第135話「王女付き女官 アネット=ルフェーブルwithマリー①」
これはシャケが通り掛かる少し前のこと。
「ふわぁー……マリーまだかなぁ」
その時、新米女官アネットはダルそうに呟きながら、昨日主人になったばかりの腹黒王女ことマリーの用事が終わるのを廊下で待っていた。
しかし、用事が長引いているらしく、予定の時間になってもマリーが戻ってくる気配はない。
その為、アネットは暇を持て余しているのだ。
だが、かと言って廊下で女官が居眠りをする訳にもいかない。
なのでアネットは仕方なく、手持ち無沙汰に窓辺に佇んでいた。
そして、特に意味もなく視線を外へ向けながら、
「ああ、暇だわ……あと、頭痛い……そして、眠い……」
再びダルそうに呟いた。
そう、実はアネット、朝から二日酔いによる頭痛と、睡眠不足に悩まされているのだ。
「あうー、朝は王子様のお花が嬉し過ぎて気付かなかったけど、シラフに戻った瞬間から痛みが……うう、完全に二日酔いと睡眠不足ね……」
アネットはズキズキと痛む頭に手をやりながら、そう呟いたのだった。
では、そんな暇そうな彼女の為に、少し話し相手になってやるとしよう。
ん?何よ?
ああ、またあんた達か。
あ、ちょうど良かった!今回もちょっと話に付き合いなさいよ。
今アタシすっごく暇だし、頭痛と眠気と戦う以外にやることがないのよ。
じゃあ早速、うーん、何がいいかな……あ、そうだ!
まずは自慢から。
実はアタシ、今朝王子様からお花を貰ったの!
それも愛情がたっぷりと込められた特別な花を。
ね?凄いでしょ?
え?天然ジゴロのシャケ(てか、なんでシャケ?)から貰ったプレゼントなんて嬉しくないだろうって?
シバくわよ?
いいじゃない!
他人が何と言おうと、アタシにとっては最高の宝物なの!
この世で最も価値があるものなの!
もう!……まあ、いいわ。
ああ、それにしてもあのお花、本当に嬉しかったなぁ。
だって、あれは王子様がアタシのこともちゃんと気に掛けてくれてた証拠だから。
てっきり『取引』が終わったら、アタシなんてもう用済みだと思ってたのに。
でも……ふふ、やっぱり王子様は優しい人だった。
あ!もしかして、マリーとアタシを会わせてくれたのも王子様で、全てはアタシを救う為!?
なんてね、そんな訳ないか。
だけど、実際どうだったとしても、アタシは王子様には感謝しかないわ。
だって今この瞬間、こうやって穏やかで幸せな時間を過ごせているのだから。
それにあの騒動から一か月、色々あったけど結構楽しかったし。
思い返せば、あっという間だったわねぇ。
まず、騒動の直後に逮捕された。
次に牢屋で、王子様が取引とか言いながらダークサイドに堕ちてたアタシの目を覚ましてくれた。
やっぱり愛の力よね!……なんて言ってみたり。
その後、入れ替わりでやってきたマリーとセシルと初めてちゃんと話をして……。
そこでアタシは思ってること全部セシルにぶつけたら、お返しに腹パンされたんだったわね……。
アレは効いたわぁ。
全くセシルの奴、まさか淑やかな公爵令嬢の皮を被った化け物だったなんて……。
でも、アタシは自然なセシルの方が好き……コホン、何でもない。
その後はマリーに脅迫されてから花嫁修業を始めて……。
あれはマジで大変だったわー……。
早朝から深夜までびっしり予定が詰まったカリキュラムに、講師という名の意地の悪いご婦人方にいびられ続ける日々。
ああ、あの過酷な日々はもう二度と経験したくない。
で、そんな毎日に疲れて、ある日こっそりサボってたら、突然連れ去られて何故か水責めにされたの。
マジで死ぬかと思ったわよ。
因みにあれ、後から聞いたら疑似的に溺死を体験出来るやり方なんだって。
いや、陸で溺死とかマジで笑えないんだけど。
それにしてもあれ、本当になんだったのかしら?
まあ、いいか。
良くない気もするけど、追求したらあのおっかないメイドが口封じに来そうだから、やめよう。
で、その日を境に何故かちょくちょくマリーに呼び出されるようになって。
気が付いたら仲良くなってて。
更にリゼットっていう友達も増えて……。
一緒にお茶しながらセシルを捕獲したり、作戦本部に詰めたり、フィリップと戦ったり、飲みにいったり……。
はっきり言ってめちゃくちゃだったし、凄く大変だったけど……凄く楽しかった。
久しぶりに信頼できる仲間と一緒にいられて、幸せだった。
それは本当にいい経験で、本当に良い思い出で……全部、アタシの大切な宝物。
だから、アタシは本当に王子様には感謝してて……そして、大好きなの。
愛してるの。
アタシを日の当たる場所に連れ戻してくれた、あの人を。
あのまま憎悪に支配されながら、ゆっくりと壊れていく運命からアタシを救ってくれた、あの人を。
もし、王子様が助けてくれずにあのままだったら、と思うと本当に恐ろしい。
だから、感謝、感謝。
今のアタシは感謝でいっぱい。
マリーにリゼットにセシルに……あのおっかないメイド。
そして、なんといっても王子様。
ダークサイドに堕ちたアタシを光の当たるところへ連れ戻してくれた仲間達。
どれだけ感謝してもしきれない。
だから、アタシは決めたの。
これから先、マリーの女官になって王子様と、将来王子様の物になるこの国に尽くすって。
だから、アタシこれから頑張るの!
どんなに大変なことがあってもみんなと頑張るの!
……て、アタシ何いってるのかしらね。
ああ、恥ずかしい……うう。
あれ、アタシなんでこんなこと語ってるんだっけ?
まあ、時間も潰せたし、いいか。
それにしても……はぁ、こんな話をすると王子様に会いたくなっちゃうな。
ああ、王子様が外で暮らすようになる前に、最後にもう一度会いたかったなぁ。
お花のお礼も言いたいし……。
あと、本当はその場で「アタシも愛してます!」とか叫んでキスとかしたいところだけど……。
それは我慢我慢。
アタシはセシルと違って空気が読める女。
王子様に迷惑をかけるようなことは絶対にダメだって分かってる。
それに、そんなことしたら命が危ないし……。
だから、この間マリーが言ったように、時が来るまでは心の中で密かに想うだけにするの。
アタシはそれだけで満足だから。
それだけで幸せだから。
ただ……一目あの綺麗な顔を見たいな。
とかアタシが考えていると、突然横から声がしてそれを邪魔した。
「やあ、アネット。ひと月ぶりだな」
あん?何よ?アタシが折角いい気分で王子様のこと考えてたのに!
ぬっ殺すわよ?
そう思いながらアタシは、そっちへ視線を向けるとそこには……。
「ん?……え?ええ!?お、王子様!何でここに!?」
大好きな人が居た!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます