第137話「早過ぎる再会」

 私は頭のタンコブが痛々しいアネットと別れ、再び食堂へ向かって歩き出した。


 直後、何故か可愛いマリーのものによく似た声がアネットを罵倒していたような気がしたが、まあ気の所為だろう。


 そして、私が廊下を少し歩いたところで、また意外な人物と再会した。


 む、アレは……フィリップ?


 そう、私の前方には先程とは打って変わって真剣な顔つきの、執行猶予中の弟がいた。


 今は数名の部下と思われる男達と会話をしながら、こちらへ向かって歩いて来るところだ。


 それにしても、数時間前に会って説教をしたばかりなのだが、一体何故こんなところに?


 見たところ、女を漁りにきた訳ではなさそうだが……。


 まあ、取り敢えず声を掛けてみようか。


「おい、フィリップ」


「……急げ!兎に角、時間がないのだ!資金を集めろ!不要なものは全て売り飛ばせ!……ん?ああ!これはリアン兄さん!こんなところでどうしたのですか!」


 私が声を掛けると、気付いたフィリップが顔をパァ!っと明るくして嬉しそうに近づいてきた。


 何がそんなに嬉しいのだろうか?


 やっぱり去勢がなくなったからテンションが高いのか?


 あと、こんな風に弟がやって来るのを見ると、まだ純粋に仲が良かった頃を思い出すなぁ。


 そうだよな、昔は可愛い弟だったのだ、一体何故性犯罪者なんかに……。


 と、いかんいかん。


 私は意識を現実に戻し、フィリップに答えた。


「いや、色々あって少し疲れたから、外の空気を吸おうかと思ってな」


「そうなのですか!お勤め、ご苦労様です!」


 うーむ、なんかキャラが違い過ぎない?


 無駄にキラキラしてるし、喋り方も違うし……なんか怖い。


 まるで普通の爽やかイケメンのように見えるぞ。


「ところでフィリップ、お前こそこんなところで何をしているのだ?」


 そして私は取り敢えず、フィリップに疑問をぶつけた。


 すると弟は、目をキラキラさせながら話し始めた。


 う、眩しい……。


「はい、先程兄さんとお話した通り、国の為、民の為、そして兄さんの為に僕は全力で働くと決めたのです」


「うん」


 ほお、いいことだ。


 ん?私の為?


 まあ、いいか。


「ですから、その使命を果たすべく、ケイベック植民地へ赴く為の準備をしているのです。出発まであまり時間はありませんが、出来る限り資金や資材、人材等を集めたいと思いまして」


「ほう、なるほど……流石は我が弟だ、偉いぞフィリップ」


「あ、ありがとうございます、兄さん!」


 そうかそうか、関心関心。


 それに、そういうことならば……。


「あと……余計なお世話かもしれないが、良ければ私から少しアドバイスを……」


「お願いします!」


 うお!?


 食いつきが良過ぎじゃないか!?


 まあ、こいつには皇太子、つまり次期国王として手柄が必要だから必死なのだろうが……。


 兎に角、フィリップには頑張って立派な国王になってもらわなければ私も困るし、その為にはアシストが必要だ。


 だから、私もたまには転生者らしく知識チート(大した知識はないが……)を使い、できる範囲でアドバイスをしてやろうと思う。


 それにランス王国が繁栄することは、間違いなく私のスローライフにプラスになるし。


 べ、別に今更健気に頑張る弟が可愛く見えてきたからじゃないんだからね!


 コホン。


 さて、我が身にも関わる事柄だし、ここは一つ真面目にアドバイスを考えなければ。


「コホン、ではフィリップ、まずアユメリカの重要性について……」


………………。


…………。


……。


「……と、地政学的にアユメリカは将来の覇権を約束されているのだ。つまり、」


「つまり、アユメリカを取った者が世界を制す訳ですね!」


 折角ドヤ顔でチート知識をひけらかしていたのに、賢いフィリップに結論を言われてしまった。


 ぐぬぬ。


「ああ、そうだ。極端な話、本国を失ってでも持っておきたいぐらいだ」


「なるほど、わかりました!この愚弟フィリップ、必ずやリアン兄さんの為にアユメリカの全てを手に入れて見せます!そして……」


「そして?」


 おお!やる気だな!


「駆逐してやる!ルビオン人達を!一匹残らず!」


 と、何故かフィリップは拳を握りしめながら、憎しみのこもった表情で宣言した。


 フィリップよ、お前は一体何と戦うつもりなんだ?


 別に壁を破られた訳でも、母上をルビオン人に食われた訳でもあるまいに……。


「そ、そうか、頑張れよ?さて、では他には……そうだ、フィリップ、参考までに聞きたいのだが、資金はどれぐらい集まりそうなんだ?」


 私は取り敢えずそのセリフをスルーし、話題を変えることにした。


「はい、ええと……正規の資金と、まだバレていなかった隠し財産を合わせて三百億程かと」


「!?」


 え?三百億!?


 マジか!?


 というか、隠し財産だと!?


 ふざけやがって。


 私は思わず、迷惑料として少し私に回せよ!と思わず叫びたいのを何とか我慢した。


 それにしてもコイツ、いつの間にそんなに貯めたんだ?


 まあ、フィリップは私と違って頭もいいし、貴族からの献金や資産運用の結果だろうが……。


 ぐぬぬ、私は百億ぐらいしか手元に残らなかったのに……。


 兄より優れた弟などぉ!


 く、悔しくなんか、ないんだからね!


 と、いかんいかん。


 嫉妬は見苦しいな。


「さて、では気を取り直して……」


「?」


 ………………。


 …………。


 ……。


「とまあ、折角本国から離れた土地で大きな裁量を与えられるのだから、思う通りにやってみ……ん?どうしたフィリップ?」


 ここで私は、今まで真剣な表情で話を聞いていたフィリップが口元を緩ませていることに気付いた。


 なんだこのやろう、話に飽きたってか?


「あ、いえ、昔はこうしてよく兄さんに色々なお話を聞かせて頂いたな、と思い出しておりました」


 するとフィリップは懐かしそうに、そして嬉しいそうにそう言った。


「そうか」


 ああ、なるほど。


 私の話に飽きた訳ではなく、思い出に浸ってほっこりしていたのか、まあそれならいい……のか?


「そして、僕がリアン兄さんのお話を聞いていると、いつも決まってセシルとマリーがやってきて兄さんを連れて行ってしま………………ん?あ、ああ、なるほど……はは、なんだ、そういうことだったのか……」


 と、そこでフィリップが急に、一人で何かに納得したような顔になった。


「ん?どうした?」


「あ、いえ、何でもありません」


 私がそう聞くと、苦笑で誤魔化されてしまった。


「……そうか。まあ、兎に角フィリップ、くどいようだがアユメリカは大きな可能性を秘めた重要な土地だが、その分様々な苦労が付き纏うことなる。心してかかれよ」


 仕方ないので私はそう言って話を締めた。


「はい!ありがとうございました!リアン兄さん!必ずや(将来兄さんが治めることになる)あの土地を豊かに、そして出来る限り広げて見せます!」


 するフィリップは、決意のこもった目をして、そう宣言したのだった。


「ああ、期待してるぞ」


 うん、これならきっと向こうに行っても大丈夫だろう。


 なんと言っても、私の自慢の弟なのだから……。


 さて、いい加減珈琲にありつきたいし、フィリップも時間が惜しい筈だ。


 そろそろ行こう。


「ではフィリップ、私はそろそろ行くよ、邪魔をしたな」


「そんな!邪魔だなんて!僕は昔みたいにもっと一緒に……いえ、何でもありません。ではリアン兄さん、僕も行きますね、それではまた!」


 私がそういうとフィリップは、何故かとても名残惜しそうな顔で去っていった。

 

 まあ、いいか。


 さ、珈琲飲みに行こ。

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