第145話「猛獣達の誤算④」

「ところでレオニー。実はその前に一つ仕事があるのだが」


 国王シャルルはそう言って、用件が済んだのでさっさと愛するマクシミリアンの元へ移動しようとしているレオニーを呼び止めた。


「……は?(私の愛を邪魔するとはいい度胸だな、ああん?ぶっ殺すぞ)」


 気分良くシュバっとしようとしたタイミングでそれを邪魔されたレオニーは苛立ち、若干?トゲのある感じで反応した。


「う、うむ……ではまず、レオニー=レオンハート、君は今日までマクシミリアン付きとして本当に良く働いてくれたと思う」


 と、今度は突然シャルルがレオニーを褒めだした。


「は、はあ、ありがとうございます?」


 流石のレオニーもいきなり出て来た褒め言葉に困惑し、微妙な気持ちでぎこちなく感謝を伝えた。


「そこで我々は君の働きに報いることにしたのだ。おめでとう、君は新設される王立情報局の『副局長』のポストにつくことが決まった」


 続いて更に驚きのセリフが飛び出した。


「私が、でございますか!?」


 普段クールなレオニーが目を見開いた。


「ああ、そうだ。我々は君の能力を高く評価しているのだよ」


 すると横から宰相エクトルが微笑と共にそう言った。


「そして、繰り返しになるがマリー様とマクシミリアン様をよく補佐し、護衛してくれた。今回の人事にはその分の感謝も含まれている。因みに組織のトップには引き続きマリー様がつくが、これはあくまで表向きだ」


「と、仰りますと?」


「簡単に言うと、王族がトップを務めることで組織に箔を付けることが出来るのだ。これをもって我々が本気だ、ということを内外に知らしめる。つまり、政治的な理由だ。だから実質的には君が新組織のトップとなるのだ。頼むぞレオニー」


 そして、エクトルは裏事情と共に衝撃の事実を彼女に伝えた。


 レオニーまさかの大出世。


「私如きにその大役を果たせるかは分かりませんが……可能な限りご期待に添えるよう誠心誠意、職務に励みます」


 その言葉に対し彼女は、普段通り生真面目に答えた。


「ああ、これからも頼むぞレオニー。で、話は最初に戻るのだが……」


 と、ここでシャルルが再び話を戻した。


「はい」


「最初に言った『仕事』の内容を伝える。レオニー、君には暗部の新体制への移行作業の指揮・監督を任せる。必ずそれを完遂せよ」


「はい、畏まりました」


 一体どんな無理難題かと身構えていた彼女は、告げられたごく普通の内容に正直、拍子抜けだった。


 そして、なんだ、そんなことか、とレオニーが油断した瞬間。


「なお、移行作業の全てが終わるまで、マクシミリアンの護衛や世話係につくことは一切許さない」


 彼女は地獄へと突き落とされた。


「そ、そんな!それでは話が違います!それにこの件は数日前に正式決定したばかりの事ですし、移行など一体どれだけの時間が掛かることか……。」


 レオニーは必死の形相で抗議するが、


「本当にそうかな?確かに私は、協力すれば必ずアレの専属の護衛にしてやる、とは言った。しかし、いつから、とは一言も言っていない筈だが?」


 シャルルは気にせず、まるで悪徳商人のようなことを平然と言い出した。


「なっ!?陛下、宰相閣下、私を騙しましたね!?」


 レオニーは悲鳴を上げるが、最早後の祭りだ。


「はて、ワシは何一つ嘘は言っていないぞ?」


 と、シャルルが残忍な笑顔で惚けて見せたところで、今度は横からエクトルが割り込む。


「それに、これはしっかりと内容を確認しなかった君の落ち度だ。寧ろ、今後要職に就くことを考えれば良い勉強になっただろう」


 まあ、彼女には授業料が少々高過ぎるのだが。


「ぐぬぬぬぬぬ……おのれ……」


 その瞬間、普段は氷のような彼女の心が、今日ばかりは全てを焼き尽くさんばかりの勢いでメラメラと燃え盛った。


 思わずスカートの中にあるダガーに手が掛かりそうなぐらいに。


 まあ、流石にそれ以上は辛うじて我慢したが。


 そして、そのまま彼女は怒りのままに副局長のポストもシュバリエの地位も捨て去り、身一つで大好きなマクシミリアンの元へ行こうと決心し、さあ口に出そうとした、ちょうどそのタイミングで……。


「レオニー、まさか全てを投げ出してマクシミリアン殿下の元へ行こうなどと甘いことを考えてはいないだろうね?」


 まるで彼女の考えが見えているかのように、エクトルが冷たく言った。


「なっ!」


「勿論私達は君に限ってそんなことはありえないと信じている。だがしかし、万が一にも職務を放棄するのであればタダでは済まないよ?もしそうなれば殿下の護衛どころか、一生裏切り者として追われる身となり、二度と表立ってあの方と会えなくなるぞ?」


「くっ、それでも私は……」


「悪いことは言わない、それはやめておきなさい。何故なら、そんなことをすれば、折角あの方が授けて下さったシュバリエの称号が剥奪されてしまうからだよ。間違いなくあの方は悲しむだろう」


「はっ!?」


 と、エクトルの説明でレオニーは漸くことの重大さを理解した。


 職務の放棄は、マクシミリアンを裏切り、失望させることになるのだと。


「それによく考えて欲しい。新組織は、誰が、誰の為に作ったのかを」


「?」


「今回の件はマクシミリアン様が不遇な君達の為に苦労して準備をしたのではなかったのか?」


「!?」


「そして、君はその殿下の意志を踏み躙り、共に血と汗を流してきた暗部の仲間を見捨てようとしている、違うか?」


 エクトルは容赦なく事実を突き付けた。


「そんな!違います!私があの方の思いを無下にすることなどありえません!それに仲間を見捨てるなど!」


 反射的にレオニーが叫ぶが、


「違わないだろう?個人の色恋沙汰の所為で新組織立ち上げが失敗し、全てが無駄になるのだから」


 エクトルは無表情で淡々と話を続ける。


「こ、こここ、恋など私如きが恐れ多いです!……コホン、それに何故私が消えること=新組織の立ち上げ失敗に?代わりなどいくらでも……」


「いないな。分からないか?君はもう少し自分の価値を見直すべきだ。レオニー、君は単純に技量が高いだけの暗部員ではないのだよ?その能力、容姿、信頼、そして殿下からの寵愛。君は今や暗部の精神的な柱であり、孤児からシュバリエに成り上がった皆の希望なんだよ。だから間違いなく新組織に必要な人材なんだ。もし、今、そんな君が居なくなったらどうなると思う?」


「……」


「そう、暗部は士気も信頼も無くなり大混乱、何と言ってもスーパーエースの君が突然裏切るのだからな。当然、新組織立ち上げは失敗し、暗部は元の悲惨な立場に逆戻りだ。仲間達は多大な被害を被ることになる。それにいいのか?大事なマクシミリアン殿下の顔に泥を塗ることにもなるのだぞ?」


「そんな!?」


「それにもしあの方が、君が逃げ出したことを聞いたら間違いなく失望し、軽蔑するだろう。二度と顔も見たくない程に、ね。レオニー、君はそれでいいのかな?」


 エクトルはマクシミリアンの名を遠慮なく出してレオニーのメンタルを削る。


「そ、そんなの……いやです!」


 そこで思わずレオニーの心の声が漏れた。


「そうだろうそうだろう、早まってはダメだ」


 と、エクトルは満足そうに頷いた。


「それに、きちんと職務を果たせば特別に報酬を増やしてやろう」


 そこでシャルルが再び話し出した。


「は?いえ、私は殿下の近くでお仕え出来ればそれで……」


 メンタルを削られ、弱ったレオニーは若干涙ぐんだまま、消え入るような声で答えた。


「まあ聞け。もし君が新組織立ち上げの職務をまっとうした暁には……今までの君の失態に係る全てを免責しようじゃないか」


「は?失態……でございますか?」


 シャルルの言葉に、そんなものまるで身に覚えがないレオニーは、困惑しながら聞き返した。


「ああ、そうだ。まあ、マリーはああ見えて優しいから敢えて問題にしなかったのだろう。だから、知らないのも無理はないが……」


「いえ、本当に心当たりが……」


「無いとは言わせんぞ、まず、プロジェクトチームを立ち上げたその日、経費で飲食をしただろう?あれは不適切な会計だと思うが?」


 シャルルは厳しい口調で言った。


「そ、そんな!アレはマクシミリアン殿下が許可を……」


「勿論、これはアレにも落ち度があるが、ダメなものはダメだ」


「くっ……」


 そう言われては、レオニーに言い返すことは出来ない。


 まあ、実は言い掛かりに近いのは二人とも承知しているのだが。


 当然そんなことは顔には出さない。


 シャルルはそのまま断罪を続ける。


「そして、アレの護衛中、暗殺者達に襲撃を受けた際、君達暗部の不手際で暗殺者の接近を許した上、配下のリゼットの所為でアレが怪我を負ったのではなかったか?」


「くっ、あ、アレは……」


 レオニーは悔しそうにするが、言葉が出ない。


「更に遠征中、ペリン伯の屋敷にて君が目を離した隙に、マクシミリアンはペリン伯と二人だけで隣の部屋で乱闘になり、負傷したな、これは?」


「はい、申し訳……」


「謝罪はいい。それよりレオニー、君は甘いぞ。もし、相手が凶器を持っていたら?もし、武術の訓練を受けていたら?最悪、君の大事なマクシミリアンは今頃冷たい墓石の下にいたかもしれないのだ」


 シャルルに容赦はない。


 何故かと言うと、この話は実の息子の命に関わる為、割とガチ目のお説教なのである。


「!?」


 レオニーは厳しい現実を突き付けられ、背筋に冷たいものが走った。


「やはり、そんなことも分かっていなかったのか。やれやれ、無敵のスーパーエースがこのザマか……いや、逆か。今まで失敗がなかったからこそ、なのか?まあいい。兎に角だ、この件も敢えてアレもマリーも触れないが、本来であれば君は諸々の責任をとらなければならない立場だ。それもかなり重いものだ」


「……はい」


「だが、今回の協力と今までの献身、そしてその能力による今後の活躍に期待出来ると信じて、今回与えた職務を果たした暁には諸々の責任を全て免責することを約束する。勿論、即時だ」


「……はい」


「そうすれば君は汚名を濯ぎ、綺麗な身でアレと会えるのだ。どうだ、条件は悪くない話だと思うが?」


 シャルルが畳み掛けてくる。


「……」


「ではレオニー、改めて聞くが、やってくれるな?」


 最終確認だと目で言いながら、国王シャルルが問うた。


「く、くぅうううう………………………………か、かしこ、まり、ました……」


 レオニーは呻き、苦しみ、少し間をおいた後で全てを了承した。


「そうか、やってくれるか!良かった良かった」


 そこでシャルルは急に笑顔を作り、嬉しそうに話を締めた。


「……」


 反対にレオニーは色々ドン底だが。


「では、頼むぞレオニー、良い結果を期待している。我々も、そしてマクシミリアンもな!」


「はい、畏まりました……」


「では話は以上だ。行ってよし」


「はい、ではこれで失礼致します」


 退出を促され、彼女は静かに部屋を辞去した。


 そして誰もいない廊下に出たところ虚な目をして力無く呟いた。


「裏切り者の末路など、こんなものか……」


 そして、彼女にしては本当に珍しくガックリと肩を落としながら、涙目でトボトボと去って行ったのだった。


「殿下……申し訳ありません。どうか、この不甲斐ない私をお許し下さいませ……ぐす、そして、次回お会いするまでに必ず身綺麗になってみせますので……うう」




 ドアが静かに閉まり、レオニーが去った後。


 部屋にはシャルルとエクトルの二人だけとなった。


 そして、完全にレオニーの気配が無くなったところで、


「……はぁ、終わったなぁ」


 国王シャルルが表情を崩し、疲れた顔になって机に突っ伏した。


「ああ、終わったな。そして、少し疲れたな」


「少し?私はここ数年で一番消耗したぞ」


「同感だ」


「だが、その甲斐あって、これでマクシミリアンは多少の自由を謳歌出来る筈だ」


 シャルルが疲れた笑みを浮かべながら言った。


「ああ、たった数ヶ月でも穏やかな時間を作ることは出来ただろう」


 同じくエクトルも微笑で答える。


 そして、


「まあ、その代わり……」


「我々は自身の死亡宣告書にサインをすることになってしまったがね」


 二人はまるで悪戯が上手く行った子供のように笑ったあと、今度は苦笑しながら呟いた。


「「でも、やっぱり報復が怖いなぁ」」

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