第93話「少女の皮を被った化け物⑨」

 マリー達がレオニーと望まぬ合流を果たし、彼女のヤバさにドン引きした少し後のこと。


 フィリップの部屋がとても使える状態ではないことから、彼女達は別の場所へ移動していた。


 そこは何と……。




「ちょっと王女様、何で『断罪の場』が外なのよ?」


 アネットが戸惑いながら言った。


 そう、現在彼女達は青空の下、トゥリアーノン宮殿の裏手にある、一階のテラスにいた。


「えーと、これ以上宮殿の部屋を汚したり、壊したりするとマズいかなぁ、という私の配慮ですよ」


 マリーは何か問題でも?という顔で答えたが、アネットは更にツッコム。


「だからって、何でテラスなのよ?」


 今そこではマリーとアネットが椅子を並べて座り、側にレオニーとリゼットが控えていた。


 そして、テラスの外側の一段下がった地面の上に、先程捕まったフィリップ&モブ達がおり、女性陣から見下ろされている状態なのだ。


 しかも彼らは今、上半身を縄でグルグル巻にされた上で、白い砂利の上に正座されていた。


 それを眺めながらアネットは微妙な顔で言った。


「それと、縄で縛られた無抵抗な連中に何する気よ?まあ、クズの見本みたいな奴らではあるんだけど……」 


「知りたい?」


 そこでマリーはとてもいい笑顔で問い返してきたが、


「……いい」


 アネットは遠慮した。


 なんだか知ってはいけない気がしたから。


「何て、冗談ですよ?『今ここで』連中に何かをしたりはしませんよ。それに、この場所にしたのは、ちょっと外の空気が吸いたくて……」


「全然冗談に聞こえないし、何か企んでるようにしか見えないんだけど……」


 訝しげなアネットをマリーはスルーして続ける。


「さて、始めるとしましょうか!」


 そこで彼女は深呼吸を一つして、真面目な顔になり、


「貴方達、おもてをあげなさい!」


 高圧的な態度で、尊大に命令した。


「おい!ふざけるな!真の王族である私にこんな扱いをして許されると思っているのか!」


 だが当然、フィリップはそれに反発して喚き出した。


「全く、始めた矢先に……うるさい腐れロリコンですわね」


 それを見たマリーは、面倒くさそうな顔で適当に罵声を浴びせた。


「誰がロリコンだ!このクソガキが!」


 意外と元気なフィリップが、反射的にそう言葉を返したところで、


「カッチーン!」


 マリーが一瞬眉間に皺を寄せた。


 何と、この愚かな男は『断罪』が始まったばかりだというのに、早速彼女の地雷を踏み抜いてしまったのだ。


 その直後、マリーはおもむろにリゼットのスカートに手を突っ込んで弄り始めた。


「ふぇえええええ!?マ、マリー様ぁ!?」


 リゼットが突然の暴挙に慌てるが、マリーはそれを無視して中を漁り続ける。


 そして、彼女はリゼットからナイフを一本取り出すと、


「……よっ!」


 という意外と可愛い掛け声と共に、フィリップに向かってそれを投擲した。


「「「ええ!?」」」


 マリーを除く全員が驚く中、彼女が投げたナイフはゆっくりと山なりにフィリップの方へ飛んでいった。


「何!?くっ、う、この……うわっ!」


 それを見たフィリップは、一瞬目を見開いた後、必死に逃げようとした。


 しかし、上半身を縛られたまま正座していたフィリップは、逃げようとした拍子にバランスを崩して地面に転がってしまった。


 それでも彼は諦めず、身を捩って何とかナイフから逃れようとするが、うまくいかない。


 そして、ついに……。


「う、うわあああああああ!」


 ゴツン!


「ぐはぁ!」


 ナイフが頭部に命中し、絶命……はせずに意識が飛んだ。


 一時間ぶり、三度目の気絶である。


 これは運良く?ナイフの柄の部分がフィリップの額に当たった為、気絶だけで済んだのだ。


「うーん、中々上手くいかないですねー」


 それを見たマリーは、不満げな顔をしながら呟いた。


「え?どういうこと?」


 彼女のよく分からないセリフに、アネットが意味を尋ねると、


「本当はナイフを素早く直線で飛ばしたかったのです!」


 マリーは目をキラキラさせながら、そう答えた。


「は?」


「それでそれで!カッコよくあの男の足元にズバッとナイフを叩き込んで『黙りなさい!でないと次は当てるわよ?』キリッ!ってやりたかったのです!」


「……あ、そう」


 あまりにぶっ飛んだ内容に、アネットは絶句した。


 そして、入れ替わるようにリゼットがおずおずとマリーに話しだした。


「あのぉ、マリー様ぁ」


「何ですか、リゼット。文句なら聞きませんよ?」


「ええっとぉ、今マリー様が投げたのはぉ、接近戦用の大型のナイフなのですぅ」


 そして、リゼットはそんなしょうもない事実を告げた。


「え?」


 それを聞いたマリーはキョトンとしてしまった。


「あんな重いナイフではぁ、私でもそんな風に投げることは難しいのですぅ」


「……そ、そう」


 それを聞いたマリーは、気まずそうに目を逸らした。


 一方、そんな彼女の横では、レオニーとアネットが憐れなフィリップの様子を見ていた。


「ちょっと王女様!コイツ完全に伸びてるけど、どうすんの?」


 と、アネットが彼を足で突きながら呆れ顔で言った。


「え、えーと……取り敢えず、ほっときなさい!ちょうどいいので、先にモブ男達を片付けますから!」


 マリーは取り繕うようにそう言って、話を強引に進めた。


「「「はあ!?」」」


 憐れにも、突然の出番に心の準備が出来ていなかったモブ男達は慌てた。


「さあモブ男の皆さん、お待たせしました。やっと裁きの時間ですよ?」


 そして、彼等に向き直ったマリーは、笑顔でそう告げた。


「ちょ、ちょっと待って下さい、殿下!私達が何をしたと言うのですか!?それに、貴方はどんな権限で私達を裁くと言うのですか!?」


 モブ男の一人がそんな風に小賢しく抵抗を試みるが、マリーは平然と答えて見せる。


「何をしたか分からない?ご安心を。今から教えて差し上げますから。あと、権限ですか?それならお義父様からフィリップ兄上とその関連を裁く権限を頂きましたので大丈夫です。ほら、これが書類で、サインもありますよ?」


 彼女はそんなことを言いながら、ヒラヒラと国王のサイン入りの書類を彼らに見せつけた。


「なっ!?」


 マリーの手際の良さに彼らは絶句した。


「では、納得頂けたようですから、始めましょうか」


 そういうと彼女は可愛くコホン、と咳払いをしてから、真面目な顔で話しだした。


「貴方達の罪ですが、まず悪逆王子フィリップと共謀し、王女である私や、他国への嫁入りが決まっている侯爵令嬢アネットに対し、乱暴しようとしたことが一つ目」


「くっ……」


 小賢しいモブ男達も、ついさっき現行犯で捕まったばかりなので、返す言葉がない。


「次に、過去に家柄や顔、そしてマクシミリアンお兄様の取り巻きという立場を利用して、数多くの無垢な乙女達を騙し、己の欲望の吐け口にした上、ボロ雑巾のように捨てていたこと、これが二つ目」


「そ、そのようなことは……」


 そう言い掛けたモブ男を無視して、淡々とマリーはそのまま続ける。


「最後に、貴方達はリアンお義兄様の名前を出し、社交界で下級貴族の子弟を虐めたり、城下では飲食や品物の代金を踏み倒したり、何の罪も無い平民に対して気まぐれに暴力を振るったりしていたこと、これが三つ目です」


 そこまで言い終わると、マリーは少女とは思えない、恐ろしい程鋭い視線をモブ男達に向けた。


「ひっ!?……で、出鱈目です!そんな酷いことを高貴な私達がする訳が……」


 それに怯みつつも、言い訳をしようとするが、


「愚か者め!証人や証拠は山程あるのです!言い逃れなど絶対にさせません!恥を知りなさい!」


 そこでマリーが激昂した。


「くっ……」


 怒りに震える彼女はそのまま話し続ける。


「そして、私が一番許せないのは……貴方達の行いによって、リアンお義兄様の名が!名誉が!著しく貶められたことです!これは万死に値します!」


 そして、マリーの怒りが頂点に達した。


「そ、それは殿下ご自身の行いの所為では……?」


 おずおずと、モブ男がそう言ったが……。


「黙りなさい!リアンお義兄の落ち度など、精々勉強をサボったり、政治に興味を示さず遊んでいたことぐらいです!」


 マリーに一括され、黙らされた。


(((いや、それ皇太子としてダメじゃね?)))


 ついでに同時多発ツッコミも発生した。


「それなのに貴方達の所為で、お義兄様は『女癖が悪く、暴力を頻繁に振るい、民を虐げる無能で傲慢なバカ王子』という、実態とかけ離れたイメージが定着してしまったのです!私は絶対に貴方達を許さない!」


 それに対してモブ男達は、


「知らない!私達は関係ない!」


「そうだ!殿下だって一緒に…… いや、寧ろ殿下が率先して悪事を……」


「全ては殿下の命令でやったことだ!我々は悪くない!」


 嘘八百を並べたて、全てをリアンの所為にしようとした。


 がしかし、この展開をマリーは既に予想していた。


「ほう、この期に及んで反省の態度を示すどころか、言い訳ですか……いい度胸です」


 そして、今度はニヤリと笑った。


「因みに貴方達が言ったことについて、既に調べましたが、お義兄様が女性に手を出したことを証明する証拠も証人も、全く出てきませんでしたよ?」


「「「まさか、調べていた!?」」」


「というか、そもそもお義兄様にそんな度胸ある訳がないのです。それがあればシロクマからレオニーまでとっくに女にされています……って、そんなことはどうでもいいのです!兎に角、これではっきりしましたね?貴方達に情状酌量の余地はありません」


「そ、そんな……」


 その言葉で狼狽える彼らを、マリーは無視した。


 そして、彼女は一度目を閉じ、呼吸を一つ。


 断罪は遂に、クライマックスへ。


 結論を出した彼女はゆっくりと目を開け、厳かにそれを伝える。


「裁きを申し渡します!全員、市中引き回しの上、獄門!」


「「「!?」」」


「コルドロン広場にその首、晒してあげます!お兄様や被害に遭った乙女達に地獄で詫びなさい!」

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