第90話「少女の皮を被った化け物⑥」

 マリーとフィリップの『遊び』が始まってから数分後。


「ハァハァ、よ、よくも、私をこんな目に……」


 フィリップは肩で息をしながら、何とか言葉を絞り出した。


 なんと彼はマリーの猛攻で半殺しの憂き目に遭いながらも、奇跡的にまだ生きていたのだ。


 だが、その代償に彼はボロボロだ。


 衣服や髪は乱れ、全身は打撲だらけ。


 中でも特に酷いのが顔だ。


 フィリップ自慢の女受けするそれなりに美しい顔は、マリーの悪意ある集中攻撃でパンパンに膨らんで痛々しい限り。


 これでは暫く彼が女性を口説くことは難しいだろう。


「あらまあ!兄上は意外と頑丈なのですね!さっさと倒れていれば、お互い楽だったものを。ご褒美に、貴方を殺すのは最後にして差し上げてましょう」


 対するマリーは余裕たっぷりの笑みでそう告げた。


 が、しかし彼女の内心は違っていた。


(マズいですわね、この男、予想外に丈夫です。逆にそろそろ私の体力がもたなくなりそうなのですが……これはもし、最後の力を振り絞って反撃されたら多少面倒なことになるかも知れませんね)


 実はマリーは実戦慣れしていないので、今回アドレナリン全開でフィリップに攻撃をぶちかましていた為、体力を過度に消耗してしまったのだ。


 普段から大人っぽい彼女ではあるが、やはり、そういう部分はまだ13歳の少女なのである。


 それに、いくら体術の師範代といっても中身はさておき、身体は普通のか弱い?乙女なので、はっきり言って元々の体力もあまり無いのだ。


 逆にフィリップは特別強くは無いが、王族として最低限の護身術を学び、加えてそれなりのトレーニングを積んでいるので、マリーに比べて無駄にHPが高く硬い。


 更に彼は、最初の一撃こそ不意打ちでモロに喰らったが、その後の攻撃はかろうじて致命傷だけは避け続けていた。


 そうやってフィリップがなんとか粘り、今に至るのだ。


 なんというか、そのタフネスとバイタリティは腐ってもリアンと同じ血を引く王族で、一応はラスボス、と言ったところだろうか。


 まあ、マリーの体力がもう少しだけ持てば、今頃彼女の攻撃でガードしたままフィリップは削り殺されていたところだが。


 閑話休題。


 兎に角、マリーは肉体的にはあくまで普通?の少女なので、シロクマや殺し屋メイドとは違うのだ。


 つまり彼女は今、若干のピンチなのである。


 しかも、フィリップの執念は凄まじく、この期に及んでまだ反撃を諦めていない。


 そればかりか、目ざとく彼女の体力が残り少ないことに気付いている。


 この辺りは流石、それなりに賢いラスボスのフィリップ氏である。


「ハァハァ、そんなことを言って、お前もそろそろ限界なのだろう?」


 そこで彼はニヤリと嫌らしく笑った。


「さあ、どうでしょうか」


 しかし、マリーは惚けた顔で肩をすくめて見せただけだ。


「図星か。では、反撃といこうか!」


 それを肯定と受け取ったフィリップは、側の暖炉にある火かき棒を手に取ると、マリーに向かって構えた。


 だが、それでもマリーは余裕の笑みを崩さず、それどころか彼を挑発した。


「掛かってこないので?やはり、私が怖いのですか?」


「減らず口を!死ね!」


 アドレナリン全開で一時的に痛みを忘れたフィリップは、残った全ての力を振り絞り、マリーに迫る。


 そして、彼女に向かって振りかぶった火かき棒を勢いよく振り下ろした……が、当たらない。


 マリーは、ひらりとその一撃を避けると、逆に足を引っ掛けてフィリップを転倒させてしまった。


「ぶへぇっ!」


 彼は勢いのままバタン、と激しく床に叩きつけられ、うめき声を上げた。


 それを彼女は見下すような表情で見つめ、不遜な態度で嫌味ったらしく告げた。


「ふん、反撃とはそんなものですか?全く、お可愛いことで」


「くっ!……こ、この悪魔め!」


 ボロボロになったフィリップは、悔しさを顔に滲ませながらヨロヨロと立ち上がり、マリー向かって喚いた。


「いや、そんな可愛いものでは無いな……お前は少女の皮を被った化け物だ!」


「まあ!か弱い乙女に向かってなんて酷いことを言うのかしら!」


 マリーは芝居掛かった感じで、わざとらしく叫んだ。


「何が乙女だ!そして……何が愛だ!お前など、アイツに女として見向きもされないガキンチョの癖に!」


 と、そこでフィリップは無意識に一番大きな地雷を踏み抜いた。


「なっ!?」


 流石のマリーも今のセリフは許せなかったようで、一気に頭に血が上って素に戻ってしまった。


 しかし、半分ヤケになっているフィリップは更にテンション高く彼女を罵り続けた。


「図星なのだろう?そもそも、お前のような化け物を心から愛せる男など、この世界のどこにもいはしないのだ!アッハッハッハ!」


『ブチッ』


 と、そこで明らかにマリーから何かが切れる音がしたのだが、この憐れな男は気づかない。


「この……愚か者め」


 そして、彼女からはドス黒い何かが溢れ出し、地獄のそこから響いて来たような恐ろしい声で言った。


「どうした?悔しかったら反論してみろ!この化け物め!」


 それでも空気が読めないこのバカは、さらに化け物……もといマリーを煽る。


 そして……。


「……どうしても死にたいようですね。残念ですが先ほどの約束は撤回します。貴方を殺すのは最後だと言いましたね?……あれはウソです!」


「ふん!誰がお前などにやられるか!直ぐに応援が来て、お前ら全員あの世に……」


 と、そこでマリーは突然、話を無視してフィリップの方へ駆け出した。


「は!?」


 いきなりのことにフィリップは驚愕し、一瞬だけ反応が遅れた。


 そして、この一瞬が命取りになった。


 ブチ切れたマリーはタタタ!っと軽やかに接近すると、直前でシュタッと踏切りジャンプして叫んだ。


「必殺!マリーちゃんドロップキック!」


 そのままマリーのドロップキックが派手にフィリップの顔面に直撃した。


「ぶへぇっ!」


 マリーの両足を顔面に喰らったフィリップは、情け無い声を上げながら吹っ飛んだ。


 更に後ろにいた誰かを巻き込んで盛大に倒れて、そのまま床をゴロゴロと転がって気絶した。


 それを見たマリーは、


「ふんっ!くたばれ、ですわ!」


 と、気絶しているフィリップに向かって叫んだ後、


「ふぅ、こほん。私の想いが報われようが、そうでなかろうが、どうでもいいことなのです。私はただ、あの人の役に立ちたいだけなのですから。まあ、貴方には一生理解など出来ないでしょうけどね……」


 と、皮肉げな笑みを浮かべながら続けた。

 

 そして、最後に少し声のトーンを落とし、影のある表情で付け加えた。


「……ただ、貴方の言葉で一つだけ合っている点があるとすれば……それは私の想いを、あの人に気付いて貰えていないことです。これはとても……とても辛いことです」




 マリーがシリアスな感じになっているその時、リゼットは……。


「全く、造作もない。こんな連中、ただの案山子ですね。レオニー様なら瞬きする間に皆殺しにできそうです」


 感情を感じさせない能面のような顔で、足元に転がった衛兵達を一瞥し、冷たい声でそう呟いた。


「いたぞ!あのメイドだ!」


 そこでドアからドカドカと新手が入って来た。


「ふう、次から次へと……せい!」


 それを一瞥したリゼットは、再びスカートを跳ね上げてお色気サービスをした後、素早くナイフを投擲したのだった。




 そして、最後にアネットはというと……。

 

「なあアネット、久しぶりに楽しもうぜ」


「アンタ達なんかお断りよ!」


「連れないねぇ、ぐへへ」


 モブ男達に囲まれ、テーブルを背に追い詰められていた。


「こ、来ないで!」


 唯一の常人枠であるアネット、地味にピンチ。

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