第111話「祝勝会⑦」

「ほう、そんなにお望みでしたら、好きなだけムチ打って差し上げますが?」


 三人の背後から、この世の全てが凍りつきそうな、恐ろしい声が聞こえた。


「「「………………え?」」」


 恐る恐るマ・リ・アが振り返ると、そこにはメイド服姿のレオニーが、能面のような顔をして立っていた。


「まさか、皆様が痛いのがお好きとは……それならそうと、もっと早く言って下さればよかったのに」


「「「ひぃ!?」」」


 そう言われた三人は、あまりの恐怖に悲鳴すら上げられない。


「明日からそれを踏まえた対応を致しますね」


 そして、レオニーはそんな三人に対して、笑顔でそう告げた。


 まさに、よくいうところの、笑顔は威嚇の表情、というやつだ。


「ち、違うのよ!」


「そ、そうなのですぅ」


「落ち着きなさい、レオニー!」


 不意をつかれたマ・リ・アは、まともな言い訳すら思い付かず、そんなことしか言えなかった。


「全く、マリー様付きのメイドに泣きつかれ、忙しい中迎えに来てみれば……」


 その様子を見たレオニーは、呆れたように言った。


「くっ、こうなったら……レオニー、まあ、座りなさい」


 そこでマリーは何を思ったか、レオニーに椅子を勧めた。


「「!?」」


「は?いえ、私はマリー様をお連れしに来たのですが……」


 これにはレオニーもアネ・リゼも戸惑ってしまう。


「硬いこと言わないの。貴方には迷惑掛けて悪かったと思ってますし、それに普段から頑張ってくれているから、それを労いたいのですよ」


 マリーは急に真面目な顔になって言った。


「マリー様……」


 そんな彼女の言葉にレオニーは、若干感動した。


「だから、一杯だけ付き合いなさいな。そしたら絶対帰りますから、ね?」


 そして、最後にマリーは上目遣いでレオニーに言った。


 実にあざとく。


「全く、仕方ありません。一杯だけですよ?それに、今は一応仕事中なので、アルコールはなしで……」


 これには流石のレオニーも抗えず、マリーの提案を承諾してしまった。


「わかっていますよ、では少しお待ちなさい……てんちょーさーん!ちょっとお願いが……」


 と、そこでマリーはカウンターの店長を呼ぶと、コソコソと何か話し始めた。


「おう、何だい?……わかった!………………へい、お待ち!」


「ありがとうございまーす☆」


 そして、ライムバック氏からドリンクを受け取ったマリーは、レオニーの方へ向き直った。


「さあ、この私の労いの気持ちが篭った、マリーちゃん特製のオレンジジュースを下賜してあげますから、遠慮なくお飲みなさい。グイッと!さあ!」


 マリーは半ば強引にオレンジジュース?をレオニーに勧めた。


「はあ……では、頂きます」


 そして、彼女はそれに従い、グイッとそれを飲んだ瞬間……。


「……うぅ!?マ、マリー……様、まさ……か!?」


 目を見開き、驚きの表情と共にマリーを見た。


 するとマリーは、さっきまでの部下を慈しむような表情を一変させ、ニヤリと嫌らしく口元を歪ませた。


「ふん、貴方は働き過ぎなのです。少しそこで、お休みなさいな」


「なっ!?は、謀りました……ね?マリー……様、く、くぅ……」


 と、彼女は悔しそうな表情を浮かべたものの、そこで力尽き、バタン!と、カウンターに倒れ込んだ。


「「え!?」」


 その様子を見守っていたアネ・リゼは何が起こったか分からず、ただただ驚愕した。


「クックック、よく見ておきなさい!主に逆らった者の運命を!」


 そんな彼女達にマリーは、邪悪な笑みを浮かべながら告げた。


「え!ね、ねえマリー、これどゆこと!?」


「ふぇ?なんてことをぉ!」


 と、そこでやっと我に返った二人は、慌て出した。


「安心なさい、お酒を飲ませただけだから」


 マリーはそこで悪党の親玉みたいな顔をやめて、苦笑しながら言った。


「「え?」」


「レオニーって『エロかっこいい大人の女』というイメージの割に、実はお酒に凄く弱いのですよ」


 そして、種明かし。


「ええ!そうなの!?」


「ああぁ!確かにぃ、レオニー様がお酒を飲まれてるところをぉ、見たことがないのですぅ」


 二人もああ!なるー!という感じで納得した。


「だから優しい私は、働き過ぎのレオニーに休んで貰おうと、特製のスペシャルマリーちゃんオレンジジュースを飲ませたのですよ」


 と、今度は悪戯っぽく言った。


「え?因みにそれ、中身は?」


 アネットがそう聞くと、


「はい、特濃オレンジジュースとウォッカのハーフアンドハーフです!またの名をパイルドライバー?といいます!」


 凄くいい笑顔でマリーが答えた。


「うわぁ、えげつなーい……って、それスクリュードライバーでしょ?そんな間違え方したら、この女に脳天かち割られるわよ?」


「え?脳天?……よくわかりませんが、兎に角、レオニーはお酒を舐めただけでもダメなぐらいですから、これで朝までグッスリです!」


 マリーは最後に、ドヤ顔でそうキメた。


「「……(後が怖いなぁ)」」


 逆に他の二人はそんなことを思ったのだが。


「さあ、宴はまだまだこれからですよ!今日は朝帰りです!」


「「!?」」


 そしてマリーはとんでもないことを宣言し、


「あ、ライムバックさーん、おかわりをお願いします!」


 更にお酒のおかわりを所望した。


「おう、どんなのがいい?」


 一連の流れを楽しそうに眺めていた彼は、マリーの言葉にノリ良く答えた。


「うーん、ガツン!とくるヤツがいいです!」


「了解、ちょっと待ってな!とっておきを出してやるよ」


 彼はそういうと、とっておきの酒を取りに、店の奥へと入って行ったのだった。


「わーい!」


 それにマリーは無邪気に喜び、少し待ったあと、店長からおかわりの酒をミニサイズの瓶ごと受け取り、再び飲み始めたのだった。




 その後、テンションが上がったマリーが、


「ねえ、アネット、もし将来お義兄様のものになれたら、どうしたいですか?」


 急にそんなことをアネットに問うた。


「え?…ええ!?そ、そんな急に……」


 当然、アネットは戸惑った。


「折角この私が貴方の真っ暗な未来を明るい光で照らしてあげたのですよー?で、どうしたいの?」


 マリーは少し酔ってきたのか、恩着せがましくそう言いながら、彼女に詰め寄った。


「え、えーと、もし今の王子様と親しくなれたら……アタシは……」


 そして、アネットは勢いに押され、恥ずかしそうに話し出した。


「ドキドキ」


「ワクワクゥ」


 と、それを期待した目で見る二人。


「アタシは……頭を撫でてもらったり、抱きしめてもらったり……して欲しい……かも」


 少し躊躇った後、アネットは顔を赤らめながら言った、が、


「はい、それで?」


「それでぇ?」


 二人が先を促す。


「うん、それで、また……あの時みたいに優しい言葉をかけてほしいな」


 と、アネットは、はにかみながら続けた。


「はい、で?」


「でぇ?」


 更に二人は先を促すが……。


「え?これで全部よ?」


 アネットはキョトンとして答えた。


「ハァー!?何でですか!?普通もっと何かあるでしょう!?」


「そうですよぅ!」


 何故か二人はキレた。


「え?でも、アタシはこれだけで満足だし、凄く幸せ……」


 アネットはそれに戸惑いながらそう答えたが……。


「何言ってるんですか!普通もっと何かあるでしょう!?たとえば、こう……キスとか、デートとか、その後に……(以下自主規制)……とか!」


「そうですよぅ」


「え?あ、アタシみたいな女はそんなのダメよ、だって王子様が汚れちゃう……」


 と、そこで彼女は自分の後ろめたい過去を思い出しながら俯いた。


「アネット!」


 が、そこでマリーが叫んだ。


「え?」


「だから貴方はダメなのです!一体いつまでそんな下らないことに縛られているのですか!」


 そして、続けてキレ気味に叫んだ。


「え?だって……」


 だが、アネットは変わらず暗い顔のままだ。


「だってもへったくれもありません!全く、そこが貴方の欠点なのです!今すぐ直しなさい!」


「直すっていわれても……」


 そして、そんな彼女の姿を見たマリーは、更にヒートアップした。


「そんなこと気にしてたら、そのままおばあちゃんになってしまいますよ!いいですか!貴方は、この私が、このランス王国の王女マリー=テレーズが認めた女なのですよ!?胸を張りなさい!いつまでも過去ばかりに囚われていないで、未来を見なさい!貴方は今、自分から輝く未来を台無しにしようとしているのですよ!?わかっているのですか!?」


 マリーはまるで、どこかの熱血テニスプレーヤーのように叫び続けている。


「マリー……」


「何も気にせず、前に進みなさい!いいですね!もし、この先の貴方の正しい行動に対して、不当な誹謗中傷をされたら言いなさい!このマリーちゃんがぶっ殺してあげますから!」


 と、マリーは鼻息荒く言った。


「いや、殺しちゃだめでしょ……」


「アネット!貴方、自分にもっと自信を持ちなさい!いいですね!」


 が、構わず彼女はアネットに念を押した。


「は、はい……」


「聞こえません!いいですね!」


「い、イエス!マム!」


「うむ、宜しい」


 そして、アネットにそう言わせたマリーは、満足げに笑ったのだった。

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