第116話「朝チュン おまけ」

 レオニーが幸せ過ぎて気絶してしまったのと同じ頃。


 トゥリアーノン宮殿の職員用の通用口付近にて。


 昨日リアンに貰った薔薇のお陰で、テンションMAXのセシロクマが出仕したところ。


 彼女が通用口を抜け、いつものように大好きなリアンの部屋に向かおうとしたその時、


「おはようございます、セシ……コホン、失礼致しました。赤騎士様。今日も凛々しいお姿が素敵でございます」


 と、彼女の姿を見つけた顔馴染みのメイドが、笑顔で挨拶してきた。


「おはようございます、いつもご苦労様です」


 と、セシロクマも朗らかに挨拶を返したところで、


「あ!それに加えて今日は、薔薇の良い香りが致しますね!」


 彼女から漂う強い薔薇の香りに気づいたメイドがそう言った。


「あら、分かります?うふふ」


 言われたセシロクマは、嬉しそうに聞き返した。


「はい、それはもう!通常の香水とはまた違った、まるで本物の薔薇の花のような、芳しい香りが致しますよ」


「ふふ、そうですかー、えへへ、これぞリアン様の愛の香りなのですよ」


「は、はあ、左様で……」


 調子に乗ったセシロクマは、訳の分からないことをいいだし、メイドを困惑させた。


 因みにこれは、昨日のリアン直々のプレゼントが嬉し過ぎて、濃厚な薔薇風呂に浸かり過ぎてしまったことが原因だ。


 その所為で、濃厚な薔薇の香りが全身に染み付いてしまった、という訳である。


 つまり、セシロクマは現在、歩く芳香剤(薔薇の香り)と化しているのだ。


「あ!そうです!」


 と、そこでこの脳筋は、また何かロクでもないことを思いついた。


「今日から名前を変えましょう!」


「え!?」


 セシロクマの唐突な発言に、メイドが更に困惑した。


 だが、そんな彼女のことなど全く気にせず、セシロクマは薄い胸を張り、宣言した。


「名付けて…… 愛の戦士『薔薇騎士』です!」


「ファッ!?」


 まあ、そうは言っても『赤騎士』改め、『薔薇騎士』が存在するのは、今日で最後なのだが。




 因みに更に同じ頃。


 同宮殿のフィリップにあてがわれた部屋……または軟禁場所にて。


 私室が破壊されて使用不能な為、フィリップは臨時にあてがわれた簡素な部屋に、軟禁されていた。


 そして、彼はその部屋の真ん中にある椅子で、力無く項垂れていた。


 そんな時、不意にノックの音がして、


「フィリップ殿下、失礼致します」


 と、慇懃な言葉と共に、一人のメイドが入って来た。


「……」


 だが彼はマリー達に心身共にボコボコにされ、既に返事をする気力も残っていなかった。


 その為、フィリップは彼女を一瞥するも特に何も言わず、また興味も無さそうに目を逸らした。


 しかし、その若いメイドはそれに構わず言葉を続けた。


「フィリップ殿下にお届け物がございます」


「私に……届け物?」


 そこで初めて彼が口を開いた。


「はい、左様でございます」


 彼女がそう答えると同時に、入り口からゾロゾロとメイド軍団が、巨大な花束を重そうに持って入ってきた。


 そして、あっという間にフィリップの周りは、美しい花という名の悪意『黒百合(呪い、復讐)、黄色いカーネーション(軽蔑)、オレンジ色の百合(憎悪)、アザミ(報復)、鳳仙花(拒絶)、ロベリア(悪意)、スノードロップ(あなたの死を望みます)等』で埋め尽くされた。


「!?」


 大量の花を見た彼は、その異様な光景に一瞬言葉を失った、が。


「ん?これは……まさか!?」


 直後、それらの花に込められた意味が理解出来た、いや出来てしまった彼は、顔面を真っ青にして呟いた。


「こちらは『ランスに生きる全ての女性から』でございます」


 先程の若いメイドは、そんなフィリップの姿を全く気にせず、ただ一方的にそう告げた。


「!?」


 そして、彼女は今日ヒロイン達に花を届けた時と同じように微笑むと、


「では、失礼致します」


 そう言ってから慇懃に一礼し、メイド軍団と共に去って行った。


「あ、あぁ……」

 

 フィリップは、目の前に残された悪意の塊のような花々を見て、ただただ絶望したのだった。

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