第134話「寄り道」

「さっきのって、やっぱり……いや、しかし……でもでも、だって……ぬうう……うああああああああああ!」


 赤騎士が部屋を去った直後、私は混乱、いや錯乱していた。


 奴が唇に残した、この感触の所為で。


 多分、何があったか、ということ自体は理解出来ていると思うのだが……。


 しかし、信じられないのだ。


 赤騎士がまさか……あのような『暴挙』に出るとは。


 鎧の中身は多分、良家の娘だろうし……本当にキ……いや、『あんなこと』を強引にするのだろうか?


 それに、一見ぶっ飛んでいるように見えて、実は結構生真面目なアレの性格からして、本当にそれを求めるなら卑怯なことはしないと思う。


 多分、アイツならきちんと兜を取って正体を明かした上で、それを求めて来そうな気がするのだ。


 となると……やはり、あれは事故だったのでは?


 あの鎧は優秀だが、ドジっ子属性も多分にあるし、可能性は高いと思うのだ。


 ということは……恐らくあの脳筋ドジっ子鎧はこれで最後だからと、私にドッキリでも仕掛けようとしたのだろう。


 女性に慣れていない私に抱きついて、キョドらせる、とかの。


 だが、ドジなアイツは直前で転びそうになってバランスを崩し、運悪く私と『接触』してしまったと。


 そんな気がするなぁ。


 そういえば、若干足音がおかしかった気もするし……。


 やはり、あれは事故だったのだろうか。


 うん!きっとそうに違いない!


 というか、そうでないと困る!私の気持ち的に!


 全く、赤騎士め、最後の最後まで迷惑な奴だ……。


 こんなもの、残して行くなよな……。


 ………………。


 …………。


 ……。


「ふぅ、少し疲れたな。気分を変えようか」


 色々あり過ぎて疲れてしまった私は、気分転換に外の空気を吸いたくなり、部屋を出たのだった。


 自室を出た私は取り敢えず珈琲でもと、食堂を目指すことにした。


 そして、見慣れた装飾過剰な廊下を少し歩いたところで、見知った顔を見つけた。


 窓辺に佇む彼女はまだこちらに気づいていない。


 誰かを待っているのだろうか。


 それにしても、約ひと月ぶりに見る彼女は何だか、あの頃よりも顔つきが良くなり、ポジティブなオーラを出すようになった気がする。


 まるで『普通の美少女』のように見える。


 やはり、私から離れたからかな。


 と、自虐的に思った後、私はふと思った。


 折角だし声を掛けてみようか、と。


 恐らく顔を合わせるのもこれで最後になるだろうし、ここで会ったのも何かの縁だ。


 そう決めた私は微笑を浮かべ、窓辺に佇む彼女に近づき、声を掛けた。


「やあ、アネット。ひと月ぶりだな」

 

「ん?……え?ええ!?お、王子様!何でここに!?」


 考え事でもしていたのか、窓辺に佇んでいた普通の美少女風ビッチ改め、アネットが慌てた様子で言葉を返してきた。


「ああ、色々あって気分転換に少し歩きたくなったのだ」


「そ、そうなの?」


「ああ、そうなのだ……」


 と、声を掛けてしまったのだが、いざ向き合うと何を話していいかわからない。


 正直、何か気まずい……。


「あ、あの!王子様……」


 そこでアネットが急に、何か意を決したように言った。


「ん?」


 どうした?


「あの、その……お、お花……ありがと」


 そして、彼女は今まで私が見たことのない、自然な笑顔でそう言った。


「ああ、いやいや、あれはほんの気持ちだ」


 そう言葉を返しつつ、私は思った。


 アネットは悪女モードより、自然体の方が魅力的だな、と。


「そう、気持ち……うふふ」


 ん?今度は何だか嬉しそうだ。


 それに笑った?


「?」


 何だ?何か変なことでも言ったか?


 それとも、花に笑えるような要素があったのか?


 むう……女性のことはよくわからん。


 まあいい、話題を変えよう。


「ところでアネット、こんなところで何をしているのだ?」


「え?ああ、人を待ってるの」


「そうか」


 ああ、そうか。


 アネットは花嫁修業中だったな、多分講師のご婦人とかだろう。


「うん……ねえ!ちょうど暇だったからお話しましょうよ!」


「ああ、いいよ」


 気分転換にちょうどいいし。


「ふふ、やった!」


 私がそういうと、アネットは喜んだ。


「それで、花嫁修業の方はどうだ?内容がハード過ぎると、かなり文句を言っていたようだが……」


「え?あ、あー……えーと……無くなった」


 私がそう聞くとアネットは気まずそうな顔で、予想外の答えを返してきた。


「は?」


 無くなった?


 おい、どういうことだ。


「実はアタシ、訳あってコモナ行きの話が無くなったの。それで、その代わりにマリー様付きの女官になることになったの!」


 え?そうなの?聞いてないのだけど?


 何で話を纏めた私がハブられてるの?


 ……でも、まあいいか。


 私が困る訳ではないし、それにむしろ……。


「ほう、マリーの女官か……大出世?だな。嫁入りより良かったんじゃないか?」


「うん!」


 私が聞くと彼女は笑顔で即答した。


 ……可愛いな。


 コホン。


 まあ、今の話には驚いたが、正直なところ私の気持ちとしては彼女を他国へ送るより、マリーの為に働いてくれた方が嬉しい。


 私とアネットはなんだかんだ言って、それなりに一緒にいた仲な訳だし。


「では今も仕事の一環で待機中なのか?」


「うん、そうなの。マリー様の予定が長引いてるみたいで、待ちぼうけなの」


 アネットはやれやれ、と肩をすくめた。


「そうか、まあ頑張れ、応援してる……ただ」


「ただ?」


「君は私と同じでセシルに相当な恨みを買っている筈だから、今後は色々と気をつけろよ?身の危険を感じたら直ぐにマリーに助けを求めるんだぞ?」


 そう、これが心配なのだ。


 女の恨みは恐ろしいから。


 まあ、何故か私は許されたようだが。


 すまん、アネット。


「え?ああ、セシル……様ね、心配してくれてありがとう、王子様。でもアタシは大丈夫だから……とっくに命の危機(腹パン)を迎えたから」


 するとアネットは、斜め下を見ながら微妙な顔でそう言った。


「えーと、何かあったのか?」


「ううん、何でもない!兎に角、アタシこれからは女官として頑張ることにしたの!今までいっぱい他人に迷惑を掛けたから、その分一生懸命働くの!」


「そうか、それは良いことだ」


 ふむ、アネットはやはり根はいい奴だったのだな。


 実は何となく前からそう感じていた。


 悪女モードの頃も、セシルその他の高位貴族の令嬢以外にはキツく当たったり、悪意を向けるようなことは無かったからな。


 それに若いメイドや弱小貴族の子女には優しかった気がするし……。


 だから意外とアネットはビッチの割に、同性にも人気があったらしいんだよな。


 あれ?なんかアネットって、普通に優しくていい奴じゃないか?


 それに下町出身にも関わらず、(あまり褒められたものではないが)自分の力で王妃に手が届きそうなところまで行ったのだ。


 何というか……下克上?アメリカンドリーム?ノンキャリアの星?的な?


 まあ、兎に角、アネットがより良い方向に向かった訳だし、良かった良かった。


 実はドヤ顔で取引しておいてあれだが、アネットを他国に送るのは、本当は少し気が咎めていたんだよ。


 これで心穏やかにここを出ていける。


 そして、


「アネット、頑張れよ」


 と、私は再びそう言って彼女の頭にポンと手を置き、優しく撫でた。


「ふぇ!?お、王子様!?」


「ああ、すまない、つい癖で……」


 あ、しまった。


 ナチュラルにセクハラしてしまった。


 私はそう思って慌ててそれをやめようとしたが。


「あ……やめないで?もっと……んっ……」


 アネットに続けるように言われてしまった。


 おい、何かエロいぞ。


「あ、ああ、わかった……」


 私がキョドリながら暫くそれを続けた後。


「嬉しい、最高に幸せ………………ああ、ダメ!アタシ、もう我慢出来ない!」


 そこでアネットは何か決心したのか急にそういうと、目を潤ませてこちらを見た。


「あのね、王子様。実はアタシ……ずっとずっと前から貴方のことがす……」


 と、アネットが何か言い掛けた瞬間。


 ボゴォ!


 突然何かが飛んできて、アネットの頭部を直撃した。


「ぐえっ!」


 可哀想に、何かの直撃を受けたアネットは、乙女にあるまじき声を上げながらうずくまった。


「大丈夫か!?」


「うう……いったーい、たんこぶ出来たかも」


 慌てて私が声を掛けると、アネットは涙目でそう答えた。


「ん?靴?これは一体?」


 そこで私は彼女の横に落ちているハイヒールに気付いた。


「もう、何てことすんのよ……あの小悪魔!」


 そして、ここでアネットが復活した。


 元気そうだし、まあいいか。


「ところでアネット、君はマリー付きの女官になったのだよな?私の可愛いマリーの様子はどうだ?」


 ここで私は話題を変え、マリーの様子について尋ねた。


 そう、実は心配だったのだ。


 純粋で繊細な世界一可愛い義妹のマリーが、私の婚約破棄騒動の所為で精神的ショックを受けていないかと。


「え?ああ、マリー……様?もう絶好調よ!今日もブラックさ全開で元気に暗躍して……ぶへっ!」


 アネットがマリーの様子を話し始めた瞬間、再びどこからともなくハイヒールが飛んできて、彼女の頭に直撃した。


「ううー……いったー……もう!だから、さっきから何すんのよ!……はいはい、そういうことね、わかったわよ……ごめんなさい王子様、小悪魔がお怒りだからもう行かないと」


 そして、アネットは誰かにキレながらも、何かを悟ったようだ。


「そうか、わかった……小悪魔?」


 よく分からないが、女官は大変そうだ。


「じゃあね、王子様!」


 アネットがそう言って歩き出したところで、私は彼女の背中に向けて言った。


「ああ、そうだアネット」


「ん?なーに?王子様ー」


 私の言葉を聞いたアネットが振り返った。


「マリーに会ったら、(家族として、世界一可愛い義妹として)『愛してる』と伝えてくれ」


 ガタガタ!ドスン!


 ん?今どこからか音がしたような。


 まあ、いいか。


「え?王子様って、もしかしてシスコン?」


「まあ、そうかもな」


 だってマリーは小動物みたいで可愛いし。


「まあ、別にいいけど……取り敢えず了解したわ、王子様」


「ありがとう、アネット。あと……」


 ここで私は最後なので、ちょっと茶目っ気を出すことにした。


「ん?何?」


「今更だが、私にもちゃんとマクシミリアンという名があるのだから、次に会った時は名前で呼んでくれ」


 もう会うことはなかろうが。


「ふぇ!?あ、アタシなんかが王子様を名前で!?で、でも、こんなチャンス………………よし!」


 するとアネットはそこで一呼吸置き、


「リアン様!ご機嫌よう!」


 と、彼女らしくニィっと明るく笑いながら言った。


 私は不覚にも、そんなアネットのことを、凄く可愛いと思ってしまったのだった。




 アネットがシャケから離れ、廊下の角を曲がったところで……。


 そこには鬼の形相のマリーが、裸足で仁王立ちしていた。


「うわ!ヤバっ!」


 アネットは身の危険を感じ、咄嗟に逃げ出そうとするが、それよりも早くマリーが肩に手を掛けて囁いた。


「アネット、貴方ねぇ……女官の分際で、しかも主人である私の目の前でリアンお義兄様に色目を使うなんて、良い度胸ですわね」


「ひぃっ!ご、ごめんなさい……」


「罰として今夜はそのエロい身体を(枕として)堪能することに致しましょうか」


「!?」

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