第154話「束の間の平和?①」
海の向こうで、シャケの無責任な一言によってモンスターに変貌してしまったエリザベスが暴れている頃。
当の罪深いシャケはというと……。
ちょうど、呑気にトゥリアーノン宮殿の裏口からスキップしながら外へ出たところだった。
「自由だー!」
宮殿の裏口から外に出て少し歩いたところで、周囲に人がいないことを確認した瞬間、私は嬉しさのあまり叫んでいた。
ああ、やっと!やっとだ!
やっと……自由になれたぞ!
やったー!
……と、いかんいかん。
こんなところで浮かれていないで、早く新居に行かないと。
一応、黒髪のウィッグと伊達メガネで変装はしているが、正体がバレたら大変だし。
まあ、無用な心配だろうけど。
なんと言っても、私はもう(実質的に)ただの平民だし……。
そう!平民のリアン=ランベールさん十八歳(独身)だし!
そうだよ、だからもう何も心配ないんだよ!
つまり、
「私、もう何も怖くない!」
と、私は再び叫んで周囲の人に残念な目で見られたあと、新居に向かう為に休日で賑わう大通りをルンルン気分で歩き始めた。
その直後。
「ああ、やっぱり外の空気は美味いなぁ、それに、これからは大手を振って外を歩け……」
「マクシミリアンの野郎!ぶっ殺してやる!」
「る……え?」
突然、何処かから物騒な声が聞こえた。
しかも今、名指しされたような……。
え?気の所為だよな?
私は他人に恨まれるようなことはしてない筈……。
「そうだそうだ!あの野郎、俺たち貧乳好きの女神であるセシル様を傷物にしやがって!」
「ふぁ!?」
気の所為じゃなかった!?
というかお前ら、それ以上言うなよ?
セシルに殺されるぞ!
アイツ、何気に結構気にしてるんだから!
などと思っていると、今度は別の方角から、
「いやー、本当に許せないよな!あのクズ王子!」
「え!?別の方向からも!?」
てか、クズとか酷くない!?
「アイツが突然婚約破棄をした所為で、俺たちのロリ神様のマリー殿下がショックで悲しみに暮れているらしいじゃないか!野郎、ぬっ殺す!」
おい、やめろ!
それ以上言うとマリーに刺されるぞ!
義妹は身長が伸びないことをかなり気にしてるんだから!
ではなくて、早く移動しなければ……と、思ったのだが更に別の方からも……。
「おい聞いたか!あの優柔不断で軽薄なムカつくイケメン野郎のマクシミリアンの奴が俺たちの希望の星、下町出身のナイスバディのアネットちゃんを泣かせやがったらしいぜ!」
いや、泣かせてはいないんだけど……多分。
「……」
「最低だな!しかも噂によるとスーパーモデルみたいなメイドと、ホルスタインみたいなメイドにも手を出したらしいぞ!」
待て、あの二人とは何もないぞ……。
だが、根拠も容赦も無い口撃は続く。
「おい、僕が聞いた話では、敵国のルビオンにすら愛人がいるって話だぞ」
流石にいねーよ!
「いや、私が耳にしたところでは世界中に現地妻がいるとか……」
だからそんなもん、いねーよ!
こっちは現役バリバリの独身で、身も心も清いままだっつーの!
私は根も歯もない噂に憤慨した。
しかし、そんな私の気持ちとは裏腹に、
「「「世界中の女を泣かせた大罪人にして全ての独身男の敵、マクシミリアンを許すなー!吊るせー!」」」
周辺の独身男共はヒートアップして、とんでもないことを叫び出した。
それを聞いた私は……。
「……うん、やっぱり気軽に外を歩かない方が良さそうだな。吊るされそうだし……」
と呟き、静かにその場を去ることにしたのだった。
はぁ、私は何も悪くないのに……みんな酷いなぁ。
私だって独身非モテ軍団の仲間なのに……。
私はそれからトボトボと三十分ほど失意の中歩き続け、なんとか新居にたどり着いた。
「えーと、事前にレオニーから教えてもらった住所はこの辺りの筈……ああ、この家か……お、こじんまりしているが上品で良い感じだな」
私の新居は閑静な住宅街にある、こじんまりとした戸建てだった。
外観は煉瓦造りで少し年季が入っているが上品で趣がある。
また、小さいが庭もあり、花壇には綺麗な花が咲いている。
外観は文句なし。
さて、次は中の確認だな。
続いて私はレオニーから預かった鍵で中に入り、荷物を適当に置くと内部の探検を始めた。
それから約十分程、中を見て周ったのだが、内装や間取り、そして用意された家具もセンスが良くて気に入った。
ただ、この家は具付きの4LDKなので、一人で済むには少々広く感じた。
あと、一人だと掃除など家の維持管理が大変かもしれないな。
ああ、しまった……こういうことだったのか……。
実は事前説明の際に、レオニーがメイドの手配をすると言ってくれたのだが、私は一人暮らしを満喫したかったので断ったのだ。
うーん、これは失敗したかな。
あ、あとそういえば申し出を断った瞬間、何故かレオニーが、Σ(゚д゚lll)こんな顔になっていたな。
ま、いいか。
さてと、家の確認も出来たし、少し周りを歩いてみようか。
そう思った私は家を出て、周辺を散策を始めたのだが……。
不思議なことに新居周辺の家からは人の気配がしなかった。
おかしいな、今日は休日だから皆、家にいそうなものだが全部カーテンが閉まっているし……まあいいか。
取り敢えずそれはスルーして更に歩くと、割と人通りがある道に出た。
するとそこで、
「そこのイケメンの兄ちゃん!」
「ん?」
横からそんな声がして振り向くと、愛想の良さげな中年の男性が露店でリンゴを売っていた。
ほう、リンゴか。
私は足を止め、台に積まれた艶々としたリンゴを眺め始めた。
「いらっしゃい!ウチのリンゴは今朝収穫したばかりだから新鮮だよ!」
すると店主がすかさず笑顔で商品をアピールしてきた。
「うむ……」
私が少し考える素振りを見せると、
「あ、そうだ!今日はお客が少ないし、特別にお兄さんは三割引きでいいよ!どうだい?」
今度は値引きアピールまでしてきた。
まあ、いいか。
「え?あ、ああ……そうだな、折角だから一袋貰おうか」
私がそういうと、
「毎度あり!」
店主は笑顔で愛想良くそう言った。
そして代金を支払い、袋に入ったリンゴを受け取って私が離れようとしたところで、
「あ、そうそう。うちは安い代わりにノークレーム、返品不可だからね!じゃ!」
最後にそんな怪しいネット通販でありそうな胡散臭いことを言われた。
え?なんか嫌な予感が……。
心配になり、少し歩いてから一番上にあったリンゴを取り上げてみると……上は艶々していたが、底の方がかなり傷んでいた。
ああ、やっぱり。
まあ、傷物を混ぜて売るのはよくあることだよな。
きっと、他のは大丈夫だろう。
と、気を取り直して他のリンゴを見てみると……あれ?これも痛んでる?これも?それも?
………………。
…………。
……。
結果、全部、凄く傷んでました。
はぁ、完全にやられた。
でも、その場できちんと確認しなかった私が悪いか。
ツイてないなぁ。
しかし、落ち込んでいても仕方ないので、私は傷んだリンゴという名の生ゴミを抱え、テンションだだ下がりで再び歩き出した。
そして、落ち込みながら歩いていると、
「そこの超イケメンのお兄さん!お花は如何ですか?」
今度はカゴを持った可愛らしい花売りの少女に声を掛けられた。
「ん?花?へえ、綺麗だな」
ああ、荒んだ心が癒される。
「お兄さん超イケメンだし、お安くしちゃいますよ?というかタダでいいですよ?」
私が呟くと、少女は笑顔で凄いことを言い出した。
タダって……。
「イケメンだと言って貰えるのは嬉しいのだけど……はぁ」
私は手に抱えた傷んだリンゴを見ながらため息をついた。
「あれれ、なんか元気ないですけど、お兄さんどうかされたんですか?」
「あ、うん、実はね……」
私は花売りの少女にリンゴの件を話した。
「とまあ、引っ越してきた直後にそんなことがあってね、少し凹んでいるんだよ」
そして、私が苦笑していると、
「へえ……貴方にそんなことをするなんて酷いですね、許せない」
少女はそう言ってから、スッと目を細めた。
ん?何か雰囲気が一瞬鋭くなった気が……。
まあ、いいか。
「まあ、ちゃんと確かめなかった私が悪いよ」
私は取り敢えずそう言って肩をすくめて見せたが。
「そんな!殿……じゃなかった!お兄さんは何にも悪くないですよ!あの!それどこの露店ですか?」
それを聞いた花売りの少女はプンプンと怒りながら言った。
ああ、他人のことにそこまで怒ってくれるなんて良い娘だな。
「えーと、この道を少し戻ったところにある店だよ」
「了解です!あ、お兄さん、これどうぞ!お代は結構ですから!あと、そのリンゴ貰っていきますね!」
「え?ちょ……」
「では、私は殺ることができたので失礼しますね!ではではー」
そう言うと花売りの少女は、私に花の入ったカゴを押し付け、リンゴの袋をひったくり、去って行った。
「うーん、一体何だったんだ?」
翌日、その付近の路上でシャケに傷物のリンゴを掴ませた露店の店主が、口に傷んだリンゴを無理矢理詰め込まれた状態で倒れているのが発見された。
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