第94話「少女の皮を被った化け物⑩」

「全員、市中引き回しの上、獄門!」


 と、こうしてリアンの名を汚し、アネットを始め、数多くの乙女達を辛い目に遭わせた悪党達は断罪された……かに見えたのだが……。


「そ、そんな!まだ死にたくない!」


「ああ、お終いだ……」


「いやだ、いやだぁ!神様……」


 マリーの無慈悲な宣告を受け、モブ男達が涙目で悲鳴を上げたその時。


「……と、言いたいところですが、私も鬼ではありません」


 その宣告をした本人から、意外なセリフが飛び出した。


「「「え!?」」」


「きちんと反省し、今後の人生を真っ当に生きると約束できるのなら、減刑して私の権限で国外追放にしてあげても構いませんよ?」


 マリーはさっきとは打って変わって、包み込むような優しい笑みを浮かべながら言った。


 それを聞いたモブ男の一人が、藁にもすがる思いでマリーに聞き返す。


「ほ、本当ですか!?」


「ええ、勿論です。加えて向こうで便宜を図ってもらえるように、私が書いた紹介状を持たせた上で、貴方達をストリア帝国へ送り届けて差し上げますが……どうします?」


 マリーは優しく肯定し、再度問うた。


 それを聞いたモブ男達は、


「は、はい!真面目に生きます!そして、絶対に更生します!」


「もう悪いことは絶対にしませんし、女性を泣かすこともしません!」


「お約束しますから!どうかお助けを!」


 必死になって約束を守ります、とマリーにアピールしながら縋った。


「そう、それは良かったです」


 マリーは素直にそれを喜び、変わらず優しく言った。


「では、今から諸々の手続きや、紹介状等の準備がありますから、皆さんは別室で『飲み物』でも飲みながらお待ちなさいな」


「「「はい!」」」


 彼女の言葉に彼らは顔を輝かせた。


「ては皆さん、ご機嫌よう」


 最後にマリーは、そう言って彼らを送り出した。


「ああ、ありがとうございますマリー様!貴方様は何とお優しいのだ!貴方は女神様か!」


 そんな大袈裟なことを言いながら、彼らが建物の中へ入っていった直後。


「ちょっと王女様!いきなりどうしたのよ!?あんな連中を信用して、こんなに簡単に許していいの!?あいつら絶対、チョロいと思ってるわよ?」


 今度はアネットが驚きと怒りで叫び出した。


「ええ、そうでしょうとも。きっとドアが閉まった瞬間には、私との約束なんて忘れたでしょうし」


「だったらどうして!」


 一方、マリーは苦笑しながらマリーを宥めた。


「まあまあ、落ち着きなさいなアネット」


「これが落ち着いていられるかっての!」


 マリーは更に興奮するアネットを宥めつつ、横にいるリゼットの方を向いて告げた。


「リゼット、連中が出発する前に、必ず『あの薬』を飲ませなさいね?大勢の無垢な乙女達を泣かした報いですから」


「はいぃ、畏まりましたぁ」


「ねえ、『あの薬』って?」


 マリー達の会話を聞いて、漸く何かありそうだ、と感じたアネットが彼女に聞いてきた。


「はい、『二度と男性機能が使えなくなる薬』です」


 するとマリーは満面笑みで楽しそうに答えた。


「うわぁ……流石は王女様、酷いことするわね。最高だわ」


 その答えに満足したアネットも、楽しそうな顔になってサムズアップした。


「でしょう!?でしょう!?やっぱり人間は助かったと思った直後に、もう絶望を味わった方が、より深く絶望すると思うのです!」


「あ、なるほど!えげつないわね」


「リアンお義兄様の名を汚した連中ですから、楽には死なせませんよ」


 と、その瞬間だけマリーは真顔になり、冷たい声で呟いた。


「そうね、確かにああいう女の敵にはピッタリの罰よね。ああ、怖い怖い」


 それにアネットも頷いた。


「さて、あとはお祖父様(ストリア皇帝)へのお手紙と、連中に持たせる紹介状を書かなければいけませんね」


 と、そこでマリーは表情を元に戻し、思い出したように言った。


「因みに何て書くの?」


「え?そんなの決まっているではありませんか。可愛い孫娘のマリア(マリー)が、大好きなお祖父様に涙ながら助けを求めるのですよ。『マリアはこのモブ男達に乱暴されそうになって、凄く怖い思いをしました!助けて下さいお祖父様!この人達が生きていると、マリアは怖くて夜も眠れないのです!』って」


「うわぁ……あざとい」


 それを聞いたアネットが苦笑した。


 そして、マリーも同じように苦笑しながら理由を語り始めた。


「私としては、本当はスパッと『獄門』にしたいのですが、連中は腐っても高位貴族の舎弟ばかりなのです。だから、国内で片付けると色々と面倒なことになる可能性があるのですよ。まあ、つまり、政治的な問題なのです」


「ああ、そういうことね!色々あるのねー、流石王女様だわ」


 それを聞いたアネットは納得!という顔をしたのと同時に、頭に見えない電球がついた。


「何を言っているのですか?コモナに行ったら貴方も他人ごとではないのですよ?」


 と、そこでマリーがアネットお小言を言う。


「うげぇ……そうだったわね……」


 そして、それを聞いた彼女はげんなりした顔になったのだった。


「はぁ、それよりも……」


 しかし、そこでマリーが何か思い出し、急に深刻な顔つきになった。


「困ることが……」


「え?百戦錬磨の王女様でも困ることがあるの?」


 マリーの意外な姿に驚き、興味深々という感じでアネットが食いついた。


「はい、実は今の件に加え、今回の『断捨離作戦』ではお祖父様に頼んで国境付近にストリア軍を出して頂きましたから……」


「何か困るの?」


「はい、それはもう……」


 そこでマリーの表情に深刻さが増した。


「簡単にいうと、ストリア……言い換えればお祖父様に借りができてしまったのです……」


「で?」


「はい、もし今『おじいちゃんはマリアの為に頑張ったから、ストリアまで遊びにきて欲しいな!チラッ!』ってされると断れないのです!」


「ああ……それはまた……ウザそうね」


 それを聞いたアネットは、意外にしょうもない理由に苦笑した。


「はい、お祖父様は凄くウザいのです……でも、全てリアンお義兄の為だったのですから仕方ありません。はぁ……」


 と、マリーは最後に溜め息ついた。


「ですが、取り敢えずそれは後回しです」


 彼女はそこで気合を入れ直し、次に取り掛かろうと意気込んだが、


「やっと邪魔者も消えましたし、本命の断罪といきましょう!」


 そこでリゼットがおずおずと言った。


「……あのぉ、フィリップ様はまだ気絶したままなのですがぁ」


「水でも何でもぶっ掛けて起こしなさい!」


「は、はいぃ!」


 そう言い付けられて、彼女は慌てて駆け出したのだった。


 数分後。


 結局、付近に水場が無かったので、代わりに近くにあった花瓶の水をぶっ掛けられたフィリップが目を覚ました。


「はっ!?……な、何だ?わ、私は一体?……ん?何故、ずぶ濡れなのだ?それに何か臭うような……」


 それを見たマリーは、目覚めの暴言をプレゼント。


「さてさて、腐れロリコンも意識を取り戻しましたし、今度こそ再開です」


「は?ロリ?……あっ!そうか!私は……」


「漸く起きましたか、兄上。寝坊ですよ?」


「ぐぬぬ、マリー!よくも私をこんな……」


 そこで、漸く意識が覚醒したフィリップは、それと同時にキレだした。


「全く、キレたり気絶したり、忙しい人ですね……」


「な!誰の所為だと……」


「さて、聞きたいことが山程あるのですが、何からがいいですかねー」


 マリーはあざとく人差し指を頬に当てながら、フィリップのセリフをナチュラルにスルーして話し出した。


「何だと?偽王女め!一貴族の令嬢であるお前如きに、高貴な真の王族であるこの私が話すことなど何も……」


 それを聞いた彼女は、やれやれと肩をすくめて呟いた。


「全く、バカの一つ覚えのように同じことばかり……。うるさい男ですわね」


「黙れ、お前のような偽りの王女に話すことなど何もない!」


 相変わらずフィリップは壊れたCDのように、同じようなことばかりを繰り返している。


「うーん、ではまず、その誤解から正して差し上げましょうか」


「誤解?……だと?」


「ええ。それにしても先程から、偽王女だの、下賤な輩だの、散々な言われようですが……」


 呆れ気味にマリーは言った。


「事実だろうが!一貴族の令嬢風情が偉そうに!」


「私からすれば貴方の方こそ、格下の卑小な存在なのですが?」


 と、そこでゴミを見るような目でマリーが、荒ぶるフィリップに告げた。


「は?何をバカな……」


 彼はまるで意味が分からないと言う顔で困惑したが、マリーは淡々と説明を続けた。


「確かに、私の本来の身分はブルゴーニュ公爵家の令嬢です。しかし、それだけではありません。お忘れでしょうが私、ストリア皇帝の孫ですのよ?」


「え?…………はっ!」


 そこでフィリップはそんな重要なことを、今更思い出した。


「漸く思い出しましたの?私は、イヨロピア大陸で最も権威ある『ストリア帝室』に連なる者なのですよ?」


「くっ!」


「我が祖国、ランスを軽んじる訳ではありませんが、王室の中では比較的歴史の浅いルボン王家とストリア帝室では、その権威や格が違うのですよ」


「……」


「これでわかりましたか?無能でロリコンでナルシストでちっぽけなフィリップ兄上?」


 と、マリーは最後に凄くいい笑顔でフィリップに確認した。


「くっ黙れ!この……」


 フィリップは感情的に何か叫ぼうとしたが、マリーは無視して次の話を始めた。


「さて、自らの卑賤さを納得頂けたようなので、話を戻しましょうか」


「……」


「ここはズバリ、結論から行きましょう」


 そこでマリーは一呼吸置いてから、しかつめらしい顔で厳かに問うた。


「フィリップ兄上。貴方、この国を売ろうとしましたね?」

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