第108話「祝勝会④」
「イタタ……ほっぺがヒリヒリします……うぅ、二人共覚えてなさい」
ほっぺたを赤く腫らした涙目のマリーが、恨みがましく二人に言った。
「何言ってんの!自業自得でしょうが」
「そうなのですぅ」
しかし、アネ、リゼは反省するどころか、強気に言い返している。
「だから、あれは違う世界線の話で……いえ、不毛な話はもうやめましょうか」
と、マリーは反撃を諦め、不毛な話を切り上げ、話題を変えた。
「それにしてもアネット、折角最近いい感じだと思ってたのに、今のでマリーちゃんポイント大減点ですよ?」
「何のポイントよ。てか、どーせアタシはコモナ送りになるんだから、今更どうでもいいわよ……」
アネットはそこで、今まで目を背けていた事実を思い出し、ちょっと不貞腐れた顔で呟いた。
「ああ、あの話ですか。アレ、やっぱり無しで」
それを聞いたマリーは『さっきの料理、やっぱりやめる』ぐらいの気軽さで、とんでもないことを平然と言った。
「へー、そうなの?やっぱりアレ無しなの………………は?はああああああ!?」
アネットは初め、言葉の意味が理解出来ず、一拍置いてから衝撃の事実に気づいて絶叫した。
「色々と状況が変わったので、コモナ行きは無しになりました。宜しく」
「ちょ!?聞いてないわよ!」
「ええ、そうでしょう。言ってませんから」
相変わらずマリーは、平然と言った。
「ねえ!説明してよ!」
「はいはい、ちゃんと説明しますよ」
「当たり前よ!」
自分の人生を左右する大事について、何も聞かされていなかったことに、アネットは激怒している。
が、マリーは涼しい顔で説明を始めた。
「まず、繰り返しになりますが、アネット、貴方のコモナ行きは無しになりました」
「うん、理由は?」
アネットの問いにマリーは、
「はい、私は貴方が欲しいのです」
衝撃的過ぎるセリフを返した。
「………………は?今、何て?」
アネットは自分の耳がおかしくなったのかと疑い、聞き返したが、
「だから……」
と、そこでマリーがグイッと顔をアネットに近づけた。
そして彼女は、額が当たりそうな距離で、真っ直ぐアネットの目を見つめながら再び囁いた。
「貴方が欲しいのです、アネット」
マリーのその目は真剣そのものだ。
そんな熱い眼差しで見つめられてしまったアネットは、顔を赤くして慌て、
「え、ええ!?あの、ね、マリー、その……気持ちは嬉しいのだけど……アタシ、王子様一筋、だから……」
しどろもどろになって答えた。
しかし、マリーは引かない。
「ええ、だから尚のこと、貴方が欲しいのですよ」
相変わらず彼女は、アネットの美しい瞳を覗き込んだまま、繰り返す。
「はぅ……」
そこでアネットは遂に、少しだけ『百合もアリかも……』とか心が揺れ動きそうになってしまった。
そして、マリーは更に顔を近づけ、お互いの唇が触れそうになる。
「ん……」
アネットは流れに身を任せ、目を閉じた。
そして、マリーは……。
「リアンお義兄様を愛する同志として、私と一緒にいて欲しいのです」
と、言った。
「くぅ……へ?」
そのマリーの言葉にアネットは惚けた顔のまま、何とか言葉を返す。
「え……えっと、どゆこと?」
「つまり、」
と、そこでマリーは顔を放したが、アネットの顔は赤いままだ。
「私の元で、貴方に働いて欲しいのですよ、アネット」
「へ?」
そして、マリーは真剣な顔のまま語り出した。
「これはレオニーの暗部残留と同じ理由なのですが……実は今回のルビオンの工作、つまりフィリップを通したランスの弱体化に失敗した為、連中が新たな動きを見せ始めたのです」
「うん……」
「で、これが本題なのですが、連中の次の方針が『復活したリアンお義兄様を排除すること』なのです」
「え?まさか、王子様の身が危ないってこと!?」
アネットは大事なリアンに害が及ぶかも、という話を聞いて慌て出した。
「落ち着いてアネット、大丈夫だから。今日、明日にいきなりお義兄様が襲われるということはありません。しかし、今後確実にルビオンは手段を問わず、お義兄様に害をなそうとしてきます。そこで……」
と、マリーはそこで一拍置いてから、
「私は一人でも多く、信頼できる仲間が欲しいのですよ。だからアネット、貴方にはランスに残ってもらうことにしました」
結論を述べた。
「え?アタシが……信頼できる仲間?」
「嫌ですか?」
「いや、そうじゃなくて!……アタシなんかで本当にいいの?それに、コモナとのことだって……」
アネットはその言葉に一瞬、歓喜の表情を浮かべたが、直ぐに不安になって問い返した。
「私は貴方がいいのです」
が、マリーは間をおかず、力強くそれを肯定した。
「え?ええ!?」
即答され、アネットは戸惑ってしまった。
そして、彼女の不安を取り除く為、マリーは説明を始めた。
「コモナの件はご安心を。コモナ公王には適当な理由を付けて婚姻を断りますし、ついでに暗部を使ってプレイボーイの彼にはモブ男達と同じ薬を飲んで貰います。きっと、後妻が欲しいとは二度と思わないでしょう」
と、言ってマリーはニヤリとした。
「うわぁ……」
「あ、それに国内のお金の問題も、リアンお義兄様が解決してくれましたし。悪徳貴族達を潰して没収した財貨や領地、それにルビオンに売り付けた麻薬の代金もこれから継続的に入りますから。あ、ちゃんと孤児院へは、お金を送っておきますから安心して下さいね。これで問題がないことを理解出来ましたか?」
「うん……」
「じゃあ決まりで。明日から貴方は私付きの女官ですから、宜しく」
「そ、そう……わかったわ………………え?ええええええええ!?」
アネットは本日何度目かわらない叫び声をあげた。
「うるさいですよアネット、女なんだから覚悟を決めなさい。それに……私の元で頑張って働いたら将来、最高の報酬が待っていますよ?」
「最高の報酬?」
「ええ、貴方にとってこれ以上にない、至高のご褒美です」
「?」
「リアンお義兄の側室又は愛人になることを許します」
「は!?……え!?」
そして、マリーは微笑み、言った。
「幸せはみんなで分け合うものですから。きっとお義兄様は寛大ですから受け入れてくれますし、将来国王として、妻は必然的に複数持たなければなりません。だったら訳の分からない輩ではなく、信頼できる者がいいのです」
「でも、アタシは……」
そこでアネットは何かを思い出し、目を伏せた。
だがマリーは、強い口調で彼女に言う。
「アネット、いつまでも下らないことを気にするのはおやめなさいな!それに貴方の心はあの頃のように、今でも綺麗なままだと私は思いますよ」
「マリー……」
アネットは目に涙を浮かべている。
「それに、この際ハッキリ言いましょう。私の理想は、みんなで楽しく、そして幸せに暮らすことなのです。リアンお義兄様がいて、セシル姉様がいて、私がいて、レオニーがいて、そしてアネット、貴方がいて、ついでにリゼットもいて。そんな世界で、みんなが笑顔で過ごせるようにしたいの。だから私は……そんな世界を作るために戦い続けるの。だから、アネット……」
と、そこでマリーは再びアネットを見つめて言った。
「貴方には私を支えて欲しいの」
「マリー……」
「ダメ?」
アネットはそこで涙を拭いながら答えた。
「フフ、どうなっても知らないわよ?……アタシなんかで良ければ、喜んで」
「ありがとう、アネット」
「いいえ、こちらこそありがとね、マリー」
と、美少女二人がなんだか凄くいい感じの雰囲気になったところで、
「ふざけんな!このトウシロウが!」
「なんだと!?この案山子が!」
いきなり罵声が飛び、それはぶち壊された。
「「!?」」
続いてテーブルがひっくり返り、椅子が倒れ、食器が割れる音が店内に響いた。
「あちゃー、始まったちゃったか……てことは……リゼット、大佐は?」
と、そこで我に返ったアネットが頭を抱え、リゼットに聞いた。
「さっきぃ、倉庫の方へ行ったみたいですぅ」
「ああ、やっぱり……」
「え?どうしたのですか?」
事情が分からず、マリーが聞いた。
「えーとぉ、ここの店はぁ、客が荒くれ者ばかりなのでぇ、店長が目を放すと直ぐに喧嘩が始まるのですぅ」
「野蛮過ぎでしょう……」
「兎に角、ここを出るわよ!巻き込まれたら大変……」
と、アネットが言いかけたところで、
「よう!姉ちゃん達、ちょっと俺たちに酌してくれよ」
「一緒に飲もうぜ!んで、後でいいこともしようぜ、ぐへへ」
後ろからそんなセリフが飛んできた。
振り返ると、そこには4、5人の下卑た笑みを浮かべた男共が並んでおり、アネット達を品定めするようにいやらしい視線を向けていた。
「遠慮するわ、アタシ達メン食いなの。あんた達みたいなブサい男は好みじゃないから」
と、アネットは強気に言い返しつつ、こっそりとテーブルの下では酒瓶を握っていた。
「あんだとぉ!?このアマ!」
「ふざけやがって!ぶっ殺してやる!」
「その身体をたっぷり楽しんでやるからな!」
と、男達は激昂し、三人に襲い掛かろうとした。
その瞬間、リゼットがスッと目を細め、スカート内のナイフに手を伸ばすが、
「武器はダメ!」
マリーが鋭く叫び、それを止めた。
そして、
「やっちまえ!」
という誰かの叫びと共に、店全体で大乱闘スマッシュシスターズが開幕。
そして、何故か店全体で誰が敵か味方かも分からないような状態の殴り合いが始まった。
「来んなっつってんのよ!」
アネットは得意の酒瓶を振り回し、
「全く、下賤な輩め。マリー様に近づくな」
と、裏モードのリゼットがプロの体術を群がる酔っ払い共に叩き込み、
「必殺、マリーちゃんドロップキーック!」
そして、マリーは楽しそうに、近くにいた適当な酔っ払いにドロップキックを叩き込んだ。
更に彼女は、何故か近くに立て掛けてあったギターを手に取り、
「よっ!」
ガチャン!と他の荒くれ者にそれをお見舞いした。
「なぁっ!マリー様ぁ!ダメですよぉ!万が一、王女殿下が下町で暴れているなんて噂が広まったらぁ……」
それを見たリゼットが、慌ててマリーを止めにいったが……。
「うるさいわね!こっちもストレスが溜まっているのです!邪魔しないで!」
そう言って更にギターを振り回した。
「だから、ダメですってぇ!」
「大丈夫よ!ここはローマでもなければ休日でもないし、グ◯ゴリー=ペックもいないもの!」
と、マリーは訳の分からないことを叫び、ギターでもう一撃を加えた。
「あわわぁ」
リゼットは慌て、どうしたものかと途方に暮れたその時。
「アイルビーバック」
店の裏口の方から、野太い声が響いた。
そして、ホールに姿を現した大佐を見て、店内の喧騒が一瞬で収まり、男達の顔色が見る見る悪くなった。
次に大佐は、アネット達のところへやって来て告げた。
「アネット、折角友達を連れて来てくれたところすまないが、今から殺ることが出来てしまったから、今日の営業は終わりだ」
「フフ、そうみたいね。じゃあ、お暇するわ」
苦笑するアネットが、そう言って酒瓶を置いた。
「ああ、すまんな」
「了解、あ、これお代……」
と、アネットが代金を渡そうとしたら、
「いや、今日は迷惑を掛けたから、代金はいらん。そのかわりまた来てくれ。では、気をつけてな」
大佐はそう言って、男達方へ向き直り、怒りの形相で歩いて行った。
それを見送ったアネットは、
「この店で一番気に入ってるのは……値段だ」
と、誰に言うでもなく独り言を呟き、そして、二人を伴って店から出た。
「さあ、危ないから早く行きましょう」
そこで、マリーが質問した。
「今から何が始まるんです?」
「第三次大戦よ」
「?」
マリーは不思議な顔をしていたが、アネットは、
「細かいことは気にしない気にしない!さあ、ラ・ムボーで飲み直すわよ!」
そう言って二人の背中を押しながら、さっさと店から遠ざかったのだった。
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