第144話「猛獣達の誤算③」

「それについて、お義父さんは怒っているのだよ」


 マリパパは珍しく愛娘に対して厳しい口調でそう言った。


「……は?」


 突然の、しかも義父の普段とは違う厳しい雰囲気に、マリーは一瞬フリーズしてしまった。


「心当たりがあるだろう?マリー」


 そんな彼女にマリパパは、そう問うが……。


「はて?全く意味がわかりませんし、私は先程の脳筋シロクマとは違い、平素から淑女の見本たるに相応しい振る舞いを心掛けておりますが?」


 当のマリーは本当に心当たりがない為、自信を持ってそう答えた。


「ほう、本当に?」


 すると、わざとらしく大袈裟に驚きながらマリパパが聞き返した。


「はい、天地神明に誓って……」


 しつこいシャルルに対してマリーは内心でうんざりしていたが、そこは流石の小悪魔。


 表面上は無垢な少女の皮を被り続けながら『天地神明に〜』とか言って適当にやり過ごそうとしたのだが、次の瞬間。


「勝手に宮殿を抜け出して、夜の街に飲みに行くことが『淑女の見本』なのか?」


 突然、厳然たる事実を突き付けられてしまった。


「うっ……」


 思わずマリーは動揺し、言葉に詰まってしまう。


 そして、珍しくここからずっとマリパパのターン!


 彼はここからどんどんマリーを責め立てて行く筈……だったのだが。


「全く!うらやまけしからん!ワシも超行きたかったのに!次は絶対ワシも誘うように!全部奢るし!……じょ、冗談だエクトル!睨むなって!」


 いきなり本音が溢れ、宰相エクトルの鋭い視線に射抜かれて狼狽した。


「……コホン、で、その際それを止めようとした担当のメイドや護衛の騎士を、予め握っていた弱みにつけ込んで脅した上、強引に金貨を押しつけて黙らせたのも、淑女の嗜みなのか?」


 真面目な顔に戻ったマリパパは、再び事実を突き付けた。


「え、ええっと……それは何かの誤解で……」


 突き付けられた側のマリーは引き攣った笑みを浮かべながら、苦しい言い訳をすることしか出来ない。


「ほう、誤解とな?普段から暗部に命じて臣下の者達の弱みを調べさせていると聞いたが?」


 だが次の瞬間、マリパパはマリーに近い者しか知らない筈の事実を平然と言った。


「なっ!?何故それを!まさか暗部に裏切られた!?お義父様、それは誰からのタレ込みですか!?」


 慌てたマリーは自身の弁明そっちのけで裏切り者を特定しようとしてしまい、思わず事実を認めてしまった。


 小悪魔、痛恨のミス。


「さあ、誰だろう。で、脅迫と金の力で強引に夜遊びに出掛けた訳だが……まず、一軒目の『コマンドゥー』で喧嘩が起こった際、嬉々として参加したらしいな?」


「べ、別に喜んで参加した訳では……」


 マリーは目を泳がせた。


「テンション高く楽しそうに『マリーちゃんドロップキック!』と叫びながら飛び蹴りを相手に叩き込んだり、笑顔でギターを振り回して相手をぶん殴ったりしたそうだが……これは『邪◯ちゃん』か、『オードリー・ヘプ◯ーン』にでもなったつもりだったのかな?」


 マリパパは容赦なく愛娘のセリフに嫌味を被せ、口撃を続ける。


「はう!こ、心に重いものが……」


 さしものマリーも、百戦錬磨の政治家の本気にはどうしようなく、言われっぱなしである。


「三軒目の『沈黙亭』では仕方なく迎えに来た部下のレオニーに無理矢理酒を飲ませて酔い潰したり、調子に乗って自身が泥酔して部下達(レオ・アネ・リゼ)にセクハラしまくった挙句、動けなくなって彼女達に宮殿まで運んで貰ったそうだな?」


「……はい」


 一部の隙も無い追求は続く。


「パワハラにアルハラにセクハラとは!まるでハラスメントの見本市ではないか!」


「……」


「何というブラックさ!いやはや、流石は淑女の見本だ。淑女とはどうあるべきか、を率先して自らの行動で示したのだからな!」


「ぐぎぎぎぎぎ……」


 言いたい放題言われ、マリーは過去最高の屈辱を感じて憤慨し、その可愛らしい顔を歪ませた。


 しかし、マリパパの話す内容が全て事実の為反撃は出来ず、歯噛みすることしか出来ない。


「よって、そんなコンプライアンス遵守の精神に欠けるブラック王女マリーは……罰としてお小遣い抜きの刑だ!」


 そして、マリパパの容赦のない一撃。


「ちょ!ま、待って下さいませお義父様!それではリアンお義兄様との甘い生活が……」


 マリーの懐に大ダメージが入った。


 彼女は何とか罰を緩和させようと食い下がったが、


「自業自得だマリー、これに懲りたら少しは反省しなさい」


 即、却下。


「ぐぬぬぬぬ………………はい、畏まりました。お義父様、大変申し訳ございませんでした……(ま、取り敢えず今は反省したフリをしてやり過ごし、後で腹いせにお義父様の秘蔵のお酒コレクションを売り飛ばしてやりましょう!)」


 冷静に現状を分析し、ここでの抵抗を諦めたマリーは取り敢えず殊勝な態度で反省しているフリをしておくことにした。


 しかし。


「うむ……見たところ全然反省が足りないな。そして、余罪はまだまだあるぞ」


 残念ながらそんなことはお見通し。


「ふぇ!?」


「ついさっき報告があったが、先日暗部を使ってコモナのプレイボーイを『不能』にした上、我々に無断で外務省を動かしてアネット嬢の婚姻を無効にしたな?」


「そ、それは……」


「そして、独断で彼女を自分の女官にした、と」


「……はい」


 続々と出てくる不都合な事実。


 無力なマリーに打つ手はなく、最早彼女には『はい』と、突き付けられる事実を認める以外の言葉が無い。


「他には歩く天災こと、セシルを捕獲する為、勝手に近衛兵一個中隊を動かして、全滅させたり……」


「……はい」


「全く、必要な兵力を見誤るとは!これにはお義父さんガッカリだ!慢心したなマリー」


「……はい」


「暴走する彼女を捕獲するなら最低でも大隊規模、望めるのなら連隊以上の規模を投入しなければダメだろう。お義父さんに一言相談してくれれば近衛師団ごと貸してやったものを……」


「はい……申し訳……え?」


「あと、少数でフィリップの元へ赴き、ピンチに陥ったね?これは本来無用のリスクだったと思うが?」


「……仰る通りです」


「そして、マクシミリアンの元取り巻き達の処理を私達や外務省を通さず、勝手にストリア皇帝にお願いしたよね?」


「……はい、全て認めます」


 ここで遂に心が折れた腹黒王女マリーは膝を着き、ガックリと項垂れて、全ての罪を認めた。


「さて、そんな罪深いブラック王女のマリー=テレーズ殿下を更生させる為には、厳しい罰が必要だと思うのだよ」


 それを見ながらマリパパは無慈悲に告げた。


「あの、お義父様?さっき罰としてお小遣い抜きって……」


 が、シャルルは彼女の言葉を無視して話を続ける。


「その為には環境を変えるのが一番だと思う。だからマリー、君には今からストリアへ行って貰うからね」


「え!?そんな理不尽な!まだランスに戻ってひと月しか経ってないのに!?」


 あまりにあんまりな内容に、マリーは悲鳴を上げた。


「実は先程、ストリアから早馬で手紙が届いてね。なんでもストリア皇帝は『可愛い孫のお願いを聞いてあげた訳だし、おじいちゃん今すぐマリーに会いたいな!』とのことだ」


「なっ!返事が早過ぎでしょう!?あの老いぼれめ!くっ、絶対嫌です!ストリアなんか行くものですか!」


 マリーはウザいことこの上ない内容を告げられ、地団駄を踏みながら過保護で孫離れ出来ない祖父を口汚く罵った。


 と、ここでシャルルは発狂するマリーから視線を移し、アネットの方を見た。


「アネット嬢、君もマリーのストリア行きに同行して貰う。マクシミリアンをたぶらかし、セシルを傷付けた罪はまだ消えてはいない。だから、君は女官としてしっかりと働くことで罪を償うのだ」


「……はい、畏まりました、陛下。誠心誠意、マリー様にお仕え致します」


 アネットはシャルルの言葉を素直に受け入れ、恭しくそう言った。


「うむ、素直で宜しい。人間やり直すのに遅過ぎるということはないのだ、頑張るのだぞ、アネット」


 するとシャルルは、優しい目をしながら彼女にそう告げた。


「……はい!有り難きお言葉!アタシ、必ずご迷惑をお掛けした分以上に働きます!」


 そして、アネットは彼女らしい溌剌とした笑顔でそう答えたのだった。


「うむ」


 それを見たシャルルは満足そうに頷いた後、


「……それに引き換えウチのちびっ子ときたら、往生際の悪いことだ」


 再びマリーの方を見た彼は、呆れ顔でそう言った。


「むっきー!誰がちびっ子だコラー!もう、お義父様!そこまで言わなくてもいいではありませんか!お義父様のアホー!大根役者ー!」


「……ではマリー、時間もないし直ぐに旅支度を始めなさい」


 当然、ちびっ子という単語に反応したマリーは激怒したが、マリパパは素知らぬ顔でそれをスルーして彼女に旅支度を促した。


「ふん!誰がストリアなど行くものですか!私はお兄様と甘い日々を送ると決めたのです!」


 が、逆ギレしたマリーはそれを頑として拒否した。


「ほう、どうしてもか?」


「はい、当たり前です!」


「そうか、仕方がない。では力ずくでやるしかないようだな」


 するとマリパパは、少し前に聞いたことがあるようなセリフを呟いた。


「はっ!力ずく?お義父様に何が出来るというのです?既に親衛隊もおりませんし、私には暗部が付いて……」


 マリーも何処かの脳筋シロクマと同じように、小馬鹿にしたような目で言い返した。


 そして、次の瞬間。


「それはな、こうするのだ!……メイド隊!であえ!であえーい!」


「「「はっ!ただいま!」」」


 シャルルがそう叫んだ直後、再びドアがバーン!と開き、今度はメイド軍団が現れた。


「え!?」


 マリーは予想外の事態に驚愕した。


「どんなことをしても構わん!マリーとアネットを支度させ、早急にストリアへ送り出すのだ!」


 一方マリパパはそんな彼女をよそに、メイド軍団に向かって鋭く命じた。


「「「はっ!」」」


 そして、間髪おかず主の命を受けたメイド軍団がマリーに向かって殺到した。


「な、まさかお義父様がこんな手に出てくるとは!……ですが残念、私には暗部が付いているのです!レオニー!リゼット!私を助けなさい!」


 大量のメイド達に包囲され、壁際に追い詰められながらもマリーは不敵な笑みを浮かべ、冷静に助けを呼んだ。


 当然、直ぐに主のピンチを救う為、ランス最強の女スパイことレオニーと、意外と強いパンチラホルスタインのリゼットが動き……、


「「……」」


 出さなかった。


 そう、二人はマリーの命令に対して、微動だにしなかったのだ!


「え!?ちょっと!レ、レオニー!早く!」


 焦ったマリーがレオニーを急かすが、


「……」


 やはり彼女は動かない。


「レオニー!」


 再びマリーが叫ぶが、いつの間にかシャルル達の側に移動していたレオニーは、澄ました顔のまま反応しない。


「くっ、リゼットー!助けなさい!」


 レオニーがダメだと悟ったマリーは、今度はリゼットに向かって叫んだ。


「ふぇ、え、えーとぉ……」


 気の弱いリゼットは彼女にそう言われると思わず身体が反応し、動きだしそうになったが。


「動くなリゼット」


「ひぃ!」


 レオニーの鋭い視線とドスの効いた一言でリゼットは停止した。


「え!?どういうことなの!?」


 マリーは訳が分からず、リゼットに説明を要求した。


「……は、はぁい、えーとぉ、見ての通りぃ、私はレオニー様の命令で動けないのですぅ。マリー様ぁ、ごめんなさいなのですぅ」


「はあ!?」


「あ、あとぉ、そういうことなのでぇ、私は悪くないのですぅ、恨むのならぁ、レオニー様を恨んでくださぁい」


 するとリゼットはマリーの問い掛けに対して、言い訳がましくそう答えた。


 そして、後々の保険も兼ねて裏切りの首謀者の名を告げた。


「な!なななななななな!まさか、レオニー、裏切り者は貴方なの!?」


 予想だにしない展開に、マリーは目を見開いて絶叫した。


「仕方ありません、大義の為です」


 レオニーは取り乱した主人を一瞥した後、澄ました顔のままそう答えた。


「何が大義の為ですか!自分一人でお義兄様を独占したいだけでしょうが!こっの裏切り者がぁー!」


 当然、マリーは大激怒。


「ふっ……」


 しかし、レオニーはそれには何も答えず、ただ口元を少し歪めただけだった。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!」


 マリーはキラウェア火山など比にならないぐらいに大噴火したが、現状ではなす術がなく、メイド達に拘束された状態でジタバタと見苦しく暴れた。


「ではマリー様、ボンボヤージュ(良い旅を)」


 そして、最後にとても良い笑顔のレオニーが、恭しくそう告げたのだった。


「こっのー!何をキメ顔で言ってやがるんですかー!覚えてなさい!後でお嫁に行けない身体にしてやりますからぁ!……って、は、放せー!」


 最後の抵抗とばかりに盛大に暴れるマリーだが今はただの少女、早々にメイド達に捕まり、強制連行されてしまう。


「マリー、ストリアでしっかり反省して来なさい」


 そして、マリパパがそんな言葉を掛けたところで、


「むう!こうなったら!」


「ぐぇ!?」


 マリーはすれ違いざまにリゼットの襟首を掴んだ。


「貴方もストリアに一緒に来なさい!道連れです!」


「ふぇ!?あぁ〜れぇ〜」


 憐れリゼットはマリーに捕まり、そのまま一緒にドアの向こうへと消えて行ったのだった。


 そして部屋には静寂が戻り、国王と宰相、そしてレオニーの三人が残った。




「よくやってくれたレオニー、褒めて遣わすぞ」


 国王シャルルがレオニーの働きを誉めた。


「はっ!有り難きお言葉!……それで……」


 レオニーは恭しくそう答えた後、先を促した。


「ああ、勿論分かっておる。約束の件だな?」


「はい」


「では、まずシュバリエとしての所属だが、マクシミリアン付きが良いのだな?」


「はい、シュバリエ(騎士)になるのならば、あの方以外にお仕えすることは考えられませんので」


 至極当然のようにレオニーは言った。


「ふ、アレは幸せ者だな。いいだろう。只今からお前はマクシミリアンの騎士だ」


 シャルルは苦笑した後、それを認めた。


「はっ!拝命致します」


「うむ。それで、もう一つはマクシミリアン専属の護衛兼メイドとして働きたい、だったな?」


「はい」


「うむ、よかろう」


 そして、彼女にとってシュバリエなどよりも余程重要なこちらの約束も果たされた。


「有り難き幸せ。では、準備がありますのでこれで……」


 レオニーは思わず嬉し過ぎて頬が緩みそうになるのを懸命に我慢しながら、そう答え、早速シュバっと消えようとしたが……。


「ところでレオニー。実はその前に一つ、仕事があるのだが」


「……は?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る