第73話「断捨離作戦③」

「デュマ男爵邸、制圧!死傷者なし!」


「ルロワ伯爵邸、抵抗なし!対象の全員を拘束!」


「モロー子爵邸、他二件も同様に制圧完了です!」


 作戦が始まって1時間もしないうちにBグループ本部のある会議室には、次々と制圧成功の報告が入ってきました。


 いいですね、順調です。


 無駄な犠牲者もまだいませんし、残りの三件もこの調子でスムーズにいけると良いのですが。


 と、そこで、


「モマ侯爵邸、制圧完了!その際、一名が若干の抵抗に遭い負傷した模様です」


 おや、ここまでは皆包囲されたと知ると大人しく投降していたようですが、モマ侯爵は少しは骨があったようですね。


 まあ、抵抗したということは、今頃現場は地獄に……。


「なお、抵抗した対象は拘束したとのことです!」


「あら?誰かしら私の指示を聞いていなかったのは……」


 おやおや、これはいけませんねぇ。


「え、ええと、それが……暗部所属のノエルと言う少女とのことです……」


 ですが、詳細を聞いた私はそんなことはどうでもよくなりました。


「なっ!ノエルが負傷!?具合は?」


「は、はい、軽傷とのことです」


 私の剣幕に怯えながら連絡員が答えました。


 ふう、よかった、取り敢えず安心です。


「そうですか……」


 あとは、女の子ですから顔など見える部分に跡が残るような傷でなければいいのですが……。


 ああ!こんな事なら、やはり幾ら本人が希望したからと言っても、ノエルを暗部の所属にしたのが間違いでした。


 やっぱり、作戦が終わったら私付きのメイドにしましょう。


 あと、言いつけを破ったからにはお仕置きをしないとけませんわね、メッってしないと。


 さて、残りの対象は……と、私が思ったところで、会議室に場違いな若いメイドが恐る恐るという感じで入ってきました。


 そして、彼女は私のところまで来ると一礼。


「マリー様、失礼致します」


「あら、どうかしましたか?」


 彼女はレオニーやリゼットと違い、正真正銘普通のメイドなのですが、わざわざここまで私を呼びに来るとは一体?


「はい、マリー様。本日は陛下とご朝食を共にして頂く日ですので、お迎えにあがりました」


 と、若いメイドは私の問いに恭しく答えました。


 ああ、そう言えば今日はお義父様と朝食をご一緒する日でしたわね。


 表向きには普段通りのスケジュールで私が動いていることになっているのを忘れていました。


 ですが忙しいですし、何よりお義父様の親バカがウザいので今日は遠慮すると致しましょう。


「申し訳ありませんが、見ての通り私は今とても忙しいので、今日は遠慮させて頂きます、とお伝えして下さいな」


 こうして私はノン、と答えたのですが、しかし。


「……あの、マリー様。大変心苦しいのですが、陛下より必ずお連れするようにと……と言うかマリー様がいないと嫌だとゴネていまして、非常にウザいのでどうか、どうか!お願い致します!」


 そのように若いメイドは涙ながらに訴えてきました。


 くっ!あの髭め……。


 はぁ、断ってもきっと私が行くと言うまでお義父様はゴネるでしょうし、この若いメイドを困らせるのも可哀想なので仕方ありません。


 行くとしましょうか。


 作戦の経過も順調ですし、そう言えば少しお腹も空きました。


 あと、衛兵司令は信頼できる人物ですし、ここを任せても大丈夫でしょうから。


「わかりましたわ、誠に遺憾ではありますが、参りましょう」


「あ、ありがとうございます!マリー様!では、早速!」


 私の返事にメイドはまるで神の信託でも聞いたかのように涙を流して喜びました。


「では、そういう訳で私は少し席を外しますので衛兵司令、後は宜しくお願いしますね」


「はっ!畏まりました!マリー様!」


 私の言葉に衛兵司令は生真面目に答え、敬礼しました。


「では、参りましょうか」


 凄く行きたくありませんが……。


 と、お父様と一緒に朝食を摂る為、この場を後にした私だったのですが、まさかこの後、激しく後悔することになるとは……。




 それから約十分後。


「……と、まあそんな感じでマリー様ったら人使いが荒くて大変なのですよぉ」


 割と暇になったリゼットがアネット相手に愚痴を零していた。


「分かるわぁ、アタシもあの腹黒王女様が組んだ容赦ない花嫁修行カリキュラムに酷い目に遭わされてるもん」


 アネットもそれに同意する。


「お互い大変ですねぇ、アネット様ぁ。はぁ、私の心は悲鳴を上げているのですよぉ」


 それを聞いてリゼットが更に弱音を吐くが、


「同感。でもね、その心の叫びをお酒で流し込むのが社会人なのよ。辛いけど、今は自分と家族の為に耐えるしかないのよ」


 意外にもアネットはまともな返しをしたのだった。


「くぅ〜、辛いですよアネット様ぁ〜」


「仕方ないわねぇ、これが終わったら飲みに行くわよ?朝から開いてる居酒屋知ってるからさ」


 などと暇になったアネットとリゼットが愚痴りあっていると、そこで突然室内によく通る爽やかな声が響き、一人の美少年が入ってきた。


「やあ、みんなご苦労様。ここで何やら大捕物の指揮をしていると聞いて様子を見に来たのだけど」


 そして、その人物はウザいぐらいに爽やかな笑顔でそう告げたのだった。


「「「で、殿下!?」」」




 それから約三十分後。


 ああ、疲れましたわ……相変わらずお義父様はウザ過ぎです。


 家出してやろうかしら……。


 私がそんなことを考えながら会議室に戻った瞬間、


「マリー様ぁ!た、大変でございますぅ!」


 血相を変えたリゼットが私の元へ走ってきました。


「どうしたの?そんなに慌てて。もしかして対象に逃げられたの?」


 もしそうなら困ったものですが、別にそこまで慌てることかしら?


「ち、違いますぅ!作戦は全て順調に進んで対象は全員捕まえましたぁ」


「ではどうしたというの?」


 全く、騒がしいホルスタインだこと。


「は、はいぃ、それがぁ、先程マリー様が席を外された直後にぃ、ここにフィリップ殿下がいらしてぇ」


「なっ!あの男がここに来たですって!?」


「はぃ!」


 くっ、抜かりました。


 まさか、今更あの男が出てくるなんて……。


 でも、一体何をしに?


 作戦の邪魔をしてリアンお義兄様に恥をかかせるつもりなら、もっと早く来る筈。


「リゼット、あの男はここで何をしたの?」


「ええっとぉ、それがぁ、ここを視察されながら皆んなに労いの言葉をかけられてぇ、そのままお帰りに……」


「え?それだけ?」


 おかしい、あの小賢しい男が何もしない筈はないのですが。


「はいぃ」


 分かりません。


 あの男の目的は何?


 と、そこで偶然視線を落とした先に私の机が視界に入り、そこで私は違和感を覚えました。


 ん?何か違うような……。


 すると、そのタイミングで、


「ああ、そう言えばフィリップ様がそこの資料を見てたわよ?」


 と、横からアネットが言いました。


「え?」


 なるほど、違和感は資料の順番が入れ替わっていたから、ですか。


 そして、今一番上に来ているのは……Aグループの行動予定!?


 はっ!これはマズいです!


「リゼット!あの男が帰ってから早馬が出ていないかを直ぐに確認なさい!」


 それに対して反射的に私はそう叫んでいました。


「は、はぃ!」


 突然の命令にリゼットは慌てながら確認に走っていきました。


 それを隣でアネットは不思議そうに見送りながら、


「ねぇ、血相を変えてどうしたの王女様?」


 と、理由を尋ねてきました。


「どうしたも、こうしたもありませんよ。これは最悪の事態かも知れません」


「え?だってフィリップ様にちょっと資料を見られただけでしょ?それがどうしたの?」


 そのちょっとがマズかったのですよ。


「それが困るのです。あの男が見たのはAグループの行動予定、更に言えばリアンお義兄様の予定です」


「え?それってつまり……」


 流石のアネットもどうやら察したようです。


「はい、リアンお義兄様のお命が危ないかも知れません」


「ちょ、ちょっとヤバいじゃない!早く何とかしなさいよ!?」


 彼女もお義兄様の危機に慌て始めました。


「わかっています!だからリゼットに確認を……」


 そこでちょうどリゼットが戻って来たようです。


 私の元まで走って来た彼女は荒い息のまま叫ぶ様に報告しました。


「マリー様ぁ〜!大変ですぅ!少し前にフィリップ様の命を受けた早馬が十騎以上出ていますぅ〜!」


「くっ!やはり……」


 やられました……恐らく行き先は今回の摘発対象の貴族達と、第二王子派の貴族達。


 連中から兵を出させてお義兄様を討ち取る算段でしょう。


 残念ながら今から追いかけても全ての使者を確実に止めることは難しいですね。


 それに、お義兄様に纏った数の援軍を送ろうにも、今から急いで準備をさせても時間がかかり過ぎます。


 仕方ありません、出来ることをしましょう。


「リゼット、難しいとは思うけど一応使者を追跡させて。あと……」


 早くお義兄様に知らせなければ!


 幾らセシル姉様がついているとはいえ、数千の軍勢に囲まれたら……普通に勝ちそうですわね……ではなくて!


 お義兄様が危険ですわ!……ん?セシル姉様がついている?……ああ!姉様と言えばそうですわ!


 ああ、あの手がありますわ!


「あと、セシル姉様に言伝を。あ、お義兄様には心配を掛けたくありませんから知られないように」


「え?ちょっと、心配掛けたくないのは分かるけど王子様に知らせなくて本当に大丈夫なの?」


 ええ、大丈夫ですとも。


 だって、あの辺りは……。


「はい、大丈夫です。お義兄様達が通るルートの近くには……」


 と、言いかけた時に、ちょうどノエルが気まずそうな顔で帰ってきました。


 しかも後ろ手に何か隠していますわね。


「た、只今戻りました……お、お姉ちゃん」


 もうノエルったら、そんなにオドオドしなくても怒ったりしませんのに。


「お帰りなさいノエル。怪我は大丈夫ですの?」


 それが一番心配なのです。


「うん、ちょっと引っ掻かれただけだから大丈夫です」


 引っ掻かれた?生意気な女でも引っ叩いてきたのかしら?


「そう、無事でよかったわ」


「あと、ごめんなさい!ボク、お姉ちゃんの言いつけを破りました……。でも、どうしてもボクには出来なくて……」


 そして、ノエルは必死に謝りました。


「仕方ありませんわ、まだ研修中ですし。次から気を……」


 やれやれ、ついつい妹分には甘くなってしま……、


「にゃあ」


 ?


「にゃあ?」


「あ、まだダメだよ!」


 慌てたノエルの後ろから何やら小さな影が飛び出してきました。


 そして、それは私のところやってきてスリスリしています。


 ……可愛い。


「ノエル、この子は?」


「はい、モマ侯爵邸からここまでついてきちゃって……。実はボクの傷も邸内に入った時に、ビックリしたこの子に引っ掻かれちゃって……」


「ああ、なるほど」


 そういうことでしたの。


「それで驚かせたお詫びに食べ物をあげたらついてきちゃって……お願い、この子を助けてお姉ちゃん!」


 猫の為に必死なノエルも可愛いですわ。


 ちょっと意地悪したくなってしまうくらいに。


「ダメよノエル、例外はありません。この猫を三味線になさい!」


 私は内心で笑いを堪えつつ、冷酷な表情を作りながら告げました。


「え!?そんな……」


「にゃ!?」


「ひどっ!」


 すると、何故か猫とアネットまで驚いています。


「……なんて冗談ですよ。私がそんな酷いことをする様に見えますか?」


 ここでネタバラしです。


「はい……」


「にゃあ……」


「うん……」


 ……こいつら。


「失礼な!全く貴方達は……と、今はそれどころではありません。ノエル!」


「はい!」


「今から姉様に手紙を書くのでそれを急いで届けて下さい」

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