第119話「帰還と報告と噂③」

「ただし……数年後だ」


 私が浮かれていると、いきなり無慈悲で理不尽な一言が飛んできた。


「…………………………は?」


 そして、私はその言葉を理解出来ず、そのままフリーズした。


「お前にはすまないが……」


 と、父上が申し訳なさそうに付け足すが、そんなことは正直どうでもいい。


 は?今、なんて?


 数年後?数年後だと!?


 どこの利◯川だよ!


 ふざけやがって!


 私がこのひと月、どんな気持ちで働いてきたと思ってやがる!


 温厚な私だって、たまにはキレるぞ!


 このヒゲ野郎!ぶっ殺してやる!


 ……と、叫びたいところなのだが。


 そもそもの原因(婚約破棄や放蕩生活等)を作ったのは自分自身なのだから、そうもいかない。


 だが!それでも!それでも!


 やりきれない思いがあるのだ!


 とはいえ、正直私が甘かったのは間違いないが……。


 思い返せば、廃嫡の約束をしたあの時の私はパニック寸前で、ただその場を切り抜けることに必死だった。


 だから、細かいことまで頭が回らなかったのだ。


 その結果、報酬の『廃嫡』は、ただの口約束な上、私が勝手にひと月後だと思い込み、明確な期限を設定しなかった……。


 しかも、報酬に関する契約書もなければ、ボイスレコーダーもない。


 お手上げだ。


 まあ、仮にそんなものがあったところで、強引に力でねじ伏せられて終わりだろうが……。


 ああ……やはりこれは、全て自分に落ち度があるな……。


 はぁ……終わった。


 お終いだ。


 私はこのまま飼い殺しだ。


 私の人生……社畜決定。


 さらば、スローライフ。


 さらば、自由。


 ああ、生まれ変わったら『大自然を泳ぎ回るシャケ』のように、自由に生きたいものだ……。


 と、私が心中で絶望し、虚な目をしていると……。


「まあ、そう怖い顔をするな、息子よ。私は何も、約束を反故にすると言っている訳ではないのだぞ?」


 不意に、父上がそう言った。


「このヒゲ野郎!ぶっ殺して……え?」


 え?どういうことだ?


 父上は約束を破る気はないだと!?


「あの、それは一体どういう……」


 と、私が聞き返したところで、


「殿下、それはこのヒゲ野郎の代わりに、私がご説明致します」


 今まで黙っていた宰相閣下が口を開いた。


「おいエクトル、ヒゲ野郎って……」


 と、父上が不満そうな顔でモゴモゴなんか言ってるが、宰相は気にせず話し始めた。


「まずはじめに、誤解をしないで頂きたいのは、このひと月の間、私達は殿下の要望を叶える為に、最大限の努力を重ねてきたということです」


「え?」


 え?そうなの!?


「しかし……」


「しかし?」


 ふむ、一体どんなトラブルが?


「殿下もお分かりのことと思いますが、大国である我がランスの皇太子を廃嫡するのに、ひと月という時間はあまりにも短いのです」


 そして、宰相は申し訳なさそうに言った。


「あ、なるほど、確かに……」


 私はそこで、宰相の説明に納得した。


 ああ!なるほど!謎は全て解けた!


 つまり、私は『ひと月で廃嫡』という時間的に困難な要求をしてしまっていたのだ。


 しかし、父上達は私の望みを叶える為に、最大限の努力をしてくれていた、ということか!


 父上、宰相、誤解してメンゴ!


 と、私が心の中で謝罪していると、宰相はしかつめらしい顔で話を続けた。


「更に、具体的に言えば国内外への根回しが必要なのです」


「根回し?ああ……」


 まあ、普通根回しが必要だよなぁ。


 政治だものなぁ。


「対外的には国際情勢を見ながら発表のタイミングを考える必要がありますし、国内に関しては各方面への調整が必要になります」


「ごもっとも、です」


 全く、その通りだな。


 私が浅はかだった。


「更に、それに加えて……」


「え?まだ他にも理由があると?」


 え?まだあるの?


「はい、こちらは完全に予想外だったのですが……恐れながら……」


 普段はクールな彼が、珍しく言いにくそうな顔をしている。


「今回の『断捨離作戦』の結果、余計に今のタイミングで殿下の廃嫡を発表できなくなりました……」


「へ?何か今回の作戦に瑕疵があったのかな?」


 え?マジ?


 さっき成果を褒めてくれたよね!?


 全く、訳が分からないよ。


「いいえ!とんでもない!勿論、作戦の成果としてはこれ以上ないぐらいに素晴らしいものですよ!」


 私がそういうと、宰相が慌てて補足した。


「殿下のご活躍のお陰で、悪徳貴族達を一掃し、それらの領地や財貨を没収した上、更にルビオンとの繋がりまで炙り出すことができました」


「ま、まあな」


 ふむふむ、そうだろうそうだろう……ん?ルビオン?


 なんのこっちゃ?


 まあ、いっか。


「それで?」


 では、何が問題なのだ?


「しかしその反面、没収した膨大な領地を王家の直轄地に編入したり、大量の財貨の国庫への編入作業をしたり、捕らえた貴族達の処遇を決めたり、更に今回の粛正を見た他の貴族達が動揺していたりと、一時的ではありますが、国内が非常に不安定な状態になっているのです……」


「!?」


 な、何!?馬鹿な!?


「もし、こんなタイミングで殿下の廃嫡を発表したりしたら……」


 と、ここで宰相が深刻そうな顔で言い、


「他国や、国内の反乱分子に隙を見せることになりますね……なるほど、事情はわかりました。確かに今、このタイミングで私を廃嫡するのは難しいですね」


 そして、私が言葉を継いだ。


 ああ、なるほど……そういうことかー。


 まさかのやり過ぎかー……。


 これは……参ったな。


 私が内心、頭を抱えていると、


「ご理解頂きありがとうございます、殿下。では今の話を踏まえて、我々からご提案があるのですが……」


 そこで宰相が、微笑を浮かべてそう言ったのだった。

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