第72話「断捨離作戦②」

「諸君、今から本作戦Bグループの指揮を王都衛兵司令である私……ではなく、マリー=テレーズ殿下が直々に指揮を執られる!」


 燻銀の渋い衛兵司令が、突然とんでもないことを言い出した。


「「「!?」」」


 当然、それを聞いたBグループの面々は騒然となったが、そこでマリーが壇上に上がり話し出した。


「皆さん、ご機嫌よう。お聞きの通り、私、マリー=テレーズがこの場の指揮を執りますので、宜しくお願いしますね」


 彼女はそう告げると、可愛らしく微笑んで見せた。


「「「は、はい……」」」


 だが皆、一様に思う。


 この可愛らしい少女が指揮を執る?


 本当に大丈夫なのか?


 おままごとではないのだぞ?と。


 そんな思いを知ってか知らずか、マリーはそのまま話を続けた。


「さて、では私の方針をお伝えします。先程お義兄様はあのように仰りましたが……」


 と、そこから急にマリーの声のトーンと雰囲気が明らかに変わった。


「悪徳貴族などに情けは無用です!抵抗と言わず、僅かでも反抗的な態度や言動があれば躊躇なく、必ず血溜まりの中に沈めてやりなさい!」


 そして、ついに彼女は腹黒王女の本性を現した。


 しかも有無言わせない迫力がある。


「「「!?」」」


 それに対して、いきなり可愛らしい王女が非常に物騒なことを言い出した為、皆一様に目を見開き驚愕した。


「何故なら、その場で反抗することは即ち、リアンお義兄様に楯突くということだからです!そのような輩は抹殺せねばなりません。情けは無用です!」


 そこで更にマリーの声に力がこもった。


「「「なっ!?」」」


 そして、筋肉モリモリマッチョマンな軍人やスマートな官僚達が、ただただ一人の少女に圧倒されていた。


「また、一言でもお義兄様への暴言があれば同様です。例え女、子供であろうが関係ありません。共に地獄へ送ってやりなさい!」


 そこでこの王女は、少女の皮を被った悪魔ではないか、と皆が割と本気で思ったりした。


「「「うわぁ……え?でもマリー様も少女……」」」


 と、更にヒートアップしたマリーが捲し立てたところで、同時多発ツッコミが発生した。


 だが、それを敏感に感じ取ったマリーは、


「……あ、今私のことを『お前も女、子供で、ちびっ子だろう!』と心の中でツッコミを入れた方、今すぐ名乗りでなさい。一足先にあの世に送ってあげますから」


 容赦なく威嚇。


「「「………」」」


 それに対して完全に会議室は沈黙し、マリーはその状況を一瞥すると話を続けた。


「最後に、この作戦の成否はお義兄様の名誉に関わります。ですから失敗は絶対に許されません。万が一、失敗したら全員、死あるのみです」


 最早、暴君である。


「「「!?」」」


「……それぐらいの覚悟で臨めということです!悪徳貴族達と運命を共にしたくなければ、死ぬ気で任務を果たしなさい!以上、解散です!」


 マリーは話終え、鋭く解散を宣言した。


「「「イエス、マム!」」」


 恐ろしい程見事に揃った返事のあと、その場のメンバーは我先にと慌てて持ち場へと散って行った。


 直後、演説を終えたマリーに、唐突に声を掛けた者がいた。


「相変わらず、王子様のことになると容赦がないわねぇ」


 呆れながら声を掛けたのは、哀れにも真夜中に呼び出されたアネットである。


「当たり前です。お義兄様の為ですから」


 それにマリーは当然のことと、涼しい顔で答えた。


「はいはい、わかってる……で、何でこんな真夜中にアタシはここに呼び出されたの?」


 アネットが今度は眠そうにしながら問うた。


「何って、どうせ暇でしょう?」


 が、相変わらず酷い答えが返ってくる。


「ちょっと!?本当にそれが理由なら流石にアタシもキレるわよ!?」


 アネットも我慢の限界と、この返答に食ってかかろうとするが、


「冗談ですよ。これはお勉強です」


「勉強?」


 マリーの言葉にひとまず怒りを抑えた。


「ええ、貴方は公王妃となるのですから、こう言うことも見ておいて損は無いと思いますよ?」


 今度は真面目な顔でマリーが続けた。


「むむ、確かに……。ありがと」


 そして、アネットはそれに納得し、素直に礼を言うことにした。


 上手く騙されたとも知らずに。 


「いえいえ」


(まあ、それも本当ではありますが、実は暇になったら、からかって遊ぼうかと思って呼んだのですけどね)


 と、そこで今度はマリーがいつの間にかアネットの横にいた少女に明るく声を掛けた。


「ノエル、貴方も頼むわね?」


「はい、頑張ります!マリー様!」


 それに元気よくノエルは答えたが反対にマリーは、


「……」


 無言。


「マ、マリー様?」


 戸惑うノエル。


 プイッ!


「マリー殿下?」


 プイッ!


「……マリーお姉ちゃん?」


 そして、ようやくマリーが反応した。


「はいはい〜、マリーお姉ちゃんですよ♪」


 しかも満面の笑みで。


「……で、ではボクもお兄ちゃんの為に悪い奴らを捕まえに行ってきます!」


 ノエルは顔を痙攣らせつつも、マリーに出発の報告を済ませたのだが……。


「ええ、気をつけて行ってくるのよノエル?」


 マリーは急に心配そうな顔になった。


「はい、マリーさ……」


 プイッ!


「マリーお姉ちゃん……」


 哀れなノエルはこの不毛なやり取りの所為で、出撃前に既にお疲れモードだ。


「はい♪あ、ノエル、ちゃんと武器は持った?鎖帷子の整備は大丈夫?危なくなったら直ぐに帰ってくるのよ?」


 だが、マリーは珍しく空気を読まずに捲し立て続けた。


「はい……」


「あと、ハンカチと塵紙は?ああ!おやつは三百ランスまでよ?それに怖くなったらいつでも戻ってきなさいね?いいですわね?」


 だが、ここでついにノエルは限界を迎え、逃げ出すことに決めた。


「と、兎に角行ってきます!お姉ちゃん!」


 そう言い残してノエルは慌てて去って行った。


「ああ、あんなに急いで転んだりしないかしら、心配だわ」


 名残惜しそうに、そして心配そうにマリーは見送る。


「ねえ、いくら何でも過保護過ぎじゃない?」


 そこに当然のツッコミを引き気味のアネットが入れた。


「そうですか?そんなことはないと思いますが」


 だが、マリーはきょとん、としている。


「自覚なしか……。てか、一体いつからあの娘と仲良くなったの?」


 そこで呆れ気味にアネットがマリーに純粋な疑問をぶつけた。


「え?」


「だって、あのノエルって子を捕まえた時、レオニーを使ったり、アタシを水責めにしたりして脅した上、最後は死刑だー!って叫んでたじゃないの」


 まるでわからないという感じのマリーに、アネットは補足した。


「ああ、そんなこともありましたわね」


 が、マリーはその程度の認識だ。


「ねえ、何があったの?」


「仕方ありませんね、あれは……」


 やれやれと、そこでマリーは回想を始めたのだった。




 あれはノエルがリアンお義兄様を『お兄ちゃん』と呼んでから数日後のことでした。


 その時私は怒り狂いながら大股で廊下を歩いていました。


 いきなり現れた憎っくきライバル、ノエルとかいう少女の元へ行くために。


 その途中で私は、


 何が「お兄ちゃんって呼んでいいですか?」ですか!義妹は私一人で十分です!これ以上増えてたまりますか!とか。


 このままでは私のアイデンティティの危機です!とか。


 ああ!もうイライラします!今からあの小娘と直に会って、必ず撤回させてやります!断るなら死刑です!


 などと心の中で叫んで……いえ、口に出ていたかもしれません。


 怒りのあまり我を忘れかけていた私は、気が付けばノエルが居る牢まで来ていました。


 そして、目的を果たすべく、鉄格子の向こう側に所在なげに座っている少女に声を掛けたのでした。


「ご機嫌よう、ノエル」


 突然の呼び掛けに、


「ふぇっ!あ、こ、こんにちは!」


 ノエルは慌てた様子で答えました。


「私、リアンお義兄様の義妹!、義妹!のマリーと申します」


 まずは本物の義妹として、その部分を強調しながらジャブです。


「え!?王女様なんですか!?」


 が、ノエルはそれを華麗にスルーし、純粋に私の身分に驚いていました。


 ぐぬぬ。


「ええ。それで今日は貴方にお話があって来ましたの」


 失敗に苛立ちつつも、私は話を進めます。


「お姫様がボクなんかに一体なんの御用ですか?」


 ノエルは私の言葉に、まるで純粋さの塊の様なキラキラした目で疑問をぶつけて来ました。


 ああ、腹黒い私には眩し過ぎます……ではなく!やり辛いですわね。


「ええ、他でもありません。貴方は先日、リアンお義兄様に対して妹になりたい、と言ったとか?」


「え?は、はい!言いました!」


 だからそのキラキラした目をおやめなさい……。


 でも、我慢しません!言ってやりますわ!


「貴方、お義兄様の優しさに付け込んでなんて図々しいことを……私はそんなこと絶対認めませ……」


 と、私が言いかけた時でした。


「あ、そうだ!ボクが王子様の妹だったら、マリー様はボクのお姉ちゃんですね!」


 ノエルはまたもや、純真な感じで思いついたことをそのまま口にしたのです。


 ですが、今度のその言葉は私の心に凄まじい衝撃を与えたのです。


「……え?今、何て?」


 お姉ちゃん?


 私が、お姉ちゃん?……!!


 いい!!素晴らしい!!


 お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん!


 ああ、何て甘美な響きなのでしょうか!


 私、元々一人っ子でしたし、王家に引き取られてからも末っ子でしたから、妹が欲しかったのですよ!


 うん、ありです!


 仕方ありません、特別にノエルを義妹として認めましょう!


 と、そこでトリップしていた私は我に返りました。


「あ!ごめんなさい!ボクなんかがお姫様に向かってお姉ちゃんだなんて……、ていうか、そもそもボクが王子様の妹なんて許され……」


 と、そこで漸く自分の発言の重大さに気付いたノエルでしたが、私はそこでキッパリと言いました。


「許します」


 ドヤァ!な感じで。


「……ないですよね?……え?ええ!?本当にいいんですか!?」


 ここで初めてノエルが驚いて目を白黒させていました。


「はい、特別に許しましょう。ですが、その代わり」


 私はここで真面目な顔になり、重要な事柄を告げます。


「その代わり?」


 ノエルはおっかなびっくり先を促します。


「私のことを、『お姉ちゃん』と呼びなさい。いいですわね?」


 キリッ!


「ええ!そんな、恐れ多いですマリー様!」


 仰天したノエルは早速私の呼び方を間違えてしまいましたので、私はプイッ!っとそっぽを向きます。


「え?マ、マリー様?」


 プイッ!


「……マリーお姉ちゃん?」


 えへへ、良い響きですねー。


「はい!正解!これから宜しくお願いしますね、ノエル」


 そして、ニッコリ笑って私は告げました。


「はい!こちらこそお願いします!マリーさ……お姉ちゃん!」


 ああ、ノエル可愛いです!萌えます!妹萌えです!最高です!




「と、こんなことがありまして、ノエルは私の義妹になりました」


 ドヤァと、マリーが胸を張った。


「……」


「それでですね、それ以来ノエルが可愛くて可愛くて仕方がないのです!」


 さらにマリーが力説した。


「……」


 が、アネットはげんなりしたまま無言だ。


「あのぉ〜マリー様ぁ〜」


 と、そこでリゼットが申し訳無さそうに割り込んだ。


「何?今いいところなのだけど?邪魔すると搾るわよ?」


 マリーは良いところで邪魔をされ、ギロリとリゼットを睨みつけた。


「ひぃ!?」


 それに対して、咄嗟にリゼットは胸を庇いながら後ずさった。


「って、そうじゃないですぅ。マリー様ぁ、そろそろ各屋敷に踏み込む時間なのですよぉ」


 と、そこで役目を思い出したリゼットが懸命に用件を伝えた。


「あら?もうそんな時間なの……」


 そう言うとマリーはニヤリと笑い、一言。


「さあ、パーティーを始めましょうか」

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