第143話「猛獣達の誤算②」

「それにセシル、私は今、君に対して凄く怒っているんだ」


 『イケメンもやし』ことセシパパは、ランス王国宰相にして貴族筆頭のスービーズ公爵の顔になってそう告げた。


「……は?」


 普段、押し(という名の脅迫)には非常に弱い父親が予想外の反応をした為、セシルは一瞬それを理解出来ず、ポカンとしてしまった。


「あの、お父様?……全く意味がわかりませんし、そもそも『模範的な貴族令嬢』であり、ランス社交界の頂点に立つ品行方正な私がお父様を怒らせるようなことなどする筈が……」


 そして、セシルは困惑顔になり、まるで身に覚えがないと本気で言い始めたが、しかし。


「調べによれば約ひと月前、君はナディアのコスプレをして取り巻きの令嬢達と共にこの宮殿で暴れ回り、多数の令嬢を病院送りにしたそうだね?」


 それを遮ってセシパパが淡々と事実を告げた。


「うっ……そ、それは……そのー……」


 今まで威勢の良かったセシルが急に挙動不審になり、目を泳がせた。


「更に奥義を放ってサロンのドアを粉々にした後、令嬢達の前で独裁を宣言したらしいね?」


 更にセシパパの口撃は続く。


「あ、あれは必要なことだったのです!そもそも私は売られた喧嘩を買っただけで……」


 珍しく劣勢に立たされたセシルは、何とか言い訳しようとするが……。


「ほう、随分と高値で買ったものだね?」


「うっ……」


 本気モードのセシパパの嫌味で即撃沈された。


 そして、ここからは更に一方的な展開となる。


「で、その後マクシミリアン殿下の私室に押し入って枕を強奪した。その際、近衛兵一個小隊を病院送りにしたよね?」


「……はい」


「いやー、『模範的で品行方正な令嬢』のすることは違うね。どうやら私は『模範』と『品行方正』という単語を辞書で引き直す必要があるらしい」


「……」


「あ、そういえば壊したドアと殿下の枕、それに負傷した近衛兵達の治療費と彼らの勤務ローテーションを埋める為に掛かった費用の請求書が来ていたよ。罰として来月のお小遣いは無しだからね?」


 ここで遂にセシパパは必殺『来月のお小遣いカット!』を発動。


「ええ!?ちょ、ちょっと待って下さい!それではリアン様の追っかけが出来ないじゃないですか!困ります!」


 これにより、セシロクマは懐(薄っぺらな胸の方ではないよ!)に大ダメージを負った。


「諦めなさい、もう決めた事だ」


 セシルが騒ぐが、今日のセシパパに慈悲はない。


「くっ……まさか兵糧攻めとは……もう、こんなの酷過ぎですよー……でも仕方ありません、ここは大人しく罰を受け入れます(と、見せかけて!後で適当にお父様の私物を売り払ってリアン様の追っかけ費用を工面するとしましょうかね)」


 と、セシロクマも多少は知恵がある為、不利を悟った彼女は大人しく罰を受け入れる振りをしてやり過ごそうとした。


「セシル、何を勘違いしているんだい?お父さんのバトルフェイズはまだ終わっていないよ?」


 だが、本気のセシパパにはそんなことは御見通しだった。


「ふぇ!?」


「ドロー!モンスターカー……じゃなかった、他にも折角捕まえた暗殺者の息の根を勘違いで止めようとしたり、遠征の時には我がスービーズ騎士団を勝手に動かして敵を必要以上に地獄に送ったよね?」


「あ、あれは必要なことでしたよ!」


 確かに、あれはリアンの命を救うのに必要な行動ではあったのだが……。


「本当に!?ルグラン侯一派は兎も角、戦意を喪失して所領に逃げ帰った第二王子派の連中を追いかけて行って皆殺しにすることが必要だったの?」


 セシパパは嫌味たっぷりに、わざとらしく驚いて見せた。


 因みにエクトルはセシルを追い詰める為にわざとそう言ったが、本当は逃げ帰った連中が直ぐに降伏した為、またスービーズ騎士団と暗部の担当者がまともだった為、歴史的大虐殺は行われずに済んでいる。


「うぐ……」


 だが、それを知らないセシルは言葉に詰まって顔を引き攣らせた。


「挙句、昨日に限っては意味もなく宮殿の廊下や美術品を破壊して回っていたらしいじゃないか」


 そして、実はまだ心の整理がついていないリアンとの『大事故』が原因の奇行を持ち出され、最早セシルのライフはゼロに近くなっていた。


「くっ……あ、あれは……その……ちょっと色々あって情緒不安定になっていたので仕方なかったのです!……ほ、ほら!心身喪失状態というやつです!だから私は無罪です!」


「ほう、で?」


 彼女の必死の言い訳をセシパパは無表情のまま一言で切り捨てた。


「う、うう……そ、それに我が家のお財布事情を考えればあれぐらい大した金額では……」


「セシル、金額の問題ではないよね?」


 相変わらず無表情のまま、冷静に返すセシパパ。


「………………はい、お父様の仰る通りです……うう」


 ここで遂にライフがゼロとなり、舌戦で完全に敗北してしまった惨めなシロクマは床に両膝をつき、がっくりと項垂れた。


「やっと罪を認めたか。素直に謝れば多少は手心を加えてあげようかと思っていたのに。全く、脳筋なのに意地を張るから……」


「む、むむむ……そこまで言わなくても……お父様の意地悪!バーカバーカ!」


 しかし、続くセシパパの容赦のない言葉でセシルは完全にいじけてしまった。


「……まあ、いい。兎に角、私はそんな悪い子のセシルには罰が必要だと思うんだ」


 それを見たセシパパは軽く肩をすくめてから、無慈悲にそう言った。


「え?ば、罰?さっきお小遣い無しだって……」


「そんなことでは君は反省しないだろう?だから君には……」


「いえいえいえ!めっちゃ反省しますから!悔い改めますから!というか私のライフはとっくゼロですから、これ以上はやめ……」


 セシルは涙目になり慌てて赦しを乞うが……。


「見合いをして貰う」


 ここでセシパパからとんでもない一言が飛び出した。


「……めて下さい!………………ほう?お見合い?お父様、死にたいようですね……」


 と、これを聞いて瞬間的に沸騰したセシルが瀕死の状態から一気にバーサーカー状態になった。


「実は今、マクシミリアン殿下にボロ雑巾のように捨てられてフリーになったセシルには、身体と我が家の地位と財産目当ての見合い話が国内外から山のように来ていてね」


 しかし、そんな命の危機を迎えても本気モードのセシパパは眉一つ動かさず、淡々と話し続けた。


 流石はランスのナンバー2であり、超一流の政治家である。


「誰がボロ雑巾ですか!コラー!というか、私捨てられてませんし!……コホン、兎に角それがどうしたのです?昔のようにお父様が断れば済む話ではありませんか?」


 と、父親の身も蓋も無い言い方にセシルはブチギレた後、意外と冷静にそう返した。


「いや、セシル、それでは罰にならないだろう。だから今回は……罰として全員と見合いをして自分で断ってもらうからね」


 そして、セシパパも冷静に、そして冷酷に告げた。


「はああああああ!?」


 セシロクマ、絶叫。


「当然、全ての見合いを消化するまで王都に戻ることは許さないからね」


「ちょっとぉー!無理無理無理です!私、禁断症状が出て死んじゃいますから!」


「例の枕があるのだろう?」


「え、いや、でも……」


「ということで、君には今からスービーズ領にある実家に戻って貰うから」


「ふ、ふざけないで下さい!誰がそんなもの……」


「やるんだセシル。今回は完全に自業自得だよ」


「絶対に嫌です!……私はリアン様のところへ行くと言ったら行くのです!」


 ここでセシルは再び開き直った。


「ふむ、どうしてもかい?」


「はい、どうしてもです!止めたければ力ずくでどうぞ」


 開き直ったセシルは、自らの力に絶対の自信を持ってそう言った。


「そうか……」


「はい!ではお父様、私は準備がありますので、これで失礼を!ご機嫌よう」


 そして、セシルは一方的に会話を打ち切り、そう言って立ち去ろうとしたのだが。


「セシル、あまりお父様さんを侮らないことだ。先程も言ったが、今回のお父さんは本気だ」


 セシパパはやれやれという顔をしてそう言った。


「ふん、ではどうするのですか?衛兵でも呼びます?」


 しかし、開き直ったセシルは絶対に止められない自信がある為、小馬鹿にしたように言った。


 だが、今まで無表情だったエクトルはここで不敵に笑い、よく通るテノール調の声で叫んだ。


「ふっ、それはね……こうするんだよ!先生方!お願いします!」


 エクトルがそう言った瞬間、ドアがバーンと大きな音を立てて開き、そこには……。


「「「はーい!」」」


 親衛隊の面々がいた。


 久しぶりの変態大集合である。


「え?ええ!?エリーズ?リアーヌ?それに親衛隊の皆さん!?」


 思い掛けず登場した彼女達にセシルは目を見開いた。


「そうさ、こんなこともあろうかと、親衛隊のお嬢さん達を呼んでおいたのさ」


 エクトルはそんな彼女にドヤ顔で告げた。


「グギギ……お父様の分際で小賢しい真似を!」


 セシルは自らの不利を悟り、歯軋りをして悔しがったが、既に逃げ道はない。


「ふっ、なんとでも言うがいい!ではお嬢さん方、セシルをスービーズ城まで宜しくお願いします!勿論報酬は約束通り、セシルの下着でも化粧品でも、何でも好きなもの進呈します!あと、今回は特別にお触りも自由!」


「「「わーい!やったー!」」」


 その直後、欲望に支配された親衛隊の面々が、怪しい目つきでジワジワと獲物との距離を詰め始める。


「え?はあ?お、お父様!?何を勝手なことを!……み、皆さん落ち着いて!」


 先日の悪夢を思い出したセシルは顔面蒼白になりながら、あとずさった。


「セシル様……自らの欲望に負けた私達をお許し下さいませ」


「姉御、すまねぇ……」


 そんな彼女に申し訳なさそうな顔のリーダー二人が謝罪の言葉を告げた。


 そして、その後ろには目をギラつかせた親衛隊の令嬢達が控えている。


「ひぃっ!こ、来ないで!来ないで下さい!」


 ここでセシルは本当に珍しく、心の底から恐怖した。


 そして、


「「「セシル様ー!」」」


「こ、来ないで!来ないで!……きゃー!み、皆さんやめて!やめてー!いやー!」


 怒涛の如く部屋になだれ込んで来た変態……もとい令嬢達によって、セシルは棒倒しの棒のようにあっという間に引き倒されてしまったのだった。


 数分後。


「むうー!むがー!」


 全身を縄でぐるぐる巻きにされた上、猿ぐつわを噛まされて喋れない状態のセシルが床に転がされていた。


「油断したねセシル、これに懲りたら今後は大人しくすることだ……さて、あとは領地に帰ってから反省しなさい」


 それを見下ろしながら、勝ち誇った顔のセシパパが楽しそうに言った。


「むがー!」


 直後、それだけで人を殺せそうな目でセシルは父親を睨むが。


「では先生方……じゃなくてお嬢さん方、宜しくお願いします」


 彼は躊躇なくそう言った。


「畏まりました。それでは国王陛下、王女殿下、公爵様、失礼致します、ご機嫌よう」


 すると、リーダー格のエリーズが皆を代表してエクトルにいとまを告げ、


「「「失礼致します、皆様、ご機嫌よう!」」」


 それにならって他の令嬢達も声を揃えて挨拶すると、暴れるセシルを担いで去って行った。


「むーがーがーがー!(たーすーけーてー!)」


 そんな悲痛な叫びを残して。




 そして、部屋には静寂が戻り、後には六人が残された。


「ふふ、予定通り邪魔者は消えましたわね」


 セシロクマが変態という名のハンター達に捕獲され、為すべもなく運び去られていくところを見ていたマリーがニヤリと笑いながら言った。


「はい、マリー殿下。そして、ハンター達……失礼、お嬢さん達の手配に関するご協力を感謝致します」


 そして、エクトルが恭しくそう言った。


「いえいえ、これで邪魔者が消えるのなら安いものですよ」


「左様でございますか」


「ええ……それで宰相様、約束通り協力した訳ですから、当然報酬は頂けるのでしょうね?」


 と、ここでマリーは更に口元を歪ませて、エクトルに確認した。


「はい、勿論でございます殿下。どうぞ、毎日お好きなだけマクシミリアン殿下の元へお通い下さいませ」


 エクトルも悪い笑みを浮かべながら、そう答えた。


「それは結構結構。これから毎日お義兄様とあんなことやこんなことを好きなだけ〜ふふふ♪では早速準備をし……」


 返事を聞いたマリーは上機嫌になり、鼻歌混じりにこれから訪れるであろうシャケとの甘い生活の妄想に耽り始めたのだが、ここで……。


「ところでマリー様。その前にシャルル陛下からお話があるそうですよ?」


 エクトルの声がそれを遮った。


「しなければ……は?なんですか?大根髭の分際で。これから忙しくなるので手短にお願いしますね」


 マリーは露骨に迷惑そうな顔をした後、髭型サンドバッグもとい国王シャルルに先を促した


「大根髭って……コホン。マリーよ、最近お前もセシルに負けず劣らず、おイタが過ぎるのではないか?」


 するとシャルルから予想外のセリフが飛んできた。


「え?そんなことは……」


 不意を突かれたマリーは、思わずそう返すが……。


「それについて、お義父さんは怒っているのだよ」


「……は?」

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