第110話「祝勝会⑥」

 都市伝説的な赤い何かとニアミスした三人は、微妙な雰囲気になりながらも、何とか無事に三軒目の『沈黙亭』に辿り着いていた。


「いやー、さっきのアレはないわー」


「ないですぅー」


「ありません……」


 SAN値が激減した三人は、メンタル的に疲労困憊だ。


 だが、そこは流石のアネット、気持ちを切り替えて、マリーに店の紹介を始めた。


「……ふう、じゃあ切り替えていくわよ!お待たせ、ここが三軒目の『沈黙亭』よ」


 『沈黙亭』はその名の通り、騒がしい飲み屋街ではなく、普通の飲食店や住宅が並ぶ静かなエリアにあった。


 店の外観は、普通の石造りの建物だが、何故か看板には漢字ででっかく『沈黙亭』と書かれていた。


 そして、今回はリゼットが先頭で、店のドアを開けた。


 店内には土壁や『撃沈』と書かれた掛け軸の他、竹などの観葉植物が置いてあるなど、彼女達三人にとっては異国情緒溢れるものとなっていた。


 まあ、ぶっちゃけ、和風と近代ヨーロッパ風が融合した、なんちゃって和モダンな感じである。


「こんばんはぁー、ああぁ!師匠ぉーご無沙汰ですぅ」


 リゼットが相変わらず眠そうな声で、キッチンにいた店長のライムバック氏に声を掛けた。


 すると、そのミステリアスでユーモアがありそうなマッチョは、彼女に気付き、嬉しそうに返事を返してきた。


「ん?おお!リゼット!久しぶりだな、元気だったか?」


「はいぃー、何とか生きてますぅ」


「はっはっは、そうか、それは良かった。あとはアネットに……ん?お友達か?いらっしゃい」


 ライムバック氏は、マリーの姿を認めると、そのおっかない見た目とは対照的な、人懐っこい笑みを浮かべて言った。


「こんばんは、お嬢ちゃん。ようこそ『沈黙亭』へ」


「こんばんは、マリーでーす☆宜しくお願いしまーす!」


 と、アルコールの所為で若干キャラが崩壊し始めたマリーが、キャピキャピしながら応えた。


「おう、宜しく。じゃあ、空いてるところに適当に座ってくれ」


「「「はーい」」」




 店長との対面を済ませた三人は、カウンターに並んで座り、メニューを物色し始めた。


「ではぁ、皆様何にされますかぁ?」


 珍しくリゼットから動き出した。


「えーと、アタシは……折角だからポン酒!冷で!」


 と、そこでアネットが聞きなれない酒の名を口にした。


「ポン酒?」


「ああ、そっか!マリーはここ初めてだから知らないもんね!ここの店長は昔、あい……何とかっていう武術の修行の為に、極東にあるジャポン?っていう国に居たんだって。そこのジャポン酒っていうお酒よ」


「ほう」


「はいぃ、米から作ったジャポンの酒ですぅ、死ぬ程マズいけど取り敢えず酔えま……ぐはぁ!」


 アネットが、ふざけたことを言いかけたリゼットをぶん殴った。


「どこのニコ○ス•ケイジよ!何言ってんの、この酔っ払い!アンタ、ポン酒大好きじゃないの!全国の酒蔵の皆さんに謝りなさい!」


「イタタァ……ちょっとした冗談ですよぉ」


 アネットに撃沈されたリゼットは、涙目で頭を押さえながらカウンターに突っ伏した。


「ったく、もう……で、牛女、アンタもポン酒でいいわよね?」


「はいぃ、私はぁ、熱燗でお願いしますぅ」


 そう聞かれた牛女は、意外と渋いチョイスをした。


「ほう、でしたら私もポン酒を。えーと、冷でお願いします」


「え?マリー大丈夫なの?さっきまでめっちゃ酔ってたけど……水にしたら?」


 そこでアネットはお姉さん属性を発揮し、マリーを心配するが……。


「大丈夫ですよ、あの頭のおかしい物体の所為で、酔いは完全に覚めましたから」


 マリーはげんなりしながら、そう言った。


「ああ、確かに……ん、りょーかい。でも、少しだけよ?」


「はーい」


「じゃあ、あとは料理か、流石にもう重いものはいいわね。じゃあ……この、『沈黙の刺身(シャケ)』で」


「ではぁ、私は『沈黙の握り(シャケ)』でぇ」


「では、私はその二つをシェアさせて頂いて……最後にシメで、この……『沈黙のシャケ茶漬け』を」


 と、三人はそれぞれ別の沈黙シリーズを選んだのだった。


「りょーかい、決まりね。てんちょー!」




「「「かんぱーい!」」」


 お猪口同士がぶつかり合う音をさせながら、本日四度目の乾杯がおこなわれ、三人は飽きずにおしゃべりを再開した。


「ねえリゼット、先程からずっと気になっていたのですが、貴方と店長のライムバックさんはお知り合いなのですか」


 で、マリーは早速気になっていたことをリゼットに聞いた。


「はいぃ、その通りなのですぅ。余り大きな声では言えないのですがぁ、ライムバックさんは他の二店舗の店長さんと同じで、テロ対策のスペシャリストですからぁ、特別講師として時々、暗部の教育にお招きしているのですぅ」


「ああ、アレですか!なるほど、まさか特別講師の皆さんが、普段酒場を営まれていたとは……」


「更にぃ、私の場合はぁ、それに加えてナイフの扱い方と、体術を個人的に教えて頂いているのですぅ。だからライムバックさんを師匠とお呼びしているのですぅ」


「ああ、そういうことだったのですね」


 それを聞いたマリーは納得した。




 それから他愛の話を二、三挟み、今度はアネットがマリーに話を振ってきた。

 

「ねーねー、マリー。ちょっと聞きたいんだけど」


「何ですか?」


「王子様のことなんだけど……」


「お義兄様ことを?」


「記憶を失う前のあの人って、どんな感じだったの?アタシ、ほとんどパーになってからの王子様しか知らないから……」


 と、アネットは少し寂しそうに言った。


「ああ、そういうことですか。元々のお義兄様は、美しい容姿と神童といわれる程の頭脳を持つ、才色兼備で完璧な存在だった、と言われていますが……」


「違うの?」


「えーと、大体は合っているのですが、お義兄様もやはり人間です。意外と臆病だったり、抜けていたり、悩んだりしていた部分もありましたよ?」


 と、そこでマリーが、アネットにとって意外な事実を告げた。


「へー、そうなんだぁ。凄く意外ー」


「そういう人間的な部分もあるからこそ、より魅力的なんですけどね!まあ、そのお陰で私の出番もある訳で……それに、その方が支え甲斐があるというものですし……だからアネット、貴方は明日から私と一緒に、お義兄様を陰ながらサポートするのです。いいですね?」


 最後にマリーはこれまでにない、真剣な眼差しでアネットに問うた。


「なるほど……うん、アタシ女官頑張る!」


 そこまで話を聞いたアネットは、リアンの為に新しい仕事を全力で頑張ることを決意したのだった。




 そして、そこから更に酒が進んだところで、彼女達の話題が変な方向に進み出した。


「そういえば今更だけど、フィリップの性癖って意外だったわよねー、マリーに『あんなこと』をしようとしたぐらいだから、てっきり『妹萌え』なのかと思ったら、まさかの『姉萌え』だったなんて……、アイツ、年上に甘えたかったのかしら?」


「ああ、なるほどぉ、確かにそうなのかもしれませんねぇ」


 それにリゼットが同意した。


 と、そこでマリーが何かを思い出した。


「あ、そうです!フィリップの性癖の話なのですが、実は続きがありまして……」


「「え?」」


「アレの隠し部屋を捜索したら、エロ本だけでなく、結構ヤバいものまで出てきまして……」


 と、マリーはちょっと言いにくそうな感じで話し始めた。


「マジで?」


「マジです。えーと………………ムチとか、蝋燭とか、ソレ系の衣装とか……」


 そして、衝撃の事実を告げた。


「「!?」」


「いやー、アレには驚きましたよ……」


「ヤッバいわね!アイツ、本物の変態だったんだ!」


「引きますぅ」


「全くです……あ!」


 女子三人が、再びフィリップをボロカスに言い始めたところで、マリーが再び何か思いつき、


「「?」」


「今の話題で思ったのですが、レオニーってそういう衣装とか似合いそうじゃないですか?」


 と、とんでもないことを言い出した。


「え?た、確かに……てか、これ以上ないぐらいに似合いそうね、女王様ルック」


「ピッタリですぅ!完璧ですぅ!」


 そして、二人も同意してしまう。


「くく、ボンテージ衣装のレオニーを想像したら……似合い過ぎて笑えてきました」


「本当、あのメイドにピッタリの衣装よね!あはは!」


「それにぃ、他人を虐めるのとかぁ、とっても好きそうですしぃ」


 と、そこで調子に乗ったマリーが、レオニーの口調を真似て言った。


「女王様とお呼び!」


「「くくく……ブアーハッハッハー!!!」」


 そして、みんなで爆笑した。


 と、その時。


「ほう、そんなにお望みでしたら、ムチ打って差し上げますが?」


 三人の背後から、全てが凍りつきそうな恐ろしい声が聞こえた。


「「「アーッハッハ!………………え?」」」







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