第101話「少女の皮を被った化け物15」

「貴方は……本当にバカだったのですね……」


 バカなことを本気で言っている哀れな男に、マリーはどこまでも冷めた顔でそう告げた。


「な!?私がバカだと?」


 その言葉に彼は激昂するが、


「ええ、救いようのないバカですよ」


 マリーは即答だ。


「おい!お前は私の話を聞いてもまだ理解できないのか!私は奴らを利用しただけで、国王になり力を持った時点で切り捨てるつもりだったのだ!」


 そして、重ねてフィリップは力説するが、


「不可能です」


 マリーは一言でバッサリと切り捨てた。


「な、なんだと!?」


「そんなのルビオンとの『繋がりそのもの』が脅しの材料になるのですから、国王になったとたん、間違いなく傀儡一直線ですよ」


「え?……はっ!?」


 彼女の指摘でフィリップはハッとして、今更そんな簡単なことに気付いた。


 マリーはそんな無様な彼を冷たく見つめながら、淡々と説明を続ける。


「それに連中の工作機関は優秀ですからね。その頃には保険も兼ねて、貴方以外の有力者にも相当な影響力を持つようになっているでしょうし。ルビオン相手に要らなくなったから都合良く手を切るなんて、絶対に無理な話ですよ」


「くっ……」


 フィリップは自分の甘さを思い知らされ、言い返すことが出来ない。


「というか、今も現在進行形で入り込まれているのですよ?貴方の派閥の連中とか、相当奴らに入り込まれていますし」


 マリーはまるで、そんなの当たり前のことだ、と言わんばかりに平然と付け加えた。


「……え?ええ!?それは本当なのか!?」


 フィリップはいきなり衝撃の事実を突きつけられて動揺した。


「やはり気付いていなかったのですか……。度し難いことです」


 逆にマリーはそんな彼に、まるで憐れなものを見るような目をしながら言った。


「くぅ……バカな……」


 そして、優しい彼女は彼に説明を始めた。


「例えば……そうですね……。あ!そういえば、今回リアンお義兄様を亡き者にする為に、配下の貴族達を動かしたでしょう?」


「……ああ」


「あの連中とか、完全にルビオンの手先ですよ。貴方と同じか、それ以上に甘い汁を吸わされて、とっくに骨抜きにされています」


「何!?私の派閥の連中がか!?」


 予想外の事実にフィリップは仰天した。


「というか、貴方は自分の意思で彼らを動かしたつもりだったのでしょうけど、実際はそうではありませんからね?」


 と、ここで更なる追い討ちをかけるように、残酷な事実を知らされ、


「……!?」


 彼は絶句した。


「はっきりと言いますが、今回のリアンお義兄様暗殺計画は、ルビオンの意思で行われたものです。貴方達は全て、連中の掌で踊らされていたのですよ」


「そ、そんなバカな!あれは私の意思で……」


 マリーにそこまで言われてしまい、彼は黙っていられず反論した。


 しかし、


「本当に?」


「本当だ!」


 そこで彼は自信を持って問いに答えたつもりだったのだが……。


「ふっ、無能な……。仕方ありません、説明して差し上げましょう」


 それを聞いたマリーは一言、無能と切り捨てて、やれやれと話を続ける。


「何だと!?」


 フィリップは心外だと憤るが、スルーされてしまう。


「では聞きますが、今回の暗殺計画を発案したのは誰ですか?」


「わ、私だ!」


 と、彼は即答するが、


「ダウト!違いますよね?」


 マリーに即、否定された。


「え?」


 だが、その瞬間の彼には本当に意味が分からず、困惑してしまった。


「正確には、貴方が側近の助言を受けて決めたことですよね?」


 しかし、マリーの補足で漸く気付く。


「あ!そうだ、私は……」


「思い出しましたか」


「あ、ああ……」


 そこまで確認した彼女は、話を進めた。


「では、それを踏まえて今回の貴方の行動を考えてみましょうか。まず貴方は、作戦内容を盗み見る為に、作戦本部へ向かった、そうですね?」


「……そうだ」


「宜しい。次に、具体的な作戦内容を入手した貴方は、自分の派閥の貴族達を動かし、第一王子派の残党への援助と、後詰として遠征軍の後方に軍を出させましたね?」


「ああ」


 フィリップはそこまでの内容を素直に認めた。


 因みにそれを眺めていたアネット他の面々は……。


(((おい!さっきからコイツ、暗殺計画の主犯が自分だと認めてる……いや、食い気味にアピールしてる!?頭大丈夫!?)))


 とか、酷いことを思っていた。


 閑話休題。


 と、そこでマリーが話の核心に入る。


「これらは一見、貴方の意思によって行われたように見えますが……。と、結論の前にもう一つだけ聞きます。貴方がとったこれらの行動は、全て側近の助言に従ってやったのではありませんか?」


「え?……あ、ああ、そうだが?」


「つまり、そういうことですよ」


 と、マリーはこれが答えです、とばかりに言ったのだが、


「は?意味がわからないのだが?」


 残念ながらフィリップには理解が出来なかった。


 彼女はそんな彼を罵倒し、


「愚か者。まだ、分かりませんか?その側近がルビオンの回し者なのですよ!」


 結論を告げた。


「!?」


 それを聞いたフィリップは目を見開き、驚愕した。


「そうやってルビオンは今回、自らの思惑を貴方が気付かないうちに強制していたのです。貴方が絶大な信頼を置いている、その側近を使って」


「そ、そんな……」


 そして、


「それに今回の暗殺計画は、裏でルビオンが自らの目的の為に動き、人、物、金、ノウハウ等を提供したからこそ、スムーズに事が運んだのだと思いますよ?」


 と、マリーは付け足した。


 無常な事実を容赦なく突きつけられてしまったフィリップは、


「!?……そ、そんな、全ては私の見事な采配のお陰では……」


 と、救いを求めて呟いたが……。


「そんな筈ないでしょう?間違いなく貴方の力ではありません。全く、自らを優秀だと過信するばかりか、側近が敵国のスパイだと気付きもしないとは……この無能め」


 トドメを刺されてしまった。


「ぐはぁ!」


 自らの能力に相当な自信を持っていたフィリップは、ここで僅かに残っていたプライドが完全に砕け散った。


 しかし、それでも彼は必死に食い下がろうとする。


「だが、ちょっと待て!アイツがスパイの筈がな……」


「あるのですよ。残念ながらその彼は、間違いなくルビオンから派遣されたスパイで、ランス人に化けて貴方の側近をやっていたのです」


 マリーは淡々と事実を伝え、


「!?」


 そして、ニッコリと笑って告げる。


「ご安心を。先程捕まえて拷問し、自白させましたから、スパイなのは確実です。可哀想に、彼は無駄に拷問に耐えようとした所為で、二度と普通の生活はおくれません」


 と、マリーがサラリと恐ろしいことを口にした。


「!?……そ、それはお前が自白を強要したのだろうが!」


 それを聞いたフィリップが、震えながら必死に叫んだ。


「いいえ、そんなことはありませんよ。リアンお義兄様殺害に失敗したことを知り、貴方の別邸で国外逃亡の準備をしていたところを捕まえたのですから。それに貴方の部屋や別邸から物的証拠も沢山出てきましたし」


「くっ……」


 そこまでマリーに言われてしまい、最早彼が言い返すことは出来ない。


 続けてマリーが、


「これでわかりましたか?貴方は紛れもなく『売国奴』なのですよ」


 と、容姿なく言い放った。


「ぐぅ……」


「しかも、それだけではありませんよね?」


 尚も彼女は追求の手を緩めない。


「まだあんの!?」


 久しぶりにアネットがツッコミを入れた。


「ええ、ルビオンとこの男の間で密約が結ばれているのです」


「密約?」


「そうです。先程書類を見つけたのですが、内容はルビオンが金銭や人員等の面でフィリップ派閥を支援する代わりに、将来フィリップが国王になった暁には、いくつかのランスが不利な条約の締結や、ストリアとの手切れ、そして……」


「そして?」


「ルビオンの王女を妻に迎えること。しかもよりによって、あの女を……」


 促されたマリーが嫌そうな顔をしながら言った。


「あの女って、知ってるの?」


 アネットが興味あり気にマリーに問うと、


「ええ、知っていますとも。一言で言うと、ザ・悪女!という感じです」


 彼女は引き続き、嫌そうな顔で答えた。


 そして、


「それにしてもフィリップ、貴方も物好きですねー、あのルビオンきっての性悪女、エリザベス王女を妻にしようとは……」


 と、マリーが呆れたようにフィリップを見た。


「ち、違う!私だってあんなヤバい女、絶対に嫌だったさ!だが、あの女をランスで引き取るなら支援をより手厚くしてくれるという条件だったのだ……」


 それに対してフィリップはいい訳がましく慌てた顔で答えた。


「ねえねえ、そのエリザベスってお姫様そんなにヤバいの?」


 更に興味が湧いたのか、アネットがまたマリーに聞くが……、


「何度か顔を合わせましたが、それはもう、ヤバいですよ!まさに悪役令嬢の鏡です!イヨロピア大陸の社交界では、特にヤバい王族のツートップとして有名なのです。因みにそのヤバい王族のもう一人はリアンお義兄様なのですがね……」


 と、うんざりした顔で説明した。


「そ、そうなんだ……よくわかんないけど、取り敢えずヤバい奴だってことだけは分かったわ……」


 取り敢えずアネットは、微妙な顔で納得した。


 そこでマリーが話を元に戻す。


「おっと、脱線してしまいましたね。兎に角、この男はルビオンとそんな密約まで結んでいたのですよ」


「最低ね……」


 アネットが同意する。


「……くっ、黙れ!お前如きに言われる筋合いは……」


 それが気に食わなかったのか、フィリップが喚き始めるが、


「黙りなさい!この売国王子が!王族として、恥を知りなさい!」


 それにマリーが鋭く叫び、黙らせた。


「ぬぅ………………」


 そして、自らの愚かさを思い知らされた彼は、膝から崩れ落ち、ガックリと項垂れたのだった。


 ………………。


 …………。


 ……。


 そのまま少し時間が経過したあと、フィリップは項垂れたまま、


「…………わかった。お前の望み通り、私は皇太子就任を辞退する」


 と、全てを諦めたような顔で力無く呟いた。


 そして、マリーは当然その言葉を受け入れるものと、その場にいた全員が思ったのだが……。


「はい?何を馬鹿なことを。私がそんなことを許す筈がないでしょう?」


 彼女は呆れ顔で、そう答えたのだった。






 皆様こんにちは、作者のにゃんパンダです。


 今更ですが、年末年始は出来る限り短いスパン(多分毎日)で作品の更新をしていきたいと思っておりますので、宜しければお付き合い下さいませ(^^)


 連休中の、日々のちょっとした楽しみにして頂けたら嬉しいです(^^)


 お読み頂きありがとうございました。

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