第114話「朝チュン②」
「良かったわね、マリー。ちゃんと大好きなお兄ちゃんに愛されていて……」
そっと部屋を出たアネットは、寂しげな表情でそう呟いた。
「アタシなんて、やっぱり王子様には何とも思われてないのね……わかってはいたけど……はぁ、結構辛いわね……」
ジワリと目に涙を滲ませた彼女は、そのまま力無く廊下を歩き出したところで……。
「アネット様!」
急に背後から声がして、呼び止められた。
「グス……え?……何?」
アネットが振り返ると、そこには先程の若いメイドがいた。
「ああ、まだいらっしゃって良かった!実はアネット様にもお伝えすることがありまして」
「スン……悪いけど後に……」
だが、テンションだだ下がりのアネットは、今は兎に角一人になって泣きたい気分だったので、それを断ろうとした、が。
「マクシミリアン様より、お花を預かっております」
次の瞬間、メイドの口から信じられない言葉が出た。
「して欲しい……は?え?今なん……て?」
アネットは彼女の言葉を理解出来ず、聞き返した。
それを見たメイドは微笑み、改めて言った。
「マクシミリアン殿下より、お花をお預かりしております」
「ほえ?王子様から?」
と、アネットが惚けていると、そこでこれまたいいタイミングで、別のメイドが両手いっぱいのアネモネの花束を持ってきた。
「こちらです。どうぞ」
「え?ええ!?……おわ!」
アネットはズッシリとした感触と共に花束を渡され、戸惑ってしまった。
「では、私達はこれで失礼致します」
そして、要件が済むとメイド達は『次』がある為、早々に退散していった。
一人その場に残されたアネットは、抱えた花束を呆然と見つめながら呟いた。
「え、まさか……王子様はちゃんとアタシのことも覚えててくれたってこと?……あ、そういえば……」
と、そこで彼女はアネモネの花言葉を思い出した。
「アネモネの花言葉って確か……君を愛す?だっかしら………………え?えええええ!?」
それを思い出した瞬間、アネットは驚きのあまり思わず絶叫し、そして込み上げてくる嬉しさと共に花束に顔を埋めた。
「ってことは?……はう!ううううう……」
続いて彼女の心の中では、様々な思いが溢れて出し、一瞬でオーバーフローした。
「そっか、そっかそっかー……王子様……ちゃんとアタシのことも愛してくれてるんだ……」
そしてアネットは、幸せそうな顔で呟いた後、そのまま感極まり、
「うぅ、うわーん!」
アネモネの花を抱きしめたまま、歓喜の涙を流したのだった。
アネットが人生最大の幸せに、号泣していたのと同じ頃。
トゥリアーノン宮殿の暗部の事務室にて。
「失礼致します、リゼットさんはいらっしゃいますか?」
入り口の方から、唐突にリゼットを呼ぶ声がした。
「ふぇ?はぁーい、私ですがぁ?」
朝から机で事務処理をしていた彼女はそれに気付き、眠そうな顔で返事をした。
因みにリゼットも、二日酔いと睡眠不足で酷い顔である。
「普通のメイドさんがぁ、私なんかにぃ、なんの用ですかねぇ」
そして、フラフラと入り口の方へ彼女が歩いて行くと、そこにはマリ・アネの時と同じ、若いメイドが二人待っていた。
「リゼットさんですね?マクシミリアン殿下より、お預かりしたものをお届けに上がりました」
「ふぇ?」
突然、そんなことを言われたリゼットは訳が分からず、頭に『?』を浮かべた。
だが、メイドはそれに構わず、
「どうぞ、こちらです」
と言ってハンディサイズの花束を渡した。
「あぁ、どうもですぅ……むぅ?花束ぁ?」
リゼットが手渡された花束に困惑していると、
「では『次』がありますので、私達はこれで失礼致します」
そう言ってメイド達はペコリと頭を下げ、そのまま去って行った。
「えーとぉ、これはぁ……ローズマリーでしたかねぇ?」
後に残されたリゼットは、もう一度手元の花を見ると、そう呟いた。
「はてぇ、何故殿下は私などにわざわざ花を……ふむぅ……えーとぉ、ローズマリーの花言葉は確か……ふぁ!?」
と、そこで花言葉を思い出した彼女はある考えに至り、盛大に慌て出した。
「ローズマリーの花言葉は記憶ぅ!つまりぃ、殿下はあの時(暗殺未遂の時)の私の失敗を忘れていないぞ!とぉ、そう言いたいのではぁ!?」
そして、リゼットは頭を抱えて絶望したのだった。
「ああぁ!ヤバいのですぅ……まさかぁ、あのお優しいマクシミリアン殿下が根に持つタイプだったとはぁ……わ、私はどうすればぁ……」
因みにこれは余談だが、このローズマリーの花は、大量の花をデリバリーに来た花屋のお姉さんが、おまけで付けてくれたものだ。
そして、リアンは単純にリゼットも頑張ってくれたから労ってやろう、といういらぬ気遣いで、彼女にも花を贈ることにしただけだったりする。
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