第129話「スパイ レオニー=レオンハート②」

 まさか私が『愛』というものに目覚めるとは、正直自分でも驚きました。


 何故ならそれは、マクシミリアン殿下に出会う前の私は感情を持たないただの『道具』だったからです。


 え?その辺りを詳しく知りたい……のですか?


 はい……畏まりました。


 あまり楽しい話ではありませんが、それでも宜しければお聞きくださいませ。




 さて、どこからお話致しましょうか……。


 では、私の生い立ちから。


 まず、私は自分の両親の顔を知りません。


 孤児だったのか、売られたのか、はたまた拐われたのか、その辺りは分かりません。


 分かるのは物心つく前から自分がここにいた、という事実だけなのです。


 しかし、私はそもそも自分の出自を知りたいと思ったことはありませんし、それについて特に何も感じていませんでした。


 何故なら、知らないものは悲しみようがないからです。


 そして、そんなことを考える余裕も無いような生活だったからです。


 それに出自がどうであれ、今ここにいる私という存在が変わる訳ではありませんし。


 ただ、最近は自分の境遇に少し感謝をしているのです。


 なんと言っても、そのお陰であのお方と出会えたのですから。


 逆に平民の一般家庭や、そこそこの貴族の家では殿下と関わることは無かったでしょう。


 ですから、私は今まで何も思わなかった自分の生い立ちについて、最近神に感謝するようになりました。


 閑話休題。


 さて、話を戻しますが、物心がついた頃には、私は既に暗部の養成機関で訓練を受けさせられていました。


 機密につき、詳しくはお話できませんが、過酷で凄惨な命の危機を感じるような内容の訓練でした。


 ですが、私は別にそれを何とも思っていませんでした。


 それはその状態が当たり前で、私にとって普通だったからです。


 その後、幸か不幸か才能があった私はそこで生き残り、そのまま一流の道具に育て上げられました。


 それについても私は、特に何も思いませんでしたが。


 そして、道具として完成した私は教えられた通りに潜入、暗殺、情報収集、誘拐、脅迫、拷問、護衛等々の任務をただひたすらに、そして完璧にこなしていくだけの毎日でした。


 ただひたすら、それらの繰り返し。


 ただ、それだけの毎日。


 当時の私にとっては任務、そして暗部こそが自分の全てでした。


 私はそのまま順調に一流の道具として暗部で働き続け、そして気が付けばなんと、暗部一の実力を持つようになっていました。


 まあ、例の如くこれもどうでもいいことでしたが。


 それは繰り返しになりますが、あくまで私はランスという国の『道具』でしたから。


 それからしばらく時間が立った後、困ったことが起こりました。


 それは一般人ならば歓迎すべきことなのでしょうが、隠密としてはある意味致命的な問題でした。


 その内容はというと、私の身体が急激に成長して人目を惹き過ぎるようになってしまったことです。


 仲間に指摘されるまで私は気にしたことがなかったのですが、成長した私は身長、顔の造形、大きな胸部、そして目の覚めるような金髪等、変装では隠しきれないものになっていました。


 お陰で潜入、尾行などの隠密行動が難しくなり、諜報の第一線を退くことになりました。


 通常ならむしろ成長した身体を使い、色仕掛け等で情報を引き出すことも出来るようになり、活躍の場が広がる筈なのですが……。


 私はそれが出来ないのです。


 実は訓練生時代から唯一それだけが落第点、というか致命的にダメでした。


 対象を上手くベッドに誘うところまでは出来るのですが、いよいよ身体に触れられそうになると、身体が勝手に相手を殺ってしまうのです。


 全く、不思議なもので、これは最後まで治りませんでした。


 まあ、結果的にはそのお陰で清いままでいられましたから、良いのかもしれませんが。


 おっと、話題が逸れてしまいました、申し訳ございません。


 それで、当時の私は用済みになった自分はどうなるのだろうか?と、ぼんやり考えていたのですが、今度は何故か宮殿担当の部署に配属され、そこで護衛、防諜等の任務が与えられました。


 あと、何故かそれに加えて管理職になりました。


 意外だったのは、私には高い事務処理能力や調整力、統率力等の管理職に必要な適性があったらしく、仕事が上手くいったことです。


 そして、私は暗部の幹部としてマリー様と共に働くようになり、表向きの身分は王宮のマリー様付きメイドということになりました。


 余談ですが、その時から私は王女の皮を被った小悪魔に便利使いされ続け、人生で初めてストレスを溜めました。


 閑話休題。


 そして、その少し後、私は運命の出会いを果たします。


 と言っても皆様にはもう相手が誰かお分かりだと思いますが。


 その時、配置換えとなった私は初めて第一王子にして皇太子のマクシミリアン殿下と出会いました。


 と言っても、あの方の初めの印象は『凡庸』でした。


 かつて神童と呼ばれ民の為に努力を惜しまなかったが、事故で記憶を無くして変わってしまった王子とは、どのような人物かと思えば、全く大したことはありませんでした。


 少なくとも当時の私の目にはそう映りました。


 どこにでもいる良家のボンボン、臆病でワガママな、他人に騙されやすい子供。


 そんな感じでした。


 そして、その予感は当たりこの後、ロクでもない取り巻き達とピンク髪のビッチに唆され、なんと公衆の面前でスービーズ公爵令嬢のセシル様との婚約破棄を独断で宣言してしまったのです。


 ですが、それ以外は時折ワガママを言ったり、私に嫌らしい視線を向けてくるぐらいで、特別何かをしたり、されたりすることはありませんでした。


 そこで私はマクシミリアン様のことを、ワガママは言いますが悪人という訳ではないのだ、と感じました。


 更に言えば、他人を権力や暴力で傷つけたり、如何しいことを強制したりすることもなかった為、根は優しいのだな、と思ったりもしました。


 勿論、結論から言えばほとんどが演技で、愚かな私は見事に騙されていた訳ですが。


 しかし、やはりお優しいという本質は隠せなかったのだと思うと、少し温かい気持ちになります。


 閑話休題。


 その後、全てが演技だと気付かされたのは、婚約破棄騒動の直後のことでした。


 その時私は、一方的に婚約破棄という暴挙に出た殿下が国王陛下のお部屋に来る前に、警備の人員の配置などの確認をしていました。


 すると、真っ青な顔のセシル様がフラフラとこちらに歩いてこられましたので、私は事情を聞いた後、小悪魔がいるのと反対側のカーテンに彼女を隠しました。


 そして、私も配置に着きました。


 驚いたのは、その後です。


 私は警護の為に部屋の中に潜みながら、話を聞いていました。


 すると、何と殿下が急に本心を語り出し、そして壮大な計画を提案されたのです。


 しかも内容も素晴らしく、陛下や宰相閣下から国民まで、ランスに生きる皆に利益があるような計画でした。


 ただし、彼自身を除いて。


 なんと殿下自身は何の利益も無いどころか、皆の憎しみを一手に引き受けるというのです。


 正直、私には理解が出来ませんでした。


 それと同時に、何故この方はそんなことが出来るのかと、興味が湧きました。


 そして、その数日後。


 私のあの方への想いが決定的に変わる出来事が起きたのです。


 そう、私達暗部の人間を飲みに行かせて下さった、あの出来事です。

 

 あれは本当に嬉しかった。


 あ、誤解の無いように先に申し上げておきますが、決して他人の金でタダ酒が飲めたことが嬉しかった訳ではありません。


 あの場にいた暗部員全員が心を打たれたのは、高貴な身分であるマクシミリアン殿下が、普段から蔑まれるのが当たり前の、使い捨ての道具である自分達のことを気遣ってくれた、という事実に対してなのです。


 少し説明しますと、我々暗部、いわゆる間諜の類は、基本的にどこでも扱いが酷いのです。


 蔑まれ、侮られるのが当たり前で、給金は安く、しかも簡単に切り捨てられる。


 どんなに努力しても、どんなに成果をあげても、何も変わらない。


 それが私達、いや歴代の暗部の扱いでした。


 しかし、当代のシャルル陛下や宰相のスービーズ公は暗部の重要性に理解があり、多少は待遇の改善を図ってくれました。


 ですが、それも中々上手くいきませんでした。


 何故なら、諸侯の大反対があったからです。


 単純な話なのですが、彼らからしたら暗部が強化されるということは、自分たちを監視する力が強まるということ。


 不利益しかありません。


 ですから、反対するのは当然なのです。


 そんなこんなで、私達は不当に低い地位のままでした。


 だから……マクシミリアン様のお気持ちが、本当に嬉しかったのです。


 私達を人間扱いしてくれた、優しいお気持ちが。


 そして、殿下の優しいお心に触れた私は、そこで初めて人間らしい感情を持ちました。


 その時、私は心から思いました。


 この方の元で、この方の為に働きたい、役に立ちたいと。




 因みにこれは余談ですが、あの時の宴会の席で私は嬉しくなってしまい、マクシミリアン殿下への熱い想いと忠誠心が溢れ出し、皆の前で彼を褒め称え過ぎて大いに恥をかきました。


 しかし、後悔はありません。


 ええ……恥ずかしくなどないのです!……多分。

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