第95話「少女の皮を被った化け物 幕間③」
マリー達がフィリ・モブをしばき倒しているのと同じ頃。
場面はペリン領から帰還して来たマクシミリアンが、王都の街中を進んでいるところ。
「これで終わりなんだなぁ」
その時、私は漸く見えてきた、トゥリアーノン宮殿の屋根を馬上からぼんやり眺めながら、しみじみと呟いた。
そう、終わりなのだ。
今日まで色々あったが遠征もなんとか成功し、廃嫡の条件はほぼ整った。
あとは一言、弟のフィリップに「皇太子ヨロ!ガンバ!」と、サムズアップしながら伝えるだけ。
ああ……なんだかんだと、あっという間の一ヶ月だったなぁ。
結構、感慨深いものがある。
だが、それもあと少し。
残すところ、実質的な仕事はこの作戦の事後処理と引き継ぎ、そして父上達への報告のみ。
自分でいうのもアレだが、今日までこれだけの結果を出したのだから、何とか婚約破棄騒動の件も許してもらえるだろう。
これでほぼ確実に、数日後には晴れて自由の身だ。
それにツイていたのは、唯一心残りだった『セシルとのわだかまり』も何とかなったことだ。
これに失敗していたら、一生公爵令嬢に恨まれ命の危機を感じながら生きいていくことになっただろうからな……。
つまり、これで後腐れなく、そして心置きなくスローライフを楽しむことができる!
数日後には、取り巻きも召使いもいない、夢の一人暮らしだ!
いやー、待ち遠しいないなぁ、一人暮らし。
……ん?一人暮らし?一人……暮らし?
ああ!そうだ!忘れていた!
新生活の準備をまだ何もしていないではないか!
危ない、危ない。
廃嫡された瞬間に、ホームレスになるところだった……。
あとでレオニーに頼んで、仮住まいを手配してもらわなければ。
落ち着く場所は、後からじっくり探せばいいし。
あ、併せてこの間叩き売った色々なガラクタの代金も運び込んでもらわないと。
十億以上、下手したら数十億はありそうな感じだったし、とてもではないが、それだけの量の金貨の山を一人では運べそうにないからな。
はっ!まさか、大金に目が眩んだ暗部に持ち逃げされたり……うん、一応あとで多めに『心付け』を払っておこう。
うん、これで多分大丈夫だ。
これで心置きなくスローライフに入れ……あ、そういえば……。
し、しまった!
と、ここで私は更にあることを思い出した。
それは最愛の義妹、世界一可愛いマリーのことだ。
『セシルを傷付けてしまった』という事実にだけ気を取られ、一緒に傷付けてしまったであろう、マリーのことを失念していた!
全く、私は酷い義兄だ。
実は彼女のこともセシルと同じく、気まずくて放置していたのだが、このまま何も言わずに去るのは、ちょっとなぁ。
うむ、どうしよう。
それになんだかよくわからないが、今現在進行形で可愛いマリーの心が傷付き、凹んでいる気がするし。
でも、今更顔を合わせるのはやっぱりなぁ。
うーん、では……どうするべきか。
あ、手紙とか……いや、そのまま捨てられそうだな。
では……そうだ、贈り物だ!
プレゼントに一言「ゴメン!」と書いて届けよう!
うん、そうしよう!
では、どんな物がいいのか?
義妹とはいえ、女性への贈り物か……。
わからん。
可憐で繊細な十三歳の少女は、一体何を欲しがるのかな。
むう、難しい。
まあ、無難なのはゲームとか、服とか、小物とか……あ、そうだ!
だったら色々選べるし、アマ○ンギフト券とかどうかな!
よし、早速コンビニで……うん、ある訳ないな。
ダメだダメだ、現実逃避はほどほどにしないと。
まあ、見当違いなものを渡すより、普通なら現金とかのがいいとは思うのだが……。
流石に王女様相手にメッセージカード付きの現金はないよな。
などと非常に下らないことを考えていたその時、私は馬上から過ぎ去る街並みの中にあるものを見つけ、思わず目を留めた。
そこにあったのは『花屋』だった。
……ん?花?
そうだ!花だ!
女の子は花が好きだろう!
よし、マリーには今までの感謝と謝罪の意味を込めて、花を贈って去ろう。
うん、決まりだ。
そう思い立った私は花屋の前で馬を止め、店員と思しき優しそうなお姉さんに声を掛けた。
「失礼、少しいいかな」
「あ、いらっしゃいませ!」
お姉さんは、まさに花が咲くような笑顔で応えてくれた。
ああ、こういう普通の素朴な女性っていいよな……じゃない。
これではまるで『私の周りには、まともな女性が一人もいない』みたいではないか!
ではなくて。
「花束を一つ所望したいのだが」
「はい、畏まりました!では、お花の種類は如何されますか?」
私がそういうと、店員のお姉さんは愛想良く答えてくれた。
「あ、ええと……」
さて、ではどんな花にするか。
だが……正直、花のことなんて全くわからないぞ。
私がわかるのはせいぜい、ヒマワリとか、チューリップとか、コスモスぐらいなものだ。
と、そこで私は後ろから刺すような視線を感じ、慌てて振り返るとそこには……。
「じーーー………………」
赤騎士がじーっとこちらを見ていた。
そういえばコイツ、何故か帰り道ずっと機嫌が悪いんだよなぁ。
あ、だったらものはついでだ。
コイツにも花を贈ってやろうか。
一応女性だし、多少は機嫌が良くなるかもしれないし。
「おい、赤騎士!」
私が早速、赤騎士に声を掛けると、
「はーい、何ですかー?」
彼女は不貞腐れた感じで、鎧をガシャガシャいわせながら、こちらへ寄ってきた。
「花は好きか?」
「え?お花ですか?はい、好きですが……」
私が問うと、彼女はキョトンした感じで答えた。
「そうか、なら何でもいいから選べ。好きなものを買ってやるから」
「ええ!?リアン様が私にお花を贈ってくださるのですか!?」
そして、何故か私の言葉に赤い鎧のテンションが急上昇した。
「あ、ああ……そう言っているだろう」
私は逆に少し引いた。
「うわぁ!嬉しい!ありがとうございます殿下!わーい!」
そして、喜びのあまり飛び跳ねた。
やめろ!飛び跳ねるな!
シュール過ぎる……。
「うん、で、どうする?」
「うーん、では……あ、あの……」
「ん?」
私が促すと、赤騎士は少し考え込んだあと、
「あ、あの……できれば、リアン様に選んで頂きたいのですが……?」
もじもじしながら、そういってきた。
「え!?私に!?」
ええ!?……困ったな、勘弁してくれ……。
「はい!」
「といってもなぁ、私にセンスはないぞ
?」
「いいんです!どんなお花でも『リアン様に選んで頂いた』ということが重要なのですから!」
そこで不思議なことに、私には鎧で見えない筈の彼女が、とても幸せそうな顔で、心からそういっているような気がした。
「?……そ、そういうものなのか?」
「はい!そうなのです!」
「では……」
そして私は、彼女の為に並んだ花の方に目を向けたのだった。
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