第122話「帰還と報告と噂⑥」

「仕方のないことだ……あの方は今回、王たるに相応しいその器の大きさを、我々に示してしまったのだから……」


 宰相、スービーズ公エクトルは静かにそう呟いた。


「……自由になる為に上げた成果で、逆に自由が無くなってしまうとは……全く、皮肉な話だ……」


 それに対して、国王と父親という二つの立場にあるシャルルは、複雑な思いでそう答え、目を伏せた。


「ああ……本当に殿下には申し訳ないことだ……」


 続いてエクトルも、苦しい胸中を吐露した。


 そして、おっさん二人はリアンに対する申し訳なさから、肩を落とした。


「「……」」


 暫しの沈黙の後、おもむろにエクトルが口を開いた。


「……と、それはそうと、驚いたのはマクシミリアン殿下がフィリップ様との面会を希望されたことだな」


「うむ、全く予想外のことだった。マクシミリアンはフィリップと一体何を話す気なのだろうか?」


 と、二人はリアンに対する自責の念を取り敢えず横に置き、話題を変えることにしたのだった。


「……うーん、見当も付かないな」


「そもそも、アレにはフィリップのしでかしたことは、伏せておく筈だったが……一体どこで聞いたのやら……」


 そこで、シャルルが純粋な疑問を口にした。


「確かに……マリー様と暗部、それにセシルとも話がついているし……」


 エクトルがそれに同意する。


「独自の情報源を持っているか……暗部にコネがあるのか?……うーむ」


 と、優秀な筈のおっさん二人は頭を捻るが、サッパリだった。


 まさかリアンがメイドの噂話でフィリップのことを知ったとは、夢にも思うまい。


「まあ、困る話ではないから、これも一旦置いておこうか」


「ああ、そうだな」


 取り敢えず、おっさん二人はそのことも諦めて、話を進めることにした。


 そして、宰相エクトルがしかつめらしい顔で話し出した。


「では念の為、改めて今後の流れを確認しよう。まずマクシミアン殿下は廃嫡せず、数年後に再び皇太子に戻す。そして、将来的に国王の座に据える」


「ああ」


 ヒゲが頷いた。


「ただし、その代わりとして、今から数年間のモラトリアムを設け、自由に過ごして頂くことにする」


 そう、この数年のモラトリアムは彼らの最大の譲歩であり、親心なのだ。


「その間は名目上、フィリップ様を皇太子としておく。表向き彼には経験を積む為ということで、北アユメリカ大陸のケイベック植民地の総督として赴任して貰い、そして……」


 と、フィリップの行く末を話そうとしたエクトルをシャルルが遮り、


「その先は言うな……アレも……私の息子なのだ……」


 苦しそうに呟いた。


「すまん……で、マクシミリアン殿下には期間中、僻地で静かに暮らして頂く訳だが……拠点は『ルラック』がいいと思うが?」


「ああ、なるほど。実質的に見捨てられたあの土地は、隠れ住むにはちょうどいいだろう、確か今は無人だったな?」


 ルラックという名を聞いて、シャルルは記憶を探り、そう答えた。


「そうだ。あの土地は約二十年前の地震が原因で、中央にあった湖が干上がって以来、誰も住んでいないからな。それにルラックはマリー様のご実家であるブルゴーニュ公爵領の隣で、尚且つそこを経由しなければ辿り着けないから、警備がしやすい」


「うむ、あそこなら万が一の場合、援軍を出しやすいな」


「ああ、そうだ、全く、気の毒なのは、フィリップ殿下を使ったランス弱体化計画が失敗したことで、マクシミリアン殿下が直接ルビオンに狙われる可能性が出てきてしまったことだな」


「ああ全く、厄介なことだ……しかし、マリーもセシルも……そしてあの凄腕のメイドの……えーと、そうだレオニーだ、彼女も押しかけて行くだろうから問題ない、というか敵が可哀想なぐらいだがな……」


「ああ、そうだな……」


 と、シャルルとエクトルはそう言って苦笑した。


「話がそれてしまったが兎に角、殿下には数年間のモラトリアムをルラックで自由に過ごして頂く訳だが……」


 と、そこでエクトルが話の流れを修正する。


「自由か……アレには悪いが、これで妥協してもらうしかないな。これも王族の運命だ。幸か不幸か、あれこそは王の器なのだ……で、その後は……」


「その後は、次期国王として国の為に尽くしてもらう、とそれでいいな?」


 エクトルがセリフを引き継ぎ、シャルルに確認する。


「ああ……それでいい」


 と、彼がそれに同意したあと、エクトルが少し険しい顔になり話し出す。


「一応確認だが、モラトリアム終了時に万が一、マクシミリアン殿下がどうしても王座につかない、と言われた時は……」


「その時は、出来れば避けたいが……マリーかセシルを女王にするしかあるまい」


 シャルルは深刻な顔でそう答えた。


 と、ここで『何故、マリーとセシルが女王になれるのか?』という皆様の疑問にお答えしよう。


 実はブルゴーニュ公爵家とスービーズ家は、それぞれ初代国王マクシミリアン一世の子供が継いだ家なのだ。


 つまり、マリーとセシルは初代国王の直系の子孫ということになる。


 そして、万が一王家が絶えてしまった場合、いずれかの家の人間が王位を継ぐことになっている、とそういうことなのだ。


 閑話休題。


「そして、アレをそのどちらかと強引に結婚させる、と」


「ああ……だが……」


「だがそうなると……アレを巡って内戦の可能性がある上に、その後もマリー様の場合は国民同士の密告を奨励するような監視社会に、セシルの場合は軍事独裁国家になってしまいそうな気がする……」


「ああ、同感だ。そして、どちらが女王になった場合でも、国内で少しでもアレの悪口を言った瞬間に、間違いなく死刑だろう……」


 そして、おっさん二人は身体を震わせ呟いた。


「「恐ろしい……」」


 と、そこから再び暫しの沈黙の後。


「彼女達の話に関連してだが、ルラックでの暮らしは……平穏無事とはいかないだろうなぁ」


 シャルルが苦笑しながらいった。


「ああ、間違いない。あれだけの猛獣達に囲まれていてはな……まさに、まな板の上のシャケだ、あっという間に食べられてしまうだろう……我々のように……」


 一方、エクトルは自らの過去を振り返りつつ、リアンを哀れみながらそう答えた。


「……まあ、将来の妃を見つけると言う意味では良いが、未婚の状態で子供は困るがな」


「ちょっとしたスキャンダルだからな、出来ればデキ婚は避けて頂きたいが……」


 と、二人は猛獣達を止めることを既に諦め、事後の対応を考え始めた。


「まあ、そのあたりは彼女達にはいい含めておくとして……」


「聞くとは思えないが……と、諸々の話を考えると、マクシミリアン殿下が本当の意味で自由になれるのは、城下での数ヶ月だけだな」


「ああ、我々があの猛獣達から守ってやれるのは、最初の数ヶ月が限界だからな」


 と、おっさん二人は言った後。


「はぁ……それにしても、ランスの女性はつくづく恐ろしいな」


「全くな……マクシミリアン程ではないが、我々の時も同じような状態だったからな……」


 そこで、しみじみと二人は呟いた。


「ああ、思い出すと、今でも身体が震えてくるよ……」


 そして、自らの過去を思い出し、ガタガタと震えだしたのだった。


 因みに、何故か昔から、それも初代国王の時代から、ランスの王族を取り巻く女性達はとても逞しいのだ。


 そして、だからこそおっさん達はリアンの気持ちがわかるので、少しでも助けてやりたいという親心があるのだ。


「やはり、初代様達にあやかって子供達に名前をつけたのが不味かったのだろうか?」


「うん、そんな気がしてしまうな……」


「まあ、アレには『強く生きろ』としか言えないが……」


「だな……殿下、どうかご無事で」


 そして、おっさん二人はそう言って、リアンの無事を祈ったのだった。

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