第102話「少女の皮を被った化け物16」

「はい?何を馬鹿なことを。私がそんなことを許す筈がないでしょう?」


 マリーはフィリップに呆れ顔でそう言った。


 それを横で見ていた他の面々は、


「「「は?はああああああああ!?」」」


 余りに予想外な答えに絶叫した。


 直後アネットが、


「ちょ、ちょっと待ってよ!今までの話の流れから、何でマリーがそんなこと言うのかアタシ、全く意味がわからないんだけど!?」


 全員の気持ちを代弁して叫んだ。


 そして、


「てか、普通ここは死刑しかないでしょ!?」


 至極妥当なことを言った。


 その意見に他の者は、同意とばかりにウンウンと頷いた。


「……」


 ただ、一人複雑そうな顔のフィリップを除いて……。


 そんな皆の反応を見つつ、マリーは、


「但し、期限付きですけどね」


 と、悪びれもせず付け加えた。


「期限付き?……って、どゆこと?」


 それを聞いたアネットが、頭に『?』を浮かべながら、マリーに聞き返した。


「はい、では順を追って説明します。因みに今から話す内容は、既にお義父様達と話がついていることなのですが……」


 と、彼女は前置きし、話し始めた。


「実はお義父様、宰相閣下、そして私で今後のこの男の扱いを話し合った結果、一時的に『皇太子』にすることになったのです」


「いや、余計に意味がわからないんどけど……」


 アネットはそれを聞いて、怪訝そうな顔をして呟いた。


 しかし、マリーは苦笑しながら続ける。


「まあまあ、話は最後までお聞きなさいな。で、この処置は、なんとリアンお義兄様の将来ともリンクしている話なのです。ですので、フィリップの皇太子就任というのは、三人で色々と検討した結果、必要なことだと判断したのですよ」


「アイツが必要?本当に?」


 しかし、アネットは更に首を傾げた。


「確かに、普通なら当然『悪、即、斬』で、フィリップは首チョンパ!なのですが……」


 と、そこでマリーが何気なくフィリップを見ると、


「ひぃ!?」


 彼は震え上がった。


「しかし、残念ながらお義兄様とこの国の将来の為に、この男を暫く生かし、更に皇太子にする必要がありまして……」


 と、マリーが少し嫌そうに言った。


「ふーん、で、それはどういうことなの?」


 よく分からないアネットは、取り敢えず先を促した。


「はい。詳しく説明すると、まずリアンお義兄様は自由を望まれました。そして、お父様達と取引をされ、あの騒動から一月後に廃嫡されて平民になり、平穏に市井で暮す予定だったのですが……」


「それで?」


「はい、当初はお父様達もそれを認めたのです。しかし、リアンお義兄様はこの一ヶ月で余りにも大きな成果を挙げてしまいました。しかも、フィリップはこの体たらく。それでお父様達がお義兄様を手放すのが惜しくなってしまったのです」


 と、マリーがそこまで語ったところでアネットが、


「え!?じゃあ、廃嫡はなしってこと?」


 先に結論を叫んだ。


「……はい、そうなのですよ」


 その言葉にマリーは気まずそうに答えた。


「うわぁ、王子様が可哀想そう……」


 それを知ったアネットは、心の底から大好きなリアンのことを気遣い、同情した。


「そこは私も申し訳ないと思うのですが、全てはこのランスと、民の為なのです……王族に生まれてしまった以上、仕方がありません。しかし……」


「しかし?」


「お義父様達も人間であり、人の親です。目的の為に一生懸命頑張った息子に対して、いきなり『やっぱり廃嫡はなしだ!』と一方的に告げるのは、余りにもあんまりだと考えた訳です。そこで……」


「そこで?」


「彼らは妥協案を考えたのです」


「妥協案?」


「はい。で、ここでやっとフィリップの話になるのですが……その計画にはフィリップがどうしても必要だ、ということで、この売国野郎を暫く生かしておくことになってしまったのです」


 そこまで語ったマリーは、非常に残念そうな顔で言った。


「ふむふむ、それで、何でコイツを生かしておくことが必要なの?理由は?」


 そしてアネットが、彼女にその先を聞こうとするが……。


「それが……ごめんなさい。詳細はまだ秘密なのです」


 マリーは申し訳なさそうに、そう答えた。


「むう、気になるけど仕方ないわね。でも、まあ、それはいいとしても……」


 と、アネットは言いながら、青い顔で震えるフィリップに目を向けた。


「コイツを生かして、しかも皇太子にしてここに置いておいたら色々とヤバいんじゃない?また悪巧みを企んだり、逃げたり、あとは……ルビオンに消されるとか?」


 と、アネットが心配するが、


「あ、その点は大丈夫ですよ?」


 マリーは平然と言った。


「え?何で?」


 不思議そうな顔のアネットが聞くと、


「だって、フィリップの住まいは『ここ』ではありませんから」


 凄くいい笑顔でマリーが言った。


「「え?」」


 そこでフィリップも反応した。


「ここよりも安全で、自然豊かで、非常に景色が良いところです。この男の薄汚れた心も、多少は綺麗になるかもしれません」


「安全?自然?景色が良い?……うーん、どこだろう。ストリアの保養地とか?」


 アネットにはまるで想像がつかず、適当に言ってみるが……。


「残念、違います。ストリアは確かにアネットの言う通り、景色はいいですが安全ではないですね」


「え?なんで?」


「何故ならこの男は、私に手を出そうとしたので、ストリアに入った瞬間、間違いなくお祖父様(ストリア皇帝)に八つ裂きにされますから」


「……そう。で、どこなの?気になるじゃないの」


 アネットが焦れてきた。


「はいはい、焦らない焦らない。では……」


 と、そこでマリーは椅子に座り直し、抜け殻のような状態のフィリップの方を見た。


 そして、しかつめらしい顔を作り、厳かに告げた。


「コホン、では、裁きを申し渡します!罪人、第二王子フィリップ。リアンお義兄様に対する暗殺未遂及び、国家反逆罪等の罪で……死刑!」


「「「ええ!?」」」


 予想外過ぎる、というか文脈的にあり得ない内容に、全員驚愕した。


「と、言いたいところなのですが、王族という身分がありますし、それに加えて一応、書類上では深く反省したことにして罪一等を減じ、遠島を……じゃなかった、流刑に処します!」


 と、マリーは少し茶目っ気を出しながら言った。


「ちょっと!ビックリするじゃない!……て、え?流刑?場所は?」


「それは……」


 と、そこでマリーは再びフィリップに向き直り、笑顔で言った。


「喜びなさいフィリップ。今後は貴方の大好きな『シロクマ』に、好きなだけ会えますよ?」


「は?シロクマ?意味が……」


 だが、当人は意味がよく分からず、困惑するばかりだった。


「シロクマってことは……え?ええ!?」


 そこでアネットは何かに気付き、声を上げた。


「では、残りの部分を伝えましょうか。……尚、罪人フィリップの刑は、ケイベック植民地の牢にて執行する、以上です」


「え?ケイベック!?」


 フィリップは突然の宣告に、混乱した。


「でも、どうしてわざわざそこなの?」


 そして、アネットが理由を尋ねた。


「はい。詳しく説明すると、表向きには今からこの男を皇太子に任命、そして経験を積む為という名目で、北アユメリカ大陸にあるケイベック植民地の総督として赴任させます」


「えーと、確かケイベック植民地って、まだ全然開拓されてなくて、人もあんまりいなくて、というかクマとか鹿のが多くて、あるのは広大な森林とか山なんかの大自然だけなんだっけ?しかも冬は雪に閉ざされる極寒の地でしょ?」


 アネットが人差し指を額に当てながら、頑張って思い出した。


「お、よく知っていますね!偉い偉い」


 それを聞いたマリーは感心し、アネットを誉めた。


「ありがと。誰かさんが用意したスパルタ花嫁修行で、その辺りも叩き込まれたのよ……」


 アネットがジト目でマリーを見るが、


「いやー、知識が役に立って良かったじゃないですか」


 彼女はサラリと受け流した。


「……まあ、ねぇ。で、それより続きは?」


「はい。勿論、実態は現地の牢にて監禁され、用済みなったら消されます。それまでは、いつ死ぬのか分からない、という恐怖に怯えながら暮らさなければなりません」


「うわー、えげつないわねー」


 と、アネットが言ったところで、マリーが何か良いことを思いついたような顔になった。


「あ、そうです!この男をケイベックに送る前に、アレを切り落としておきましょうか!?」


「あ、賛成ー。女の子達を泣かせた罰ね」


「私もぉ、それがいいと思いますぅ」


 そこで、アネットに加えてリゼットまで賛成し、


「では、流刑と死刑と去勢で決まりですね」


 彼の無慈悲な罰が確定した。


「バ、バカな!?……きょ、去勢?それに……私が死ぬ?……い、嫌だ!嫌だあああああああ!私はまだ死にたくない!死にたくなああああああああい!」


 その瞬間に当事者のフィリップは発狂。


 涙と鼻水でその微妙に美しい顔をグシャグシャにしながら絶叫し、縛られたままジタバタと暴れた。


 今すぐではないが、確実な死の宣告をされた彼の精神は、それに耐えきれなかったのだ。


 そして、マリーはそんな彼に虫けらを見るような目を向けながら、鋭く叫んだ。


「全く、情け無い……目障りです!衛兵!その愚か者を連れて行きなさい!」


「「はっ!」」


 マリーの命令でゴツい衛兵が二人現れ、


「嫌だあああああああ!放せ、放せえええええ!」


 情け無く喚き散らす彼を、ズルズルと引きずって行った。


「ふう、終わりましたね……」


 それを見たマリーは満足そうに頷き、


「これにて一件落着です!」


 と、キメ顔で言ったのだった。

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