第153話 第二部「プロローグ」

 これはマクシミリアンが婚約破棄騒動を起こす十年程前のこと。


 イヨロピア大陸某所、某宮殿で開かれた大規模なパーティーにて。




「うぅ……ぐす、何で皆んなワタシに意地悪するの?」


 その時、一人の少女が泣いていた。


 冷たい風が吹き荒ぶ、暗いバルコニーで。


 更に屋内からはシャンデリアの眩い光が漏れ、楽しそうに談笑する声が聞こえてくるのが余計に物悲しい。


 では何故、少女がそんな場所で泣いているのかといえば、それは引っ込み思案な彼女の性格に原因があった。


 現在、この場所では各国の王侯貴族達を集めた盛大なパーティーが開かれているのだが、何かと気後れしてしまう性格の彼女は他の参加者達と上手く話すことができていなかった。


 自分と同年代の子供達とさえ……。


 つまり、彼女はボッチだった。


 勿論、彼女は話の輪に加わりたかったし、頑張って話に入ろうともした。


 だが、やはり控えめ過ぎる性格の彼女はダメだった。


 取り敢えず話しかけて挨拶はしたものの、その後が続かず、血気盛んな他の子供達にバカにされ、泣きながら逃げ出してしまった。


 その結果寒空の下、真冬のバルコニーに十歳にも満たない少女が一人佇んでいるという訳だ。


「ああ、ワタシって何でこうなんだろう……ワタシだって皆んなと仲良くして、楽しくおしゃべりしたいのに……何で上手く出来ないんだろう……ぐす……あ、それにワタシだって……」


 と、彼女は不器用な自分のことを嘆き、悲しみに暮れていたのだが、ふと、そこである人物を思い出した。


「ワタシだって『あの方』とお話ししてみたかったのに……」


 少女がここで頭に思い描いている人物は、先程会場で注目を集めていた他国の王子だった。


「サラサラの金髪に透き通った青い瞳、それに整った美しく顔に浮かべた優しげな表情……でも……あんなに人気がある方とお話しするなんて、ワタシなんかには無理だよね。それに……」


 少女は少年のことを思い出し、一瞬うっとりとしたような顔になったが、すぐに現実を思い出して再び落ち込んだ。


「そもそも、あの方の横には見た目は凄く綺麗だけどシロクマみたいに恐ろしいオーラを放つ女の子と、凄く可愛らしいけど小悪魔のように凶悪な気がする女の子がずっと張り付いていて、とてもではないけど怖くて近づけなかったし……」


 まあ、この部分に関しては他の少女達も同様で、件の少年に近付くことは出来なかったのだが、残念ながらこの少女はそれを知らない。


「きゃ……」


 ここで強い風が吹き、彼女の腰まである美しい金髪を揺らした。


「うぅ、寒いし、悲しいし……もう帰りたいよぉ……ぐすん」


 少女は寒さで身体を震わせ、そう言うと再び泣きだした。


 と、そこで、


「ねえ、君は何で泣いているの?」


 そんな彼女に声を掛けた者がいた。


「ぐす、ふぇ?」


 突然、声を掛けられた少女はしゃくり上げながら振り返ると、そこにはなんと、先程の美しい少年がいた。


「え、えっと、あの、その……」


 だが彼女は突然の出来事に混乱し、上手く返事が出来ない。


「あ、急にごめんね、驚かすつもりはなかったんだ……と、その前に」


 震える少女を見た少年は、突然声を掛けて驚かせてしまったことを詫びてから、おもむろに上着を脱いで少女に掛けた。


「え!?」


「寒いんでしょ?震えているし」


「は、え、あの、あ、ありがとう……ございます……そ、それでワタシなんかにどうして声を掛けた下さったのですか?」


 彼女は少年の行動に、身体だけではなく、心まで暖かくなるのを感じながら、そう問うた。


「え?セシルとマリーから逃げ出して……ああ、いや、たまたま通り掛かって、声がしたから気になって見に来たんだよ。そしたら君が一人で泣いていたから心配で……」


 すると、少年は優しくそう言った。


「え?あ、ありがとうございます……ワタシなんかの為に……」


「それで君は一体どうしたの?」


「はい、それは……」


 再びそう問われた少女は、素直に悩みを話した。


 自分は引っ込み思案で上手く社交界に馴染めていないこと。


 本当はもっと皆んなとおしゃべりしたり、遊んだりしたいこと。


 でも、どうしたらいいか全く分からないこと。


 すると、それを聞いた少年は言った。


「そうか、なるほど……多分、君に足りないのは自信だよ」


「自信?」


 少女はよく分からず、キョトンとしてしまう。


「うん、君はもっと自分に自信を持った方がいい。だって君はこんなに可愛くて優しい、良い子なんだからさ」


「はわわわわ、か、可愛い……なんて」


 少女は顔を赤くしてアワアワした。


「それに……もっと『自分』を出していいと思うんだ」


「自分を出す?」


 少女はよく分からず、再びキョトンとした顔になり、可愛く小首を傾げた。


「ああ、そうだよ。更に言えば、思ったことをもっと素直に口に出す、ってこと。じゃないと相手も君が何を考えているのか分からないから戸惑ってしまうんだよ」


 少年は優しく補足した。


「そっか、素直になればいいんだ……あ、でも、王女のワタシがそれをすると相手に迷惑を掛けるかもしれないし……」


 と、彼女が不安を口にする。


「君は本当に優しいね。でも気にし過ぎだよ。それに……」


「それに?」


「君はもっと我儘を言ってもいいんじゃないかな?」


 すると少年はとんでもないことを言い出し、少女は仰天した。


「え!?我儘なんて……そんなこと……」


 そして、真面目で優しい少女はそれを躊躇してしまう。


 しかし、それを見た少年は悪戯っぽい顔になり、


「女の子は少しぐらい我儘な方が可愛いんだよ?」


 そう言った。


「え?ほ、本当!?」


「ああ、本当だよ」


「そ、そうなんだ!」


 そして、それを聞いた少女は、その言葉を真に受けてしまい……。


(あ、だったら……もし、ワタシが我儘になれたら……この方はワタシのことを好きになってくれるのかな?)


「あ、あの!貴方は我儘な女の子が好きなの?」


「え?ま、まあ……」


 少女がそう問うと、少年は自分がそう言ってしまった手前否定は出来ず、そうに答えた。


(やっぱり、この方は『我儘な女の子』が好きなんだ!じゃあ、ワタシは……)


「そっか!うふふ、そうなんだぁ……よし!ワタシ頑張るね!」


 すると少女は嬉しそうにそう言って、何かを誓ったのだった。


「?あ、ああ、頑張ってね……あ、ごめん、僕はそろそろ行かないと……」


 と、ここで少年が次の予定まで時間がないことを思い出し、いとまを告げようとした。


「はい。では……あ!」


 少女は、まだこの少年の名前を知らないことに気付いた。


「あ、あの……貴方様のお名前は?」


「ああ、これは失礼。僕の名は……」




 そんな甘酸っぱい?ボーイミーツガールから約十年後。


 ルビオン連合王国、バックィーン宮殿の一室にて。


「貴方、クビ」


 暖かな日差しが差し込む豪奢な部屋で、氷のように冷たく無慈悲な声が響いた。


「そんな!何故でございますか!」


 突然訳もわからず解雇を宣告された若いメイドが、愕然としながら理由を声の主に問うた。


 しかし。


「ほう?貴方、誰に向かってものを言っているの?」


 問われた声の主こと、ルビオン王国第一王女のエリザベスは質問には答えず、ドスの効いた恐ろしい声でそう言った。


「あっ!も、申し訳……」


 メイドは慌てて謝罪の言葉を口にしようとするが間に合わず、


「死刑」


 と、悠然とソファに腰掛けた、美しくも攻撃的な目、どぎついメイク、谷間が強調された豊かな胸、腰まで伸びる金髪縦ロールを装備し、上等だがド派手なドレスを身に纏いった『悪役令嬢』然としたエリザベスに、無慈悲にそう告げられてしまった。


「ひっ!そ、そんな……」


「当然でしょう?貴方はルビオン王国の第一王女であるアタクシに口答えをしたのよ?」


「ど、どうか……お慈悲を……」


 哀れなメイドは涙ながらに許しをこうが、最早その声はエリザベスには聞こえていなかった。


「衛兵、目障りなその女を連れておいき」


 そして、甲高いヒステリックな声でそう叫んだ。


「「はっ!」」


「ああ……神よ……」


 そして、それを聞いたメイドは力無く膝を突いてガックリと項垂れた後、引きずられるように連行されて行った。




 数刻後。


「エリザベス、また勝手にメイドをクビにしたのかい?」


 彼女の部屋を国王が訪れ、入室するなり呆れ顔でそう言った。


「あら、これはお父様。ご機嫌よう」


 が、エリザベスはそれをスルーして優雅にカーテシーをして見せた。


「今月に入ってもう三人目だ。今度はどんな理由なんだい?」


「理由?……だって、気に入らなかったんですもの」


 問われた彼女は悪びれもせず平然とそう答え、気弱で病弱な国王は天を仰いだ。


「……なあ、私の可愛いエリザベス。少し聞いて欲しいのだけど……メイドの代わりを探すのって大変なのだよ?」


「……」


 エリザベスはその言葉を無視してティーカップに口をつけた。


「はぁ……私は今まで可能な限り君の欲しいものは与えてきたつもりだ。宝石に庭に離宮。そしてあのランスの王子との婚約ですら叶えた筈だ。だから、少しでいいから良い子にしておくれ」


 だが、それを聞いたエリザベスは反省するどころか……激昂した。


「何を仰るのですかお父様!アタクシが欲しかったのは第一王子のマクシミリアン様ですの!お父様が用意したのは第二王子のフィリ何とか王子ではありませんか!」


「ご、ごめんよエリザベス……で、でも結婚相手についてはこれが精一杯なんだ。ランスは実質的な敵国だし……。フィリップ王子は顔も似ているし、それなりにイケメンだし……ダメ?」


 娘に甘過ぎる国王は、恐る恐るそう言った。


 しかし。


「ダメに決まっているでしょうが!あの方とフィリ何とか王子では、シャケとニジマスぐらい違いますわ!」


 残念ながら更にエリザベスは炎上してしまった。


「え?それってそんなに変わらなくない?」


「ふざけないでくださいまし!」


「ひぃ!」


「そんなもの、アカマンボウをマグロのネギトロとして出すようなものですわ!お父様は一昔前の回転寿司屋ですか!ウガー!」


「ご、ごめんエリザベス、私が悪かったよ……でも、頼むからこれ以上我儘をいわないでくれ……」


 と、一通り理不尽に罵倒された男は、父親であり、国王であるその男は心底困り顔でそう言った。


 すると、エリザベスは妖艶に笑って告げた。


「お父様、何を言うのです。女はね……我儘なぐらいが可愛いのですよ」


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