」


 そして、次の瞬間。


 美しく、優しい心を持った悪役令嬢の顔に、スーっと一筋の涙が流れた。


「え?ええ!?」


 それを見たルーシーは慌てた。


「すん……忘れてないもん……うう、ぐす……マクシミリアン様はワタシのこと……うう、絶対忘れてないもん!ぐす、ルーシーのバカー!ワタシだって向いてないの分かってるけど、必死で頑張ってきたのに……ひどいよ!でも……それでも、ワタシ今でもあの方のことが好きなんだもん……いつかもう一度会って、ワタシのこと思い出して貰うんだから!」


 エリザは泣きながらも、力強くそう宣言した。


「エリザ様……」


「うう……」


「ごめんなさいッス」


 流石のルーシーも心が痛み、ここは素直に謝罪した。


「……うう、えーん」


 そして、泣いている主が可哀想になり、喜ばせる為にあるニュースを伝えることにした。


「あっ!そうッス!良いニュースがあるッスよー!」


「ふぇ?」


「実は先日、シャケさん正式に婚約破棄が認められてフリーになったッスよ!」


「!」


 それを聞いた瞬間エリザは泣き止み、そして……。


「あとー、おイタし過ぎたんで僻地で幽閉された後、廃嫡になるみたいッス……ぐぇ!」


 エリザはいきなり両手でルーシーの胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「ねえちょっと!何でそんな重要なこと黙ってたのよ!ぶっ殺すわよ!?というか何でルーシーがそんなこと知っていて、しかもアタクシに黙ってたの!」


 更に血走った目のままグイグイとルーシーの首を締め上げながら問い詰める。


「うぐぐ……く、苦しいッス……」


「お黙り!さあ白状なさい!」


 すっかり悪役令嬢モードが復活した彼女は追求を続けた。


「は、はいッス……、エドワード陛下からエリザ様が知ったら騒ぐから言うなって……」


 そして、愚かな乳牛は命惜しさにあっさり国王を売った。


「ふふふ、そう、お父様ったら……どうしても天国のお母様に会いたいようね……」


「ひぃ!」


 美しくも恐ろしい笑み浮かべたエリザに、ルーシーは本気で恐怖を感じて怯えた。


「おっと、そんなことよりも……今すぐ隠密部隊を送ってマクシミリアン様をお救いしないと!」


 次にエリザはそう叫んだ。


「えー!?」


「ルーシー!手配を!」


 そして、鋭く命令した。


「ちょ!ちょっと!待つッスよエリザ様ー!」


 が、ルーシーはそんな彼女を必死に止めた。


「何よ?出来るでしょう?」


「そりゃあ出来ますけどー、実は幽閉と廃嫡って言うのは建前でー、本当は数年後には皇太子に戻るらしいッス!」


「は?」


「何でも将来の国王たるもの、庶民の目線で国を見たいとか……」


 と、それを聞いた瞬間、エリザは顔を輝かせた。


「まあ、流石はマクシミリアン様!民に寄り添う気持ちを忘れない素晴らしいお方だわ!素敵!」


 そして、続いてうっとりしながらそう言った。


「そうッスかー……」


「あ、ところで何故貴方はそんなことまで知っているの?」


 と、ここでエリザがそれに気付いてルーシーに問いただした。


「あ、実は自分、ランスに従姉妹が居ましてー、色々手紙でやり取りを……」


 すると、ルーシーはあっけらかんとそう言った。


 次の瞬間。


「衛兵!ここにランスのスパイがいるわ!捉えなさい!」


 即時にエリザは叫んだ。


「ええ!?ちょ、ちょっとお待ちを……ぐぇ!」


 そして、言い訳する暇もなくいつもの衛兵達が乳牛を捕獲した。


「きっとこの巨大な胸に情報を溜め込んでいるに違いないわ!この女に何をしてもいいから、必ずランスとの繋がりをはかせなさい!」


「「はっ!」」


「ひぃー!自分のおっぱいはハードディスクじゃないッスよ〜!」


「お黙り!この裏切りジャージー牛め!」


「そんなぁ〜、お〜た〜す〜け〜……」


 ルーシーはそのまま引きずられていき、最後にバダンと無常にドアが閉まった。




 一時間後。


「ハァハァ、何てことするんスか!本当に縛り首になるところだったじゃないッスか!」


 命からがらエリザの部屋へと戻って来たルーシーが、縛り首用のロープを首に付けたまま抗議していた。


「クク、アタクシを泣かせた貴方が悪いのよ……プークスクス」


 一方、エリザは笑いを堪えきれずに吹き出した。


「笑い事じゃないッスよー、本当に縛り首にされかけたんスから!」


 ロープを付けたままルーシーはプンプンと怒っている。


「アハハ、これで許してあげるわ。で?本当は何で知ってたのよ」


 ひとしきり笑ってから、エリザが問うた。


「はぁ、だから本当に従姉妹がランスにいるッスよー、まあ最近は手紙のやり取りだけで十年以上会ってないッスけどー」


「へぇ、で、その従姉妹は何でそんなこと知ってるのよ?というか何者なの?」


「えーと、正確には知らないッスけどー、多分メイドか保育士っすー」


「え?」


「なんでもー、我が儘で腹黒いちびっ子の面倒を見るのが仕事らしいのでー、多分そうッス。因みにシャケさんが記憶を取り戻して大活躍してることはー、ランス国内では割と知ってる人が多くてー、皆んな応援してるらしいッス。つまり公然の秘密というやつらしいッスね」


「え!?あの方は記憶を取り戻したの!?」


「はいッス」


「そ、そう良かった……本当によかった……うう」


 それを聞いたエリザは、再び涙ぐんだ。


 何故なら……。


「確かにそうッスねー、あれウチ(ルビオン)の所為ですし……」


 そう、ルビオンの工作が原因なのだから。


 だがしかし、当初ルビオン国王エドワードはそこまでやるつもりは全く無かった。


 なんと、実は作戦内容を無断で変えてしまった人物がいたのだ。


 それは……。


「でもエリザ様が気にやむことないッスよー、だって全部あの野郎が悪いんスから」


 と、ルーシーが真顔でそう言った直後。


「ぐふふ、僕の可愛い妹のエリザベス〜、入るよ〜」


 マクシミリアンに重症を負わせた原因となった張本人が、ねっとりとした気持ちの悪い声と共に、部屋へと入って来たのだった。

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