第91話「少女の皮を被った化け物⑦」

 マリーにいきなり『懲らしめてやりなさい!』とか言われ、敵中に放り出されてしまったアネット。


 彼女は現在テーブルを背にした状態で、目をギラつかせたモブ男達に囲まれるという、そこそこのピンチを迎えていた。


「こ、来ないで!」


 そんな時、焦った顔のアネットから出たのはそんなセリフだった。


「わかったわかった、今行くからな」


 勿論当たり前だが、モブ男達がそんなセリフを気にする筈もなく、ジリジリと嫌らしい顔で彼女に接近した。


 そして、モブ男達が獲物であるアネットのエロい身体に手を伸ばそうとした瞬間だった。


「バカめ、大人しく……」


「来んなって言ってんでしょ!」


 いきなりアネットがキレ気味に叫び、まだ湯気が立つ熱い紅茶をカップごと、自分に手を伸ばしてきたモブ男にぶちまけた。


「ぎゃあ!熱い!熱い!……ぐはぁ!」


 更に男が怯んだところで、アネットは躊躇なくガシャン!と男の頭をティーポットでぶん殴った。


 モブ男はそのまま気絶して倒れたが、彼女はその男に向かって叫んだ。


「女舐めんな!」


 そして、彼女は続けて動いた。


「な、何しやが……ぎゃん!」


 次にアネットは、今の攻撃に驚いて隙が出来た別のモブ男に狙いを定めた。


 彼女はそのままなんの躊躇もなく、アレがめり込むほど強力な金的攻撃を敢行。


 男は悲鳴と共に白目を剥いて崩れ落ち、泡を吹いて気絶した。


 それを見ながらアネットは不敵な笑みで残りの男達に告げた。


「ふん!夜の酒場で鍛えられたアネット姐さんを舐めないことね!」


「「な、何!?」」


 と、何故か残りのモブ男二人は怯んだ。


 しかし、アネットはそうは言ったものの、男二人に対して普通の少女である自分が不利であることを自覚し、内心焦っていた。


(どうしよう……口ではそう言ったけど、正直武器も無いし、男二人が相手じゃ厳しいわ。もう不意をつくのも無理そうだし……ヤバいわね)


 当然、モブ男二人もそれに気が付き、早々にアネットに襲い掛かろうとした……その時。


「必殺!マリーちゃんドロップキック!」


「「「え?」」」


 技名を叫ぶ勇ましい声と共に、いきなり横から王子的な何か飛んできて、モブ男一人とテーブルを巻き込んで盛大に倒れた。


 驚いたアネットと最後に残ったモブ男は、お互いに目を合わせて一瞬固まった。


「…………はっ!?」


「………………え、あっ!?」


 そこで一瞬早く我に帰ったアネットが、近くに転がって来た高そうな花瓶を手に取り身構えた。


 それを見たモブ男は自分の不利を悟り、焦った。


 そして彼は、何とかしてアネットに花瓶を捨てさせなければ自分が危ない!と考えたのだが……。


 何を思ったか次の瞬間、彼はアネットを挑発し始めた。


「どうだアネット!その手で、その拳で、俺を倒したくはないか?」


「はあ!?」


 いきなり意味不明なセリフを聞いたアネットは軽くパニックだ。


 だが、男は勢いでそのまま喋り続ける。


「何だ、俺が怖いのか?くく、こいよアネット!花瓶なんか捨てて、かかって来い!」


 そう言われたアネットは思わず頭に血が上り、反射的に叫び返した。


「何ですって!?ふざけやがって!アンタなんか怖くない!それにアンタ相手に武器なんて要らないわ!野郎ぶっ殺してやる!」


 と、叫んだアネットは『花瓶を持ったまま』突撃して、そのままバリン!とモブ男の頭をぶん殴った。


「よし、引っかかった……ぐぇ!?……ひ、卑怯な……」


「何が卑怯よ!そもそも何でか弱い乙女が男相手に武器を捨てなきゃいけなのよ!しかも、何よあの挑発は!どこのシュ○ちゃんよ!」


「ぐ、頭がクラクラする……ぶっ!」


 そして、かろうじて意識があったヘロヘロのモブ男を、アネットは近くに倒れていた高そうな椅子でぶん殴って気絶させた。


 そして、彼女は両手を腰に当てながら、全滅したモブ男達を眺めて呟いた。


「全く、やっぱりお上品な花瓶じゃダメね、軽過ぎて相手を倒しきれなかったし……。やっぱり、ウザい男をぶん殴るなら、使い慣れた厚手の酒瓶に限るわね!」


 と、そこで横から声がした。


「こちらは片付きましたが、貴方の方ははどうです?アネット」


「え?」


 彼女が声が聞こえた方を見ると、床に倒れたフィリップの側に立つマリーがこちらを見ていた。


「え?ああ、王女様。こっちはたった今終わったわよ?」


 と、問われたアネットは床に転がったモブ男を部屋の端へ蹴り飛ばすと、笑顔で手を振って答えた。


「で、そっちはどんなだったの?」


「ええっと、まあ、この男自体は大した事なかったのです……でも、心に少し重いものが……」


 と、マリーは少し気まずそうに視線を斜め下に落とした。


「?」


 と、そこで彼女の下から、うめき声がした。


「う、うぅ……私は一体?……はっ!」


 そして、またしてもフィリップはよろよろと起き上がり、


「う、うぅ……くっ!だ、誰か!誰か!コイツらを殺せ!私を助けろ!」


 と、大声で配下を呼ぶが……返事はない。


 それを見たマリーが呆れ気味に呟く。


「まだ生きていましたか。全く、ゾンビもビックリのしぶとさですね……。仕方ありません、これは奥義『爆熱ゴッ○マリーちゃんフィンガー』でトドメを刺すしかないようですね……」


 そういうと彼女は構えをとり、呼吸を整えて一度目を瞑った後、カッと目を見開いて叫んだ。


「私のこの手が真っ赤に燃える!勝利を掴めと、轟き叫ぶ!ばぁく熱!ゴッドォ……」


 しかし、それは突然の横槍でキャンセルされた。


「抹殺のラスト・ブ○ットー!!!」


「ヴォエ!」


 技名を叫ぶアネットの勇ましい声と共に、腹に叩き込まれた拳でフィリップは吹き飛ばされて今度こそ力尽きた。


「「え!?」」


 突然の事態に思わずマリーと、いつの間にか横にいたリゼットが顔を見合わせた。


「あ、アネット、貴方……」


「アネット様!実は何か武術を会得されているのですか!?」


 予想外過ぎる事態にかなり混乱した二人がアネットに問うが、


「え?そんな訳ないじゃない。何となく空気を読んで、適当な技名を叫んだだけのただの強パンチ、要は普通の腹パンよ?」


 彼女は平然とそう答えたのだった。


「「……」」


「?」


 微妙な顔の二人にアネットは不思議そうな顔をしていた。


 か、そこで顔を引き攣らせたマリーが気を取り直して話し出す。


「えーと……リゼット、取り敢えず応援を呼んで全員捕縛させなさい。あと、場所を変えましょう。流石にここで断罪の続きというのは……」


 彼女は惨憺たる有様の部屋の中を見回しながら言った。

 

「確かに血の匂いとか、瓦礫とか、人間だった何かと一緒にいるのは嫌よね……」


 アネットも、げんなりした顔でそれに同意した。


「畏まりましたぁ、マリー様ぁ」


 そして、リゼットがマリーの指示を了解し、返事をしたところでアネットが言った。


「あ、リゼット、そういえば貴方に言っておきたいことが……」


「えーとぉ、そんなぁ、お礼なんて要りませんよぉ〜」


 勘違いしたリゼットは、照れた感じでそんなことを言ったが、


「貴方って痴女なの?」


「ふぇ!?」


 予想の斜め上のセリフにリゼットは目を見開いた。


「だって、パンツ見せまくって大サービスだったじゃないの」


「ち、違いますぅ!ていうか助けたのに酷いですぅ!ぐすん……」


 アネットの余りにあんまりな言葉に、リゼットは思わず泣きそうになってしまった。


「って、冗談よ冗談。助けてくれてありがとね、リゼット」


 悪戯っぽい笑顔のアネットがそう言った。


「ぐすん……ふぇ?冗談?良かったですぅ。本当は私だってスカートは嫌なんですよぉ。でも私の戦闘スタイルでメイド服だとぉ、どうしようもなくてぇ……それにレオニー様がその方が敵が油断するからってぇ……」


「アンタも苦労してるわね……それしても、あのおっかない殺し屋メイドも王女様に負けず劣らず結構酷いわよね……」


「そうなんですよぉ、皆んなイカれてますぅ」


 と、そこで、マリーの声がした。


「ねえ、貴方達……」


「「ひぃ!?」」


 二人は話題のおっかない王女様の方を恐る恐る見たが、彼女の言葉は意外なものだった。


「一番エロいのは『忍び装束姿のレオニー』に決まっているじゃないですか」


「「え?」」


 あまりに予想外過ぎるマリーの言葉に、二人共ポカンとしてしまった。


 そんな二人を尻目にマリーは話を続ける。


「あの服は、ボディラインがモロに出ますし、加えて横乳や太腿が直接見えますから、もうこれ以上に無いぐらいエロいです。犯罪的です。あれに比べたらリゼットのパンチラなんか児戯に等しいですよ」


「「……」」


「なのに本人はそれに気づかず、周りを誘惑しまくっているのですから罪な女ですよね」


 マリーがやれやれ、と肩を竦めたところで三人の背後から声がした。


「それはそれは……大変申し訳ございませんでした、マリー様。自首致しましょうか?」


「「「!?」」」

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