第142話「猛獣達の誤算①」

 『劇団シャケ』による三文芝居がフィナーレを迎えると同時に大量の死刑囚を生み出し、主役を務めたマクシミリアンが退場した後のこと。


 同じトゥリアーノン宮殿にある大根役者……もとい国王シャルルの部屋にて。




「お義父様!先程のアレは何ですか!?」


 開口一番、怒り心頭のマリーが鬼の形相で叫んだ。


「そうだシャルル、マリー様の言う通りだぞ!何だあの体たらくは!」


 更に、イケメンもやしこと宰相エクトルもそれに続いた。


「で、でもワシ結構緊張してたし……時間が無い中でセリフも沢山練習したし、むしろ頑張った方なんじゃ……」


 言われたシャルルはなんとか言い訳しようとするが、


「黙りなさい!」


 残念ながら息子のように上手くはいかず、再度マリーに一喝されてしまう。


「ひぃ!?」




 そう、現在国王シャルルは王女マリーと宰相エクトルに先程の失態を激しく責め立てられていた。


 因みに理由は、前者は大好きな義兄に迷惑が掛かるところだったからなのだが、後者はそれにプラスしてちょっとした悪ふざけも入っていたりする。


「全く、マクシミリアン様を始め、フィリップ様から近衛兵まで誰もセリフを間違えたりしなかったというのに……お前と言う髭は!もう少しであの政治ショーを、そしてマクシミリアン様の将来を台無しにするところだったのだぞ!」


 そして容赦なくエクトルも口撃を加えた。


「うぅ……(というか髭って……)」


 憐れな国王シャルルは何も言えず、気まずそうにうめくことしか出来ない。


「そうですよ!その髭は飾りですか!」


「二人揃って酷い!……それに髭は関係ないんじゃ?」


 自慢の髭のことを言われた国王型サンドバッグは、そこで最後の抵抗を試みた。


 しかし、


「ああん?」


 ギロリ。


「はい、ごめんなさい……」


 マリーに威圧され、この国の最高権力者は速攻で情けなく土下座した。


 と、そこで……。


「陛下、失礼致します、レオニーでございます。セシル様をお連れ致しました」


 タイミング良くセシルを連れたレオニーが到着し、シャルルは漸く王女と宰相のお説教から逃げ出す口実を見つけた……かに見えたのだが。


「おお!?そうかそうか!さあ、入れ(助かった!)」


「「逃げたな……」」


 二人はジト目でそう呟いたが、シャルルはそれをスルーし、セシルを出迎えるふりをしながらそちらへ逃げて行った。


「陛下、お呼びにより参りました」


 シャルルがドア付近まで来ると、久しぶりにドレスを着た公爵令嬢ルックのセシルが、優雅にカーテシーをして見せた。


「セシル、呼びつけてすまんな、実は……」


 そして、シャルルは早速用件を切り出そうとするが、


「陛下、ご用件の前に一つ宜しいでしょうか?」


 セシルはそう言ってシャルルの言葉を遮った。


「え?えーと、なんか嫌な予感がするからダメ!ダメダメ!それは後で……」


 何故か悪い予感がしたシャルルは、それを却下したが……。


「先程の大根役者ぶりについてなのですが……」


「!?」


「それについて少しお話しがございますの」


 セシルはそれを無視し、恐ろしい笑顔でそう告げたのだった。


「ひぃ!?」


 ………………。


 …………。


 ……。


 三十分後。


「うう……ロクにセリフも覚えられない分際で偉そうに国王を名乗ってごめんなさい、偉そうに髭とか生やしてごめんなさい……」


 最高権力者(笑)は、再び無様に土下座していた。


「仕方ありません、見逃すのは今回だけですよ?いいですね?」


 対する公爵令嬢(最強)は薄い胸を張ったまま、やれやれという顔でそう言った。


「はい……大変申し訳ございませんでした……」


「あ!そうだ!陛下、何か私達にお話があったのでは?」


 と、そこでセシルは先程シャルルが何か言い掛けていたことを思い出した。


「……む?あ、ああ!そうだったな!」


 と、そこで国王シャルルは土下座状態から起き上がって女性陣の方を見た。


 因みに現在部屋に居るのは、国王シャルル、宰相エクトル、セシル、レオニー、マリー、アネット、リゼットの七人である。


「コホン。皆が知っての通り、先程マクシミリアンがこの宮殿を出て行った訳なのだが……それに関連して君達の今後の予定と方針を聞いておきたいのだが?」


 続いて国王は真面目な顔で女性陣に向かってそう問い掛けた。


 そして、国王の問いに対する猛獣達の回答は以下の通り。


 まずセシロクマ。


「え?私の今後の予定と方針ですか?そんなの決まっているではありませんか。早急に準備を整えて明日にでも……いえ、このあと直ぐにでもリアン様の新居に突入……いえ、新居に伺って、何が何でも同居しますよ?」


 と、最初の猛獣は欲望のままに答えた。


 次に獅子ニー。


「はい、私もセシル様と同様に、この後可及的速やかにマクシミリアン様の新居に伺う予定でございます。勿論、私の場合は他意はなく警護の為ですが。そして、もしお許しを頂けるのならば住み込みのメイドという形で警護の傍ら、(二十四時間三百六十五日)お側でお世話をさせて頂きたく思っております」


 と、二番目の猛獣はもっともらしいことを言って、上手く欲望を隠しながら答えた。


 続いて(大)アクマリー。


「私は先の二人とは違って常識がありますから、この後いきなり押しかけたりはしません。リアンお義兄様が落ち着いた頃を見計らって伺います。その折にはお引越しをお祝いする品を持ってアネットと新居を訪れる予定です。私は同居したいなどと非常識なことは言いませんが、それ以降はちょくちょく(毎日)お義兄様のお顔を見に伺う予定です」


 と、三番目の猛獣は小賢しく、そして堅実に答えた。


 最後に姉ット。


「はいはーい!アタシもマリー様のお供で一緒に付いていきまーす!」


 四番目の猛獣は素直に、そしてシンプルにそう答えた。


「ふむ、そうか……」


 ほぼ予想通りの答えを聞いた国王は僅かに逡巡し、もう一つ彼女達に聞いてみることにした。


「では全員に問うが、もし行くな、と言われたらどうす……」


 すると、どうするのか?と国王が全部言い終わる前に、


「行きます!」


「参ります!」


「伺います!」


「付いてきまーす!」


 と、猛獣達は食い気味に即答した。


「……やはり、こうなるか」


 シャルルは頭を抱えた後、隣にいるエクトルを見て頷いた。


 彼は無言でシャルルに頷き返したあと、女性陣の方を向いてしかつめらしい顔で話し出した。


「取り敢えず最後まで話を聞いて欲しいのだが、マクシミリアン殿下は自由を求めて今回旅立たれた訳だ。しかし、知っての通りそれは数年間だけの仮初の自由だ……だから、この期間内は出来る限り殿下を一人にして差し上げたいのだ。だから、この後直ぐに押しかけるような真似は控えて貰いたいのだが、どうだろうか?」


 そして、宰相エクトルは結論と共に猛獣達にそう問い掛けた。


 次の瞬間。


「「「「は?」」」」


 全員が視線だけで即答した。


 黙れ、狩りの邪魔をするな、と。


「……そうか、では仕方がない。不本意だが、ここは実力行使をさせて貰うよ」


 しかし、そんな一般人なら即死しそうな鋭い視線をイケメン宰相は涼しい顔で受け流すと、今度は突然物騒なことを言い始めた。


 それに対していち早く反応したのは、実の娘であり、強大な戦闘力を持つセシルだった。


「ふん、何を寝ぼけたことを。イケメンもやしのお父様ごときに私が止められるとでも?」


 そして彼女は勝ち誇った顔でそう言った。


 普段ならば、ここでエクトルが抵抗を諦めるところなのだが、今日の彼は違った。


「ああ、勿論だ。済まないが今日のお父さんは本気だ。それに……」


「ほほう、それに?」


 と、そこでエクトルがクワッと目を見開き、


「それにセシル、私は今、君に対して凄く怒っているんだ」


 ハッキリとそう告げた。


「……は?」

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