第156話「束の間の平和?②」

 傷んだリンゴを売りつけられ、謎の花売りの少女と出会った翌日。


 我らがギルティシャケは久しぶりに平和な朝を迎えていた。




「ふぁ、ん?朝か……久しぶりによく寝たなぁ」


 カーテンから漏れる朝日に優しく起こされ、私はのっそりとベッドから起き出した。


 ああ!赤い鎧に起こされず、自然に目が覚めることのなんと贅沢なことか!


 素晴らしい!


 起床から清々しい気分の私は、今日は良い日になりそうな気がした。


 それから私はサクッと身支度を済ませ、軽く朝食を取ることにした。


 まあ、朝食と言っても、昨日の散歩の帰りに買ったパンをかじってから、苦労して火を起こして入れた珈琲を飲んだだけだが。


 なお、その時、私は労力の割にあまり美味しくない珈琲の香りに顔をしかめつつ、後でカフェに行こうと心に決めた。


 そして、一息付いた私は今後の予定を考え始めた。


 えーと……何から考えようかな。


 ………………。


 …………。


 ……。


 あー、なんか全然ダメだ。


 考えが纏まらない……というか、考える気力がない。


 うーん、なんか追い詰められていないと全然緊張感がなくて、全くやる気が出ないなぁ。


 ハッキリ言って、全てが面倒い。


 正直、もう何もしたくないかも……。


 あ、そうだ!


 良いことを思いついたぞ!


 金もあるし、いっそのこと、この家を買い取ってこのまま自堕落な生活を一生続けてもいいんじゃないか!?


 家事もメイドとか雇えば解決だし!


 うん、それが良い!


 決まり!


 では早速、宮殿に連絡を!


 ……なんて、出来る訳ないか。


 いかんいかん。


 このままではクズニート一直線だ。


 それに普通に考えて父上達に僻地へ行け!と言われているのだから、逆らえる筈ないのに。


 うーん、これは命の危機を感じながら過ごした多忙な日々から急に解放されて、全てが満たされてしまった所為かな。


 なんか、気が緩み過ぎて頭がバグっている気がする。


 さて、では気を取り直して真面目にシンキングターイム!


 まずは状況の確認だ。


 今はニート。


 お金持ち。


 数ヶ月後には僻地へ移動。


 以上。


 どうしよう、終わってしまった。


 このままでは話の尺が……。


 えーと……では、その為に必要なことは?


 この数ヶ月を無事に過ごすこと。


 では、無事とは?


 多分、正体がバレたり、悪事を働いて捕まったりしなければオーケー。


 うむ、つまり大人しくニートしてろ、だな。


 うん、イージー……いや、ベリーイージーモードだ。


 今までスタートからいきなりベリーハードモードだったから、なんか感覚が狂ってしまいそうだ。


 はぁ、結論、考えるだけ時間の無駄だったな。


 さて、下らないことを考えていたら意外と時間が経っているし、不毛なことはやめて散歩がてらランチを取るとしようか。


 あ!ついでに昨日のリンゴ屋のおっさんに嫌味の一つも言ってやろう!


 さあ、出発だ。


 そう意気込み、私は目的のリンゴの露店付近に来たのだが。


「確かこの辺りに因縁のリンゴの露店が……あれ?ないぞ?」


 店があった辺りを見ても何一つ、それも恐ろしいほど綺麗に、何の痕跡も無かった。


 一体これは……。


 あ、そうか。


 普通、逃げるよな。


「まあ、あんな商売してたら、一箇所には止まれないよなぁ」


 はあ、嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったのに……残念だ。


 さて、では仕方ないから次の場所に行こうか。


 私は気を取り直し、再び石畳を暫く歩くと目的の場所まできたが、そこにも誰も居なかった。


「ん?今日は花売りの少女もいないな」


 そう、実は昨日カゴごと花を貰ってしまったから、御礼がてら花を買おうと思ったのだが。


 まあ、そのうちまた会えるだろう。


 さて、もう少し歩こうか。


 そして、私はカフェを探す為、のんびりと歩き出した。


 すると、偶然井戸端会議をしている奥様方の声が耳に入った。


「怖いわねぇ」


「本当、あの辺りは危なくて近づけないわよ」


 ん?危ない?


 気になるな。


 あまり褒められたことではないが、気になるので少し聞いていよう。


 そこからの内容を要約すると、


 この辺にマフィアの事務所が出来て怖いとか、気をつけないと、ということだった。


 へえ、王都にもマフィアとかいるんだなぁ。


 とか、私が思っていると、


「ん?あれは……」


 私は話題になっていた建物の前まで来ていた。


 そこには組の若い衆的なガラの悪いお兄ちゃん達が建物の前でタバコを吸っているのが見えた。


「あ、本当にいるな」


 そして、呑気にそんなことを呟いているとその直後。


 運悪くそのうちの一人と目が合ってしまった。


「あん?なんだテメェ!見てんじゃねーよ!ぶっ殺すぞ!」


「あ、すみません……」


 私は威嚇してきた下っ端マフィアA(適当)に情け無くペコペコしながら早足に立ち去った。


 ああ、ビックリした。


 でもまあ、目を合わせてしまった私が悪いし、取り敢えず何かされなくてよかったな。


 ポケ◯ンみたいに目が合っただけで襲われるとか。


 さてと、気分を変えてどこかのカフェでランチにしよう。


 私はさっさとそこから移動すると、運良くいい感じのカフェを見つけたので入ることにした。


 テラス席の間を抜け、オシャレな店内に入ると、


「いらっしゃいませ!カフェ『アークリアン(偉大なるリアン様)亭』へようこそ!」


 と、奥から明るい声がして、若いウェイトレスが笑顔で近づいてきた。


 それは良いのだが……。


 え?何その店名!?


 なんか無駄に偉大で強そう!


 しかもリアンって……なんか微妙な気分だ。


 あ、もしかしてここのオーナーが『リアン』さんとか?


 と、私が無駄に思考していると、ウェイトレスが私の前までやってきた。


 すると彼女は少し驚いたような顔になった後、


「あれれ〜?誰かと思えば昨日の超絶イケメンのお兄さんじゃないですか!」


 嬉しそうにそう言った。


「え?あ!君は昨日の花売りの……」


「はい!覚えていてくれて嬉しいです!」


「でも、何でここに?」


「えーと、私、色々仕事を掛け持ちしてるんですよー」


 そっか、苦労しているんだな。


 今度は花を沢山買ってあげるからね。


「へー、そうか、大変なんだな」


「いいえー、大したことないですよー。それに最近、あるお方のお陰で凄くお給料が上がったので!本当に感謝です!」


 何故か彼女は真っ直ぐ私の目を見ながらそう言った。


「?」


「ではではー、お席にご案内しますね!」


「うん、宜しく」


 そして、私は笑顔が素敵なウェイトレスに先導され、窓際のいい感じの席に通された。


「それでイケメンのお兄さん、ご注文は?因みに本日のオススメは日替わりランチです!」


 お、定食かー、いいね!


 こちらの世界ではずっと宮殿暮らしだったからな、楽しみだ。


「そっか、じゃあ日替わりランチでお願い」


「はい、畏まりました!」


 彼女は笑顔で嬉しそうに返事をすると、パタパタと厨房へと入っていった。


 すると直後、何故か奥の方が騒がしくなった。


 気の所為だろうが、聞いたことがあるような声が、それも数日前まで共に仕事をしていたピエールその他の暗部員達の声が混じっているような気が……。


 まあ、いいか。




 因みにこの時、厨房内では……。


「……え!?殿下が、暗部の拠点であるこの店に!?」


「はい、ピエールさん。今窓辺のお席にご案内を……」


「ど、どうしよう!殿下に普通の定食なんて……」


「そうですね……あ!それなら何処かの高級店からケータリングを頼むのはどうでしょうか」


「お、いいアイデアだね!でも……急に引き受けてくれるかな」


「うーん、確かに……あ!それなら私、近くの一流ホテル『キングサーモン』のシェフの弱みを握ってるんで、多分いけますよ!」


「そうか、ではそれで頼むよ!」


「はい、任されました!あと、レオニー様への報告はどうします?」


「よし、直ぐに……いや、しかし……」


「ん?何を迷ってるんです?」


「そんなの決まっているじゃないか!素直に報告したら我々が嫉妬の炎で焼き殺されるか、我慢出来なくなったレオニー様が全てを放り出して直々に宮殿からシェフを連れてやってきて、自分で給仕するとか言い出しそうな気がするんだよ」


「そうですね……報告は後にしましょうか」




 それから約三十分後。


「超絶イケメンのお兄さん!大変遅くなって申し訳ありませんでした」


 料理の準備に意外と時間がかかり、ウェイトレスの少女が私に謝った。


「いや、お昼時だし仕方ないよ」


 時間はいくらでもあるし。


「ありがとうございます!では、早速始めさせて頂きますね♪」


「うん、宜しくね……始める?」


 定食を始めるとは一体?


 すると花売りの少女改め、今はウェイトレスの少女は何故か押してきたワゴンから、ノリの利いた純白の高級そうなクロスを取り上げ、テーブルに敷いた。


「ん?」


 続いて水やワインのグラスや、シャンパン用の細長いグラス、更にこれまた高級そうなカトラリーを並べ始め、最後にテーブルの中央に小さな花瓶までセットした。


「んん?」


 そして、それが終わると彼女は恭しく頭を下げて言った。


「コホン、それではイケメンのお兄さん、お待たせ致しました。ではまずはアペリティフ(食前酒)をお選び下さいませ」


「アペリティフ!?え、これ日替わり定食だよね!?」


 え?世間一般では食前酒付きの日替わり定食が普通なのか!?


 そんなバカな!


「はい、左様でございます♪こちらのシャンパン、萌・エ・ドン・シャンがオススメですよ?」


「萌?じゃ、じゃあそれで……」


 あれ?それ王室御用達の高級酒じゃ……?


 とか思っていると、ウェイトレスの少女は慣れた手付きでシャンパンを注ぎ、続いて……。


「まずは一品目。アミューズ(コースの前に一口で食べられるおつまみのようなもの)は、牡蠣のコンフィでございます」


 そう告げた。


「牡蠣!?ねえ、これって一体どんな日替わり定食なの!?というか定食じゃないよね!?コース料理だよね!?」


 私は思わずツッコミを入れたが、


「そういう内容の『日替わり定食』です♪それではどうぞ、召し上がれ!」


 華麗にスルーされてしまった。


 ………………。


 …………。


 ……。


 そして、私はそのまま『日替わり定食』という名のフルコースを真っ昼間から堪能した。


 まあ、味も非常に良かったし、給仕の少女も素晴らしかったし、文句は微塵もないけど。


 強いて言うならポワソン(魚料理)で出てきたシャケのムニエル。


 これも味は最高に美味しかったのだが、食べているうちにとても切ない気持ちになったのは何故なのだろうか?


 そしてコースは進み、今はデザートの桃のコンポートとエスプレッソを堪能しているところだったりするのだが。


「いや、すっかり堪能したよ、ありがとうね」


 もう、疲れたので私は考えるのをやめ、素直に料理を楽しんでいた。


「そうですか!殿……イケメンのお兄さんのお口に合って良かったです♪」


 私がそういうと、ウェイトレスの少女はとても喜んだ。


 可愛いなぁ。


「お陰ですっかり元気になったよ」


 私が何気なくそういうと、


「え?元気になった、といいますと……あのー、お兄さんもしかして今日も何かあったんですか?」


 すかさず少女は、昨日のように問うてきた。


「え?ああ、実はさっき少しばかり怖い目に……」


 そして、これまた昨日同様、私は彼女に先程の件を説明した。


 すると、目の前の可愛らしい少女は昨日以上にスッと目を細めて呟いた。


「……は?貴方を威嚇した?……ほう、そんな輩がいるとは困ったものですね……」


 ん?殺気?気の所為だよな?


「まあ、ウッカリ目を合わせた私が悪……」


「悪くないですよ!あのー、殿……コホン、イケメンのお兄さん、大変申し訳ないのですが、本日はこれで閉店致しますので……」


 え?いきなり過ぎない!?


「え?まだ正午過ぎだよ?」


「いやー、それが従業員一同、急に(血の)海が見たくなったものですから♪」


「海?そ、そうか、ではご馳走様。お代を……」


「あ、お待たせしてしまったので、無料サービスということで!」


「いや、どこかのピザ屋じゃあるまいし、流石にそれは……」


 確か昔、何処かのピザ屋が二十分以内に届けられなかったら一枚無料だった気がするが……。


 フルコース無料っておかしくない!?


「大丈夫ですよ!さっきのコースは原価ゼロなので!ではでは〜またのご来店をお待ちしております〜」


 原価ゼロ?ま、まあ、いいか。


「あ、ああ、では失礼するよ」


 私は困惑しながらそう答えると、カフェ『アークリアン亭』を後にした。


 ……うむ、味は凄く美味しかったけど、なんか怖いから次から別の店にしよ。




 なお翌日、件のマフィアは組織丸ごと血の海に沈み、物理的にこの世から消えたのだった。

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