第46話「悪役令嬢爆誕⑩」

「そうだ!良いことを思いつきました!」


 もの凄く嫌な予感しかしない親衛隊の面々。


 しかし、そんなことは全く気にもせず、セシルは壁際に飾ってある甲冑から、二本の剣を抜き取って鼻歌まじりに戻ってきた。


「これを使います♪」


 と言ってセシルは二本の長剣を掲げて見せる。


 悪役令嬢が両手に剣を持っている姿は、実にシュールである。


「い、幾らセシル様でもあの扉は難しいのでは?かなり分厚いですよ?と言うか、物を壊すのはやめましょう!」


 エリーズが焦りながら懇願した。


「あ、姉御、流石にマズいですよ!やめましょう!」


 リアーヌも続いた……が、


「心配しないで二人とも。この展示用のなまくらでも、あのぐらいの扉なら全然大丈夫。紙みたいなものよ」


 見当違いな返答をしながらセシルは笑顔で受け負って見せる。


「いえ、そうではなく……」


「ダメだ姉御!これ以上は……」


 二人の叫びも虚しくセシルは、


「それにお母様も言っていたわ、社交界を制する為に必要なのは腕力だって!」


 そう言い残し、楽しそうに扉の前に進んでいった。


 数メートル手前で立ち止まるとセシルは両手の剣を逆手に持ち変え、腰を少し落として構えた。


 目を瞑り、呼吸を整え、そして、カッと目を見開き叫んだ。


「スービーズ流、両手剣術、奥義!回閃剣舞、八連!」


 次の瞬間セシルの両手剣から、まるで何処の隠密御庭番衆御頭の奥義のような一瞬八斬が繰り出され、ドアは粉々になった。


「ああ、なんてことを……」


 エリーズは頭を抱え、


「姉御、やっちまったよ……」


 リアーヌは天を仰いだ。


 無くなったドアを挟んで反対側には、突然ドアが消滅したことが理解できない令嬢達がフリーズしていた。


 そこへ、両手に剣を持ったままの笑顔のセシルが悠然と進んで行く。


 そして立ち止まり、一言。


「皆様ご機嫌よう。少々トラブルがありましたが、何とか時間に間に合って良かったですわ」


 両手に剣を携えたまま、悪役令嬢ルックのセシルはニッコリと笑いながら優雅にカーテシーを決めた。


「「「……」」」


 ステファニーを始め、反セシル派閥の長たちはまだショックから立ち直れず、ただ呆然とティーカップを持ったまま固まっている。


 そして、セシルは、


「あら、この香りは……私この茶葉は好みではありませんの。全く、気が利きませんこと。アタクシを慰めてくれるのではなくて?」


 今度は恐ろしい笑顔でセシルが言うと、皆震え上がった。


「さあ、お茶会を始めましょうか」


「「「ひぃっ!」」」


 十分後。


 反セシル派閥の長達がセシルに平伏していた。


「申し訳ありませんでしたセシル様!」


「どうかお許しを!絶対服従致しますので、借財の件はご内密に……」


「命ばかりはお助けを!家族だけでも何とかお願いします!」


「どうか、あのパーティーの件は公表しないで下さいまし!」


「ハァハァ、もっと、もっと罵って下さい!セシル様!」


 彼女達からは既に、この間までセシルに嫌がらせをしていた面影は微塵も無くなっていた。


 実はセシルはマリーに頼んで各派閥のリーダーの情報を集めていたのだ。


 そして、マリーが提供した情報には彼女達の弱みがしっかりと書かれていた。


 因みに、内容は婚約者が居るのにも関わらず別に男がいるとか、ギャンブル癖があり家に秘密で借金があるとか、乱○パーティーに参加していたとか、特殊な性癖があるとか、ロクでもないモノばかり。


 これには流石のマリーとセシルもドン引きだった。


 それをセシルは存分に活用し、令嬢達を精神的に追い詰めて、ここに絶対服従を誓わせたのである。


「仕方ありませんわね、では私に絶対の忠誠を誓うのならば許しましょう」


「「「はい、誓います!」」」


「宜しい、では最初のお願いです。まず、今から集められるだけ令嬢をここに集めて下さいな」


 セシルは早速、鷹揚に命令した。


「「「畏まりました、セシル様」」」


 そして、各派閥の長達は昨日までの傲慢な態度が嘘のように恭しくそれに従ったのであった。


 少し時間が経過して……。


 広いサロンはセシルの命令で集められた令嬢達で埋め尽くされていた。


 入りきらなかった分はテラスや廊下で待機するほどの密度だ。


「大方集まりましたか、そろそろいいかしらね」


 それを見たセシルは満足そうに頷き、中央に準備された台に上がった。


 周りには反セシル派閥の長たちを跪かせている。


「では始めましょうか。エリーズ!」


「はい、セシル様。コホン、皆さん、本日は急な呼び出しにも関わらず、お集まり頂きありがとうございます。これから皆さんに重要な事柄を伝えしますからしっかりとお聞き下さいませ」


 セシルに促され、司会を務めるエリーズがアナウンスをした。


 静まりかえったサロンは緊張感て満ち満ちている。


 そして、皆が固唾を飲んで見守る中、セシルは力強く話し始めた。


「皆さん、ご機嫌よう。ご存じでしょうが、一応自己紹介を。私はスービーズ家の娘にして、マクシミリア殿下の婚約者、セシル=スービーズです」


 皆様は何を今更!と思われるだろうが、この場に居る大半はセシル悪役令嬢verを知らず、また見たことも無かった為、まずは誰なのかを分からせる必要があった。


「こほん。では、担当直入に言いましょう。皆さん、アタクシに従いなさい!」


「「「!?」」」


 突然の独裁宣言にサロンは騒然となった。


「皆様、静粛に!静粛に願います!」


 エリーズが必死に場を落ち着かせ、セシルが続ける。


「今日この時、この瞬間をもって、社交界は我が手に落ちました。見ての通り、各派閥のリーダー達は我が軍門に降り、私の行く手を遮るものは最早存在しません。そして、今後そんなものは許しません」


 まるで何処かの悪逆皇帝ル○ーシュの演説のような台詞を言ったセシルは、見せつける様に手に持った剣を掲げた。


「全ては無駄な抵抗です。ここではっきり宣言しますが、今後、派閥同士の無益な争いや、虐め、嫌がらせなど、一切を禁止します。もし、この決定に逆らう者がいれば容赦はしません。私が相手です。そして、宰相、国王陛下、マリー殿下などの方々全てが敵になると思いなさい!家族共々、二度とランスでは暮らせないと覚悟することになります。いいですわね?」


「「「………」」」


 しかし、余りのことに皆、思考停止してしまい返事が出来なかった。


「おかしいですわね、返事が聞こえませんわよ?早速アタクシに反抗するのかしら。三度は聞きません、いいですわね?」


 それを見たセシルは周りに鋭い視線を走らせた後、高圧的に返事を促した。


「「「はい!」」」


 セシルの余りの恐ろしさに令嬢達は間髪入れずに即答。


 それを見たセシルは満足そうに頷き、そして、


「オーホッホッホ!改めて命じます。皆さん、アタクシに従いなさい!」


 セシルは命令し、


「「「畏まりました、セシル様!」」」


 令嬢達はそれを受け入れた。


「宜しい、では今度は皆さんもご一緒に、オーホッホッホ!」


「「「オーホッホッホ!」」」


 そして、ランス社交界は甲高い笑い声に包まれた……。


 こうして、セシルが自由に暴れた結果、ランス社交界に平和が訪れたのだった。


 めでたし、めでたし?


 ー ー ー ー ー


 数時間後の宰相スービーズ公爵エクトルのオフィス。


 それは午後の麗かなひと時のこと。


 その日の彼は多忙で、朝出勤してから会議と書類の決済に追われ、気が付けばとうに正午を過ぎていた。


 やれやれ、と遅い昼食を取った後、珈琲と葉巻で束の間の休息を楽しんでいたその時。


 コンコン。


 と、無粋なノックの音で、彼は折角寛いでいた気分を台無しにされた。


 しかし、無視する訳にも行かず、入室を促す。


「どうぞ」


「失礼します!宰相閣下、大変です!」


 血相を変えて入ってきたのは秘書であり、姪でもあるメラニー。


「どうした、君らしくもなく慌てて」


「それが……、閣下にお会いしたいと言う方がいらっしゃいまして……」


「来客は普通のことだろう、それで?」


 メラニーの言葉を聞いて怪訝な表情のエクトルは、先を促す。


「50人程外でお待ちです……」


「ほう、50……50人!?一体どうしたんだ!?」


「そ、それが、なんでもセシル様に対する非礼をお詫びしたいと言うことで、本人と両親が何十組も来ています!」


「一体、何が?」


「さあ、私には分かりかねますが、皆一様に、家の取り潰しだけは御勘弁を、とか国外追放は嫌だとか、命ばかりはお助けを、などと……」


「……は?」


 彼は全く意味がわからない。


「あと……」


「まだあるのか……」


「それが……サロンの扉の修理費用及び枕代、いう請求書が届いております」


「サロンの扉?枕?セシルは何をしたのだろうか……」


 それから数日間、エクトルのもとには大量の貴族が謝罪に訪れたり、詫びの品が届き続けて、全く仕事にならなかったのだとか。

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