第131話「ご褒美」
何故だかレオニーがとても名残惜しそうな顔で部屋を去って行った直後。
コンコンコンというノックの音が響き、私がそれに反応してドアの方を見ると聞き慣れた声がして、
「リアン様、愛の戦士こと薔薇騎士、お呼びにより参上致しました!」
「ああ、来たか……入……え?」
聞き慣れない名を告げながら、赤い鎧が勝手に入って来た。
………………は?
薔薇?
愛の戦士?
おかしいな、オス○ルもセー○ー戦士も呼んだ覚えはないのだが……。
あ、いや、薔薇をコンクリートに突き刺すのは特殊警棒を装備したタキシードに仮面を付けた変態だったか?
まあ、今はそんなことはどうでもいいか。
そんな感じで私が考え込んでいると、赤い鎧が強い薔薇の香りを漂わせながら近づいて来た。
「えへへ〜、リアン様〜昨日ぶりですね!寂しかったです!」
おい、今回はこの脳筋に一体何があったのだ?
あ、もしかして何かの拍子に薔薇が頭にでも刺さったか?
いや、ひょっとして薔薇を食べたとか?
……ま、まあ、いい。
取り敢えず、
「帰れ」
私はジト目で脳筋鎧に冷たく言い放った。
「もう!酷いです!リアン様が私を呼んだのに!」
それを聞いた赤騎士はすぐさま抗議してきたが、私は無視してそのまま話を続ける。
「何を言っているのだ?私は『薔薇騎士』なんていう奴は知らないぞ」
「うー、もう!わかってる癖にー!意地悪しないで下さいよ!リアン様ー!」
そう言いうと赤騎士はプンプンと可愛く?怒りを表現しながら、私に詰め寄った。
これきっと普通の美少女なら許せるのだろうけど……鎧では萌えないなぁ。
と言うか……だったら普通に名乗って入ってこいよ。
だが仕方ない、これ以上虐めるとコイツは多分いじけてしまうからな。
「おい、赤騎士」
「だから、私は今日から薔薇騎士に……」
「赤騎士」
「ぶー、わかりましたよー。はいはい、私は赤騎士でーす」
そこでようやく、不承不承ながらアホな鎧が事実を認めた。
「ふう、全く……」
無駄な時間を使わせやがって……折角最近は見直して、今日も褒美といい話を持ってきてやったのに。
さて、気を取り直していこうか。
「では今日お前を呼んだ理由だが、一つはこの間私が言った褒美の件だ。考えて来たか?」
「はい、一生懸命考えました!」
私がそう聞く、赤騎士は自信を持ってそう答えた。
「そうか、それならいい。だが、その前に別の話があるのだ」
「え?別のお話ですか?」
私の言葉が意外だったのか、赤騎士はキョトンとしている。
「ああ、実はこのひと月のお前の働きを見て考えたのだが……」
「はい」
「赤騎士、もし良ければ……私と共に来ないか?」
そのセリフを聞いた瞬間、赤騎士は驚愕して目を見開いた……ような気がした。
見えないけど。
「ふぇ!?リ、リアン様と一緒に!?まさか……プロポー……」
「プロポーズではないからな」
彼女持ちのお前にプロポーズなんかするか。
と言うか、そんなことをしたらセシルに刺されてしまうだろうが!
「むぅ……紛らわしいですよぉー……心臓が止まるかと思いました……」
大袈裟な。
「それで、今後私が平民として市井で暮らすに当たって護衛が欲しいのだが、どうだろうか?」
で、改めて私は同じことを聞いた。
「そ、それは……リアン様と一緒に暮らせるということでしょうか?」
すると赤騎士はそんなことを確認してきた。
「ん?まあ、当然そうなるだろうな、護衛だし」
「む、むむむ……」
ん?何か鎧がメッチャ葛藤してる気がする。
だったら、
「勿論、報酬は望む額を用意しよう」
と、押してみる。
「あのリアン様……何故私なのか、を伺っても?」
「理由か、そうだな……先程も言ったが、お前のこのひと月の働きを評価したからだ。一部の奇行を除けば、剣の腕やセシルを動かしてくれたお前の献身は素晴らしい。それでは不足か?」
因みに、本当はレオニーにもオファーを出したかったのだが、所属とギャラの問題があるので泣く泣く断念した。
簡単に暗部を抜けることは出来ないだろうし、超一流のスパイのギャラを長期間払い続けることは出来ないからなぁ。
「いいえ、身に余る光栄です!……えへへ、リアン様にこんなに褒めて頂いたのって久しぶり……」
鎧が何かクネクネしているが、無視だ無視。
「そうか、あとそれに……お前といるとなんだか楽しいのだ」
勿論、ストレスも多いがな。
だが、それ以上に楽しい……気がする。
あと、不思議と一緒に居たい気がするのだ……何となく。
「それで……どうだろうか?このオファーを受けてくれるか?」
私の問いに、赤騎士はしばし真面目な雰囲気で逡巡した後。
「……申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます」
「……そうか」
何となくこの答えは分かっていたが、少し……本当に少しだけ、寂しいな。
「参考までに理由を聞いても?」
「はい、まず誤解のないように申し上げますと、お誘い頂いたこと自体は大変嬉しいのです。しかし……」
「うん」
「私は『赤騎士』として殿下のお側にいるのはこのひと月だけと、初めから決めておりましたので……」
「なるほど、それで?」
「はい、私は……私が本来いる場所へ、そして本来あるべき身分へ戻らなければなりません。ですから……このまま『赤騎士』として殿下と共に行くことは出来ないのです」
「……そうか、残念だ」
「殿下、本当に申し訳ありません」
赤騎士は深々と頭を下げた。
「いや、気にするな。だが……それではお前と会うのも、これで最後か」
「はい……」
私がそういうと、赤騎士は悲しげに答えた。
「本当に残念だ。そして、今日までよく私に尽くしてくれた。礼を言うぞ」
「そんな!私がリアン様に尽くすのは当然ですから!」
「そうか、ありがとうな、赤騎士」
そういえばずっと疑問だったのだが、赤騎士は何故ここまで私の為に献身してくれるのだろうか。
「いえ、こちらこそ……本当に有意義な時間を過ごさせて頂きました。ありがとうございます……あの、リアン様」
「ん?」
「このひと月、私、本当に楽しかったです。今までの立場では経験することが出来なかったことを、リアン様や多くの仲間達と沢山出来ましたから。それらは私にとって一生の宝物です」
「ああ」
「あと、今まで私は……ひと月前のあの日までの私は、何も分かっていませんでした。リアン様に拒絶されたあの日、私は本当に辛くて、苦しくて、悲しくて……胸が張り裂けそうでした。ですが、お陰で気付くことができたのです」
「うん」
「一番近くで貴方のことを見ていた筈なのに、実は全く何も見えていなかったのだと……本当に、私はバカでした。だからこのひと月、貴方の側で共に同じ時間を過ごせたことで、今まで知らなかった貴方の色々な部分を沢山知ることが出来て本当に良かった」
「……」
「改めて貴方という人を知ることが出来て私……凄く嬉しかった。それと同時に、今まで私がちゃんと貴方と向き合えていなかったことを恥ずかしく思って、凄く凄く、反省しました」
「……」
「それと同時に貴方の今まで知らなかったことを沢山知ったら私、もっと好きになっちゃいました。だから……これからも一緒に……もっともっと幸せな時間を過ごしたいと思いました。ですが、一旦今日でお別れです」
「……そうか」
うむ……赤騎士も色々と葛藤があったのだな。
一応、女性だものな……もう少し優しくしてやるべきだったか……と、それにしても。
なんと、今の話から察するに赤騎士の正体は………………イケメン皇太子である私のファンだったのか!
全く、セシルという恋人がいる癖に、ミーハーな奴め。
で、追っかけの集大成としてありとあらゆるコネ(恐らくセシル)を使って護衛になり、今日まで私の側で過ごしたと。
しかし、いい加減本来の生活に戻らないとヤバいからお別れです、とそういうことか。
つまり赤騎士は、恐らく何処かの貴族もしくわ王家の娘で、もう本来の身分に戻らないと流石にマズいという訳だな。
などと、私が鎧の中身について鋭く考察していると、不意に赤騎士が話しかけてきた。
「リアン様……それで……ご褒美のお話なのですが……」
「え?ああ、そうだったな。何がいい?金でも爵位でも仕官でも、そして結婚相手でも、何なりと言うがいい。私に出来ることなら何でもいいぞ」
まあ、没落貴族でないのなら、どれも不要だとは思うが……。
あ、もしかしてセシルとの結婚を許して欲しいとか!?
「本当に?」
「ああ、二言はない」
「ではリアン様、恐れながら……私がいいと言うまで目を……閉じていて頂けますか?」
「む?目を?まあ、いいが……」
私は困惑しつつ、言う通りにした。
何なのだ?
はっ!まさか!
「くくく、この瞬間を待っていたのです……私の可愛いセシル様を傷付けた報いです!地獄に落ちなさい!」
とか言われてバッドエンドか!?
それともセシルの代わりに一発殴らせろ!とかで、腹パンか!?
ちょっと待て!コイツの腹パンなんか食らったら死ぬって!
そんなことを考えていると、何やらゴソゴソと音がした後、赤騎士が近づいてくる気配がした。
ヤバい!
殺られる!?
そして、赤騎士が息遣いが分かるぐらいの距離まで近づいて来たのを感じた。
次の瞬間。
「リアン様……」
というセリフと共に、芳しい薔薇の香りが漂い、
「……んっ」
唇に柔らかく、温かい感触があった。
「っ!?」
そして、それはすぐに離れて行ったが、その感触は強烈に残ったままだった。
え?
私は今起こったことを上手く理解出来ず、困惑してしまった。
「リアン様、もういいですよ」
するとそんな声がして、私が戸惑いながら目を開けると、元の位置に赤騎士が立っていた。
「な、なあ……赤騎士、今のは……」
私は混乱しながら、辛うじてそう問うた。
だが、赤騎士は問いには答えず、
「リアン様、今日まで一ヶ月間お世話になりました。私がこの姿でお会いすることはもうありません……しかし、姿形は違えど必ずまたお会い出来ると信じております。ですから、どうかその時は……私を可愛がって下さいませ。ではご機嫌よう」
一方的にそう言った後、優雅に一礼し、退出して行った。
私はそれを、ただ唖然と見送ることしかできなかった。
そして、ドアが閉まる音で我に帰った私は……。
「え?は?い、今の感触って……ま、ままま、まさか!?まさか!?え?ええええええええええ!?」
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