第109話「祝勝会⑤」
『コマン・ドゥー』を後にした三人は、早速二軒目の『ラ・ムボー』に来ていた。
通りから少し奥まったところにあるこの店は、先程の『コマン・ドゥー』とは違い、静かで落ち着いた雰囲気のこじんまりした店だ。
「到着ー、ここが二軒目の『ラ・ムボー』よ」
そう言うとアネットは、年季の入った木製の扉を開けた。
それと同時にカランカラン、とベルがなり、店内に来客を知らせた。
「こんばんはー、てんちょー久しぶりー」
扉を潜りながらアネットが、カウンターにいる店主に、親しげに声を掛けた。
すると、カウンターの中でコップを磨いていた、静かで影のあるタンクトップ姿のマッチョが、渋く低い声で応えた。
「……ん?おう、アネットとリゼット、それに……友人か?」
「うん、そう。親友のマリーよ!」
「……そうか」
「初めまして、マリーといいます」
「……ああ、宜しく」
不器用で無愛想な店主に挨拶を済ませ、三人は三つしかないテーブル席の一つに陣取った。
「じゃあまず、二人とも何飲む?アタシはラム酒の水割りー」
「ではぁ、私はウイスキーの水割りでぇ」
「私はブランデーのストレート、ダブルで」
「「え?」」
「何か?」
「「別に……」」
と、三人続けて女子らしさのかけらもないドリンクをチョイスした。
「はっはっは、相変わらず凄いな、お嬢さん達。じゃあ酒を用意してくるから、料理を決めておけよ?」
「「「はーい」」」
「珍しいわね」
「何がです?」
「あの無愛想な店主が初対面の人間の前で笑ったことよ!」
「はあ、そうなのですか?」
「はいぃ、驚きですぅ」
だが、マリーはよくわからないので、驚く二人を尻目に、メニューに目を落としたのだった。
「そんなことより、早く料理を頼みましょう!」
と、言ってマリーはページをめくり始めたところで、怪訝な顔になる。
「えーと、どれどれ……『不屈の生卵』?」
「ああ、それ?ただの生卵よ?店長がボクシングしてた時の思い出なんだってー」
横からアネットが補足した。
「そ、そうですか……次は…… 『ラ・ムボー3 怒りの炙り牛タン』?牛さんが何か悪さでも?」
「その牛タン美味しいわよ?因みにそれは、どっかで捕まった元上官を助けた時の記念らしいわ、あと3は三人前からって意味だって」
「記念?三人前?」
マリーが更に怪訝な顔になったところで、今度はリゼットが話し始めた。
「……あとはぁ、『炎のアヒージョ』とかぁ、ああぁ!『エビドリアーン』とか美味しいですよぉ?」
「何なのですか、その『エビドリアーン』って……」
「え?普通のエビドリアよ?普通に美味しいの。確か店長が何かの試合に勝った時に叫んだらしいわ」
「?……ま、まあいいです、私はこの……『最後のシャケフライ』を……最後?」
「じゃあ決まりね!てんちょー!」
酒と料理が揃ったところで、
「「「かんぱーい!」」」
本日三度目の乾杯を済ませた三人はおしゃべりを再開した。
「いやー、それにしてもアタシなんかが王女マリー=テレーズ様の女官とはねー」
アネットがまだ信じられないという様子で、しみじみと呟いた。
「そうですよ?王女殿下の女官なのですから、しっかり働いて下さいね?」
「はいはい、わかってるって……あ、そういえば女官って、何すればいいの?」
今更彼女は大事なことを思い出し、雇い主に説明を求めた。
「ええっと、そうですね……取り敢えず、最初は私の身の回りの世話とか、事務作業などを手伝って貰うことになります」
と、そこでアネットがあることに気付き、
「ほうほう……あ!てことは、もう地獄のような花嫁修業は終わりってことよね!?」
嬉しそうに言った……だが。
「いいえ」
マリーは無常な即答。
「え?」
「アネット、貴方には私の女官として相応しい資質を養って頂かないと困ります。なので、多少カリキュラムは弄りますが、教育はこのまま続行です」
そして、無慈悲な補足。
「ノーーーーー!」
アネットは頭を抱え、机に突っ伏した。
「諦めなさい」
「はぁ……もう、わかったわよ。それもお仕事だもんね……やるわ」
「頑張って下さいね!」
と、笑顔のマリーが彼女を激励したところで……。
「ところでマリー……」
「はい?」
「報酬の話だけど……アレ本当なの?」
報酬の話になった。
「ええ、本当ですよ」
「でも、あのセシルや化け物メイドがアタシを許すとは思えないんだけどなぁ」
と、アネットは正直な感想を漏らした。
しかし、マリーは自信たっぷりの顔で答えて見せる。
「私が何とかしますから大丈夫ですよ。ちゃんとプランも考えてありますし、ご安心を」
「へー、どんな内容なの?」
問われたマリーはドヤ顔で、
「はい、その名も『這い寄れ!マリーちゃん作戦』です!」
SAN値が下がりそうな作戦名を出してきた。
「すっごく不安な作戦名なんだけど……内容は?」
「はい、ザックリ言うと、王宮を出たお義兄様にみんなで這い寄ります……数年掛かりで」
「は?」
「で、具体的には……」
………………。
…………。
……。
「と、まあそんな感じです」
マリーはアネットに作戦の大筋を説明し終えた。
「確かに行けそう……例えるなら、敵の要塞に向かって徐々に塹壕を掘り進めるような感じね」
内容を聞いたアネットは、取り敢えず納得し、微妙にわかりづらい例えをしながら同意した。
「わかりづらい例えですね……まあ、兎に角、お義兄様にゆっくり、そして確実に近づいて行く、と理解しておけば大丈夫です」
「まあ、何でもいいわ、アタシはマリーにどこまでもついて行くだけだから」
「ええ、それでいいのです」
さりげなく忠誠心を見せるアネットに、マリーは満足そうに頷いた。
それから、他愛もない世間話に話題が移り、少し経った頃。
「それにしても今日は本当に大変でしたが、こうやって貴方達といいお酒が飲めたので、今夜は良く眠れそうです」
ふと、マリーが柔らかい笑みを浮かべながら呟いた。
「確かに、よく眠れそうな量ね……」
そんな彼女とは対照的に、アネットは顔を引きつらせ、マリーの前に転がっている何本ものブランデーのボトルを見ながらそう言った。
が、マリーは気にせず、上機嫌で話を続ける。
「アネットも私の女官になってくれましたしー、あとはこの良い気分のまま、お義兄様シーツにくるまるだけですね!」
「え?なにそれ?」
謎の単語にアネットがツッコミを入れた。
「何って、リアンお義兄様使用済みのお宝シーツですが何か?」
「何でそんなもん持ってんの?」
「え?えーと、お義兄様(の部屋から勝手)に頂いたのです……あ、貸しませんよ?」
「要らないわよ……だってアタシ、いっぱい王子様からプレゼント貰ったし」
マリーの自慢するようなセリフに、アネットは無意識の対抗心から言い返したが……。
「ふん、いくら高級品でも、お義兄様の心がこもっていなければ、ただのガラクタです!無価値です!」
マリーは容赦なく反撃した。
「ぐっ……」
怯むアネット。
「おやおや、傷ついちゃいましたかー?」
そして、挑発的な笑みを浮かべながら、更なる追い討ち。
「むー……」
言い返すことが出来ないアネットは、若干不貞腐れ始めてしまう。
と、そこでマリーは、まるでそれを待っていたかのように言った。
「仕方ありませんねー、だったら今夜は特別にー、私と一緒にリアンお義兄様シーツにくるまって寝ましょうかー」
「……は?」
予想外に斜め上の言葉に、アネットはフリーズした。
「では決まりなのですー、今夜はアネットと一緒にー、お義兄様の優しさに包まって寝るのですー」
「ちょ!?何言ってんの?」
アネットはそこで焦りだしたが、
「うるさーい!貴方はもう私の女官なのですー!反論は許しませーん」
マリーはなんだか子供のように(実際子供だが)駄々をこね始めてしまった。
「は?ちょっと、マリー!?貴方さっきからおかしいわよ!?」
そこでやっとアネットはマリーの様子がおかしいことに気付いた。
「大丈夫ですよー、フフ」
そして、改めて見れば、マリーの足元にも多数の空き瓶が転がっており、しかも度数の高い酒ばかりだった。
「うわー、流石にこれはマズいかも……ねえ、リゼット……リゼット!」
アネットは取り敢えず、相棒のリゼットを呼ぶが……。
「そこで私は言ってやったのですぅ!『君はランスで捕まった最初のルビオン人だ。おめでとう・・・運び込まれた武器はどこにあるんだ?』とぉ!……ふぇ?」
いつの間にか、隣の客と意気投合してそちらで楽しくやっていたリゼットが、やっと気付いて振り返った。
「アンタねぇ!……マリーが酔っ払ったから帰るわよ!」
そんな彼女にアネットがキレ気味に叫んだが、それに対するリゼットの反応は鈍い。
「はぁーい、りょーかいでぇーすぅ」
「この牛女め……てんちょーお勘定!」
アネットは牛女に余計にキレそうになるのを我慢し、店主に会計を頼んだ。
「……すまん、何も終わっていない!料理は終わっていないんだ!……だから少し待ってくれ」
だが、今料理で手が離せない店主は、何故か熱く叫んだ。
「はーい」
アネットは仕方ないので、大人しく待つことにした、その時、
「ねえ、アネットー」
マリー(酔っ払いバージョン)が、彼女に甘えるように話しかけてきた。
「はいはい、何?」
「お腹空いたー」
そして、このタイミングでふざけたことを言い出した。
「ええ!?もうお会計頼んじゃったんだけど……しかもてんちょー忙しいそうだし」
「お腹空いたのですー!」
駄々っ子マリーが暴れ出した。
「困ったわね……」
「だったらぁ、もう一軒行きましょうかぁ?」
そこでリゼットが、意外な提案をした。
「え?本気?」
「はいぃ、『沈黙亭』でシメを食べましょうぅ」
「あ、なるほどね!牛女にしてはいい考えね!」
「ふぇ!?」
と、そこでやっと料理を終えた店主が、
「エビドリアーン!」
と、両手を上げて叫んでから、代金を計算してアネットのところにやってきた。
「……今日は友達も連れてきてくれたし、サービスしといたぞ」
「わー、ありがと、てんちょー」
「……おう」
そしてアネットは代金を支払い、店を出ようとしたところで、店長に呼び止められた。
「おい、アネット。噂だが、最近この辺りで怪しい奴がうろついているらしい、気をつけろ」
「ん、了解ー。因みにどんな奴なの?」
「ああ、噂によると確か、真っ赤な鎧にダイヤのネックレスをした化け物らしいぞ」
「「「!?」」」
彼の説明を聞いた三人は、驚いて目を見開いた。
中でもマリーは特に驚き、酔いが覚めてしまった。
「そ、そうなの……ありがとね!じゃねー!」
アネットは何とか動揺を押さえつけ、引きつった顔で店主にお礼を言った。
「……おう、また来いよ」
そして、無愛想だが優しい店主に見送られ、店から出た三人はその瞬間に顔を見合わせ、
「ねえ、今のって……」
「はいぃ、間違いなくぅ……」
「セシロクマのことですね……多分、王宮との行き帰りでこの辺りを通るのでしょう……」
と、互いに言い合い、微妙な顔になった。
そして、
「で、でも、まさか今会うことはないでしょ!」
「そ、そうですよぉ!あり得ないのですぅ!」
「ええ、そうですね!アレが都合良く通り掛かる訳が……」
と、三人で完璧なフラグを立てたところで、
ガシャガシャン、ガシャガシャン。
と、まるで鎧が歩くような、いや、走るような音が聞こえ、直後……。
「えへへへへ〜〜〜♪」
真紅の薔薇を大量に抱え、不気味に笑いながらスキップする赤い鎧の化け物が、三人の目の前を通り過ぎて行った。
「「「!?」」」
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