第141話「劇団シャケ」
「ふざけるな!私はそんなこと認めないぞ!」
その時、皇太子変更の発表の場で怒声が響いた。
その声の主を見れば、噂の無能な第一王子ことマクシミリアンが近衛兵に押さえつけられながら顔を真っ赤にして喚いていた。
「黙れ、これまでの自分の所業を考えてみよ」
それに対して壇上に座っている王であり、父でもある男は哀れなものを見るような目で冷たく言った。
「ぐぬぬぬぬ……」
そう言われたマクシミリアンは反論出来ず、悔しそうに歯軋りし、顔を歪めた。
「父上の仰る通りですよ兄上、貴方のような無能な人間に皇太子の資格はない」
今度は横から第二王子であり、新たな皇太子でもあるフィリップが、あからさまに見下した態度で言った。
「うるさい!弟の分際で偉そうに!私は……私こそが皇太子に!次の国王に相応しいのだぁ!」
だが、それを聞こうともせず前皇太子マクシミリアンは目を血走らせながら、なおも無様に喚き続けているのだった。
その様子を近くから見ていた宰相スービーズ公爵は様々な思いから、その端正な顔を歪めた。
またその娘であり、婚約破棄という屈辱を与えられた所為で心を病み静養中のセシルは、元婚約者の憐れな姿を直視出来ず両手でその美しい顔を覆い震えていた。
そして、そんなセシルを横から気遣っている義妹の王女マリー=テレーズ以下、レオニーや近衛兵等の臣下、そして会場に詰め掛けた貴族その他の有力者達。
彼らはこのひと月の謹慎でマクシミリアンが何一つ反省していないことを悟り、軽蔑、侮蔑、憐れみ等が入り混じった視線を彼に向けたのだった。
……と、現在我らがシャケことマクシミリアンを主役とした『劇団シャケ』が迫真の演技を披露してるのだが、この茶番が始まったのは今から少し前のこと。
大勢が見守る中、小心者のマクシミリアンが精一杯不機嫌そうな顔を作り、内心ドキドキしながら太々しい態度で広間に入り、壇上に座る国王の前に跪いたところから。
「おもてをあげよ」
目の前に跪いた息子達を見下ろしながら、重々しい雰囲気の国王が静かに言った。
「マクシミリアン、今日は何故ここに呼ばれたのか、分かるか?」
国王はしかつめらしい顔でそう問うた。
「いいえ、陛下。お呼びにより参上致しましたが、本日のこれは一体何の集まりなのでしょうか?」
その問いに対してマクシミリアンは首をかしげながら、謹慎している中いきなり呼び出されて何も分からない、という体でそう答えた。
緊張で足をガクガクと震わせながら。
「うむ、実は先日の騒動に関するお前の処分が決まったのだ」
と、逆に問われた国王シャルルは、できる限り厳しい顔を作って言った。
「処分?処分ですと!?ご冗談でしょう?私のどこに落ち度があったというのですか!?」
それを聞いたマクシミリアンは顔を真っ赤にしながら、心外だとばかりに派手なジェスチャーと大声で怒りを露わにした。
「そ、その……えーと、(マズい!つ、次のセリフ何だっけ!?カンペカンペ!)……コホン。その様子では、このひと月の謹慎は無意味だったようだな」
息子の反応を見たシャルルは呆れた表情で何か言い掛けたが、一瞬セリフが飛び、カンペを見てから、そう言った。
そう、実はシャケパパも結構緊張しているのだ。
「な、何をバカなことを!そもそも私に落ち度などある筈が……」
そして、内心ヒヤヒヤしながら、マクシミリアンが激昂した。
「黙れ、愚か者め!態度次第では情状の余地もあったが、やはり貴様には厳しい罰が必要だな」
(すまん、許せ息子よー!うおーん)
と、その言葉と共に激怒して見せた国王は、内心泣きそうになりながら大事な息子に向かってそう告げた。
「罰だと!?」
そう聞いたマクシミリアンが大袈裟に驚いて見せる。
「そうだ、お前には罰が必要なのだ。では、今ここでひと月前の騒動に関する処分を発表する」
「!?」
そして、国王は驚く息子を一瞥すると、さり気なくカンペを見てから厳しい口調で話しだした。
「……(えーと、いかん、またセリフが飛んでしまった!カンペカンペ)……第一王子マクシミリアン、身勝手な理由での突然の婚約破棄及び、素行不良により、皇太子の地位を剥奪する!」
「は!?何だと!?……ぐお!な、何をする!無礼者め!」
すると、それを聞いたマクシミリアンが半狂乱になり、壇上の国王に詰め寄ろうとして近衛兵二人に取り押さえたれた。
「大人しくしろ!」
(演技とはいえ申し訳ありません、殿下!うおおおおお!)
と、遠征に従事したこの近衛兵は、野太い声でマクシミリアンを怒鳴りつけながら、内心で盛大に涙を流した。
「なお、新たに第二王子フィリップを皇太子とすることをここに宣言する!……そして貴様には僻地にて、無期限の蟄居謹慎申し付ける!以上だ!」
そして、国王はその言葉で話を締めくくった。
ここで話は冒頭に戻る。
「ふざけるな!私はそんなこと認めないぞ!」
(はい!喜んで!)
皇太子変更を言い渡されたマクシミリアンは内心で歓喜の声を上げながら、クオリティを上げる為に頑張って無様にジタバタしつつ怒声をあげた。
「黙れ、これまでの自分の所業を考えてみよ」
(ああ、頑張って働いた息子に演技でもこんなことを言うのは心が痛いなぁ)
それに対して壇上に座った国王シャルルは、自分のセリフに心を痛めつつ、冷たく言い放った。
「ぐぬぬぬぬ……」
(本来ならこうなっていた筈、というかむしろこれが当然だよなぁ、本当に記憶が戻って、そしてこのひと月頑張ってよかった)
そう言われたマクシミリアンは、記憶が戻ったことと自分の頑張りに感謝しつつ、悔しそうに顔を歪めた。
「父上の仰る通りですよ兄上、貴方のような無能な人間に皇太子の資格はない」
(リアン兄さんごめんなさいごめんなさいごめんなさい!後で僕を殺して下さい!あああああああ!)
今度は横から新皇太子フィリップが、心の中で血の涙を流しながら、必死に作った見下した表情でそう言った。
「うるさい!弟の分際で偉そうに!私は……私こそが皇太子に!次の国王に相応しいのだぁ!」
(全くその通りだ、私は国王には相応しくない。ああ、代わってくれる弟がいて良かった。サンキューフィリップ!)
マクシミリアンはそれを聞こうともせず、内心でフィリップに礼をいいながら、目を血走らせて無様に喚き続けたのだった。
その様子を近くから見ていた宰相スービーズ公爵は、
(全く、酷い茶番劇だな……他に方法が思いつかなかったにしてもマクシミリアン殿下には申し訳ないことだ……しかも、ここまでしても手に入るのは数年間の仮初の自由だけなのだから……しかし、仕方がないのです殿下、貴方は次期国王に相応しい器の持ち主なのですから……)
そんな思いから、その端正な顔を歪めた。
またその娘であり、婚約破棄というピンチをチャンスに変え、このひと月大好きなマクシミリアンに過去一ベッタリ張り付いた上、事故でその唇まで奪ってツヤツヤした顔のセシルは二つの理由で元婚約者の姿を直視出来ず、両手でその美しい顔を覆い震えていた。
(ああ……演技とはいえ今のリアン様のお姿は痛々しくて見ていられないです……あと!何も知らずにリアン様をバカにしている連中が許せません!今すぐ初代様から伝わる聖剣で愚か者全員を細切れにしてやりたい!……のですが、それではリアン様にご迷惑が……くぅ、ここは我慢ですセシル、殺るのは後です!)
そして、そんなセシルを横からある意味気遣いながら、義妹の王女マリー=テレーズは神経をすり減らしていた。
(セシル姉様!お願いですから耐えて!耐えて下さいませ!今この場を血の海にする訳にはいかないのです!そんなことをしたらリアンお義兄様にご迷惑が!……ふう、ギリギリのところでセーフのようです、ああ、胃が痛い……こんな思いをするのなら、どうせスカートで見えないのですから、やはりこのシロクマの足を鎖で地面に縫い付けておくべきでした!でも、このシロクマ普通に引きちぎりそうな気がします……あ!危ない危ない、忘れるところでした!今日リアンお義兄の悪口を言った連中の名前を全て心の備忘録に刻み付けなければ!お義兄様を舐めた連中を必ず後悔させてやります!)
マリーの側に控えるレオニーは表面上、普段通りの無表情のままだった。
表面上は。
(流石は殿下、見事な演技でございますね!このレオニー、感服しております。ですが、たとえ演技だと分かっていてもこれは心が痛みます……あと、事情も知らずに私の愛する殿下を貶める輩を成敗しなければいけません。愚か者は全員覚えておかないと……ふむ、ということは王立情報局の初仕事はマクシミリアン様を侮ったダニ共を駆除することになりそうですね)
加えてリゼットその他の暗部員や近衛兵等の事情を知っている臣下達も目の前で繰り広げられている茶番劇を見て内心で滂沱の涙を流しつつ、愚か者達の名前を心に刻み込んでいた。
最後に、会場に詰め掛けた貴族その他の有力者達の反応は二つに割れていた。
一つは猛獣という名のヒロイン達の『絶対許さないリスト』に名前が載ってしまった人々。
更に言えばマクシミリアンを愚か者だと侮り、軽蔑、侮蔑、憐れみ等の視線を露骨に彼に向けてしまい、意図せず自分の死亡診断書にサインをしてしまった憐れな連中。
もう一つは何らかのルートで奇跡的にマクシミリアンの働きを知ることが出来た幸運な人々。
と、会場にいる人間達は様々な思いを抱えながらこの三文芝居を見守っていた。
そして、いよいよ感動?のフィナーレ。
「……私こそが皇太子に!次の国王に相応しいのだぁ!」
マクシミリアンがそう叫んだ直後、
「……もういい、コイツを摘み出せ」
国王が呆れた顔でそう言った。
「そんな!ま、待って下さい父上!」
(よし、やっと終われる!あとは……)
マクシミリアンは慌ててそう叫ぶが、厳つい近衛兵二人はその一切の言葉に取り合わず、彼を強引に立たせた。
「は、放せ無礼者!私を誰だと……ぐふぅっ!」
(さあ、クライマックスだ!頑張れ、私の腹筋!……ぐぅっ!い、意識飛びそう……)
「ぬんっ!殿下、お静かに」
(殿下、御免!……ああ、この役目、辛い、辛過ぎる)
次の瞬間、近衛兵は暴れるマクシミリアンに会心の腹パンを叩き込んで黙らせた。
続いて近衛兵達は国王に一礼すると、大勢が見守る中、大人しくなった彼をズルズルと引きずりながら扉の奥へと消えて行ったのだった。
しかし、両脇を抱えられ俯いたまま引きずられる彼が微かに笑みを浮かべていたことに誰も気付くことはなかった。
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