第45話「悪役令嬢爆誕⑨」

 ロザリー達が真っ青になっているが、そんなことをセシルは全く気にしない。


「は、話?」


 ショックの連続でロザリーは混乱のさなかにあり、話の切っ掛けなど既に覚えていなかった。


「アタクシの大切な妹分であるエリーズとリアーヌに暴言を吐いた上、アタクシに向かって無礼だ、とか何とか捲し立てていたのは、どこの誰だったかしら?」


「あ、あの……」


 強制的に思い出させられたロザリーだが、返す言葉がない。


「ただで済むと思うな、とも言われた気がするのだけれど?」


 セシルは更に追い詰める。


「そ、それは……」


 完全に言葉に窮したロザリーだったが、


「あと、ステファニーさんに言いつけるのだったかしら?」


 彼女はその言葉で起死回生の一手を思いついた。


 そう、自らの派閥の長であるステファニーのことを持ち出すと言う手段を。


 幾らセシルでも、同格の公爵家の令嬢であるステファニーを無下には出来なきないだろうと考えたのだが……。


「そうですわ!あの方なら流石のセシル様でも……」


「ああ、本当に無知なのね。我がスービーズ家が本気になればステファニーさんのご実家のデュラン公爵家なんて、明日には無くなりますわよ?」


 無駄だった。


「幾らなんでもそれは……」


「出来ますわよ?あんな家100軒ほど束になっても相手になりません。そもそも、建国前から王家と共に血と汗を流し、多大な犠牲を払いながらランスに貢献してきた我が家と、献金と政略結婚だけで公爵位を得ただけのデュラン家では格が違うのです。しかも権力争いばかりして国に害を為すばかり。その程度のデュラン家ですから全く相手になりませんわよ」


 無残にもロザリーの希望は打ち砕かれて、残ったのは絶望だけ。


「あ、ああ……」


 ここでロザリーは膝から崩れ落ちた。


「あと貴方が私を貶める理由にしている先日の件ですが、当家にはプラスなのですよ?」


 だが、セシルは気にせず話を進める。


「は?」


「考えても見なさい。王族が一方的に婚約破棄をしたのですよ?当然、侮辱された我が家は王家に貸しができ、王家に対して強く出られるようになります。よって当家の発言力は増しました」


「っ!」


「全く、浅はかですわね。少し考えれば分かりそうなものですのに。貴方、本当に貴族の令嬢なの?」


「……」


 最早、ロザリーに返す言葉はない。


「あと、付け加えますが、私が頼れる相手はお父様だけではなくてよ?」


「……」


「お義父様になる予定だった国王陛下は私のことをとても可愛がって下さいますし、マリー殿下も私のことを実の姉のように慕って下さっていますの」


「……」


「これで分かったかしら?自分の立場と言うものを」


「はい……」


 さっきからノーガードで打たれっぱなしだった彼女が漸く言うことが出来たのはその一言だけだった。


 ロザリーは光彩を失った目で力無く答えた後、そのままガックリと項垂れてしまった。


 だが、セシルはこれで終わりにするつもりはなく、容赦なく追い込んで行く。


「では、先程の件ですが、アタクシの可愛い妹分であり、お友達であり、従姉妹でもある、か弱いリアーヌと心優しいエリーズはとても傷つきました。その代償は何がいいかしら?」


「「「えっ!?」」」


 この台詞には、か弱い!?心優しい!?と、敵味方問わず、同時多発ツッコミが発生した。


「あ、あの、謝罪致します!今までのことも全て!申し訳ありませんでした!どうかお許しを!」


 ロザリーは最早これまでと跪き、謝罪を始めた。


 しかしセシルは、


「貴方、私をバカにしているの?貴方の謝罪に何の価値があるというのかしら?」


 まるで虫を見るような目で彼女を拒絶した。


「も、申し訳……」


「お黙り!この羽虫!……では、そうね……あ!そうですわ!ここにいる全員の実家を取り潰して、明日から平民になって貰いましょうか!」


 セシルはまるで、午後のお茶の葉は何がいいかしら?ぐらいの言い方でとんでもないことを言い出した。


「っ!?そ、そんなことが出来るわけ……」


 驚いたロザリーが反論しかけたが、


「出来ますわよ?先程の話を忘れたの?」


 とても良い笑顔のセシルに瞬殺された。


「う、うう……」


「さて、ここにいる方々のご実家を全部取り潰しにする訳ですが……これを誰にお願いしようかしら。陛下?マリー殿下?お父様?ねえ、誰がいいと思う?」


 今度はティータイムのお茶受けは何処のお店のケーキがいいかしら?ぐらいのノリでセシルはロザリーに問うた。


「ひっ、ど、どうかお許しを!」


 パニックになり掛けながら、ロザリーは必死に謝罪の言葉を口にした。


「誰が喋っていいと言ったの?」


 が、セシルは彼女を冷くあしらった。


「っ!」


「全く、うるさい虫ね。でも、そうね……」


 何か思いついたらしいセシルが今度は邪悪な顔つきになった。


「……」


「貴方がここで心から、誠心誠意謝罪することが出来たら考えないこともないわ」


「ほ、本当ですか!?」


 僅かな希望が芽生え、ロザリーは顔をパァっと明るくして聞き返す。


「ええ、地面に頭を擦り付けて無様に私におねだりして見せなさい。そうしたら考えてあげる」


 まるで何処の銀行員みたいな事を言い始めたセシルはニヤリと嫌らしく笑い、残酷に告げた。


「う、そ、そんなぁ」


 それを今にも泣きそうな顔で聞いたロザリーは、やるしかないと分かってはいても、微かに残っていたプライドが邪魔をして身体が動かなかった。


「じゃあもういいわ。明日から全員平民になりなさい」


 そんなロザリーを見たセシルは、無常にも会話を打ち切った。


「あ、あぅ。やります、今やりますからぁ!」


 恥も外聞もなく、生き残る為に必死で食い下がるロザリーだが、


「もう結構。私は忙しいの。今からお茶会に出なければならないし」


 もう興味はないと言った感じで、セシルは取り合わない。


「あ、あぁ…」


 ロザリーは僅かに呻くしか出来なかった。


 そんな彼女が、朦朧とする意識の中で辺りをふと、見渡せば酷い有様だった。


 反セシル派閥の令嬢達は皆、抱き合って泣いているか、放心しているか、パニックを起こして逃げ去っていた。


 中には神に祈りを捧げている者までいる。


 それを見て彼女は、ほんの僅かに残っていた派閥の幹部としての矜持から、令嬢達の為に動いた。


 ロザリーはガバッと平伏し、額を地面に擦り付けながら、一心不乱に謝罪を始めた。


「申し訳ありませんでしたセシル様!私のような羽虫如きが大変なご無礼を!どうか、どうか、ヒラにご容赦を!この愚か者に慈悲を!どうか!」


 それを聞いたセシルは、おもむろにロザリーに近づき、優しく彼女の頬に手を添えた。


 そして、慈母のような柔らかな笑みを浮かべながら、


「……そう、よく頑張ったわね。貴方の誠意、見せてもらったわ」


 まるで了承したかのような、温かい言葉を掛けた。


「で、では!?」


 ロザリーは許された、と思い、驚きと嬉しさから、その表情を輝かせ、思わずセシルの手を両手で包んだ。


 が、突然セシルは表情を変え、その手をパッと振り払い、そして冷酷に言い放った。


「貴方達全員、明日から平民になりなさい」


「は?……そ、そんな!これでは話が!」


 絶望のどん底に突き落とされながらもロザリーは必死で食い下がるが、セシルの返答は余りにも酷いものだった。


「私は考えると言っただけよ?違う?」


 氷のような笑みを浮かべながらセシルは問い返してきた。


「くぅ、こ、こんなのって、こんなのって……あんまりよ!うわーん、もう嫌ぁ!」


 遂に限界を超えたはロザリーは人目も憚らず大声でワンワン泣き出してしまった。


 しかし、セシルはそんな彼女を許さない。


「黙りなさい!」


「ひっ」


 一喝され、ロザリーは強制的に泣き止まされてしまった。


 まさに、セシルの一喝は泣く子も黙る何とやらである。


「貴方達が今までしてきたことに比べれば、こんなの大したこと事ないわよねぇ?私や、私の大切な妹分達が貴方達された事に比べたらこの程度、大したことないわよねぇ!?」


 恐ろしい形相のセシルにそう言われたロザリーはその時初めて理解した。


 自分の罪を、自分達の行いを。


 自分達の見栄やプライドの為に、率先して多くの娘達を傷つけたきたことを。


 そして、セシルの怒りと、悲しみを。


 あと、セシルは自分のことではなく、大事な妹分や友達を傷つけられてきたことに怒っているのだと。


 自分で痛みを味わって初めてそれらを理解した。


「ああ、私は今まで何て酷い事を……」


 だからロザリーは目に涙を浮かべながら、真摯に謝罪をした。


 今度は心の底から誠意を込めて。


「セシル様、皆さん、今まで本当に申し訳ありませんでした。今、皆さんの痛みを身をもって理解しました。とても許されることではありませんが、それでも言わせて下さい。皆さん、本当にごめんなさい。どうか、どうか、お許しを……」


「よく言えたわね、ロザリー」


 再び優しく声を掛けるセシル。


「セシル様……」


 ロザリーは涙ながらにセシルを見上げた。


 そしてセシルは優しく答えた。


「私の名において貴方を許しましょう……なんて言うと思ったの?これから惨めな人生を送りながら自らの行いを後悔なさい!絶望と屈辱に塗れながら、明日から平民になるがいいわ!」


 と、思ったらいきなり残忍な笑みを浮かべてセシルは無情にもそう言い放ち、再びロザリーは失意のどん底に突き落された。


 まあ、そんな感じで空気が読めないランスの白熊さんは、いい雰囲気で綺麗に纏まりそうだったところを、そう言ってぶち壊したのだった。


「あ、あぅ…………きゅう」


 哀れなロザリーは今度こそ本当に精神の限界を超えて気絶した。


「よっと!」


 そして、冒頭に続きまたしてもそれを抱きとめたセシルは苦笑しながら呟いた。


「なんてね。まあ、これで勘弁してあげましょうか」


 と、そこで我に返ったエリーズとリアーヌが血相を変えて近寄ってきた。


「セシル様!」


「姉御!」


「エリーズ、この娘と、他の娘達を介抱してあげて」


 相変わらず、セシルは苦笑いしながらロザリーをエリーズに預けた。


 実はロザリーが言葉責めに合っている間に、他の令嬢達は一様に気絶するか、放心状態となっていたのだ。


 まさに、死屍累々。


「はい、畏まりましたセシル様。あの、それで今のお話は本当に?」


 恐る恐るエリーズが訪ねた。


「そんな訳ないじゃない、皆さんには少し反省して貰おうか思ったのよ。それに明日から平民に何て出来る訳ないでしょう?」


 セシルは笑いながら答えた。


「ですよね、幾らスービーズ家でもそれは……」


「姉御、少し、今少しって言った?」


 安堵するエリーズと突っ込むリアーヌ。


 しかし、そこでセシルは驚きの内容を平然と言い放つ。


「幾ら当家でも、一、二週間はかかりますからね、あ、でも騎士団を動かして滅ぼすだけなら3日もあれば……」


「「ダメー!」」


 それをスルーしつつセシルは続ける。


「それに少しだけやり過ぎたかもしれないけど、私にとって大切な貴方達が今までされたことを考えたら全然足りないわ。私、根に持つタイプなのよ」


 また少し怖い顔をしながらセシルが言った。


「セシル様!ありがとうございました!もう十分ですから!私達を思って下さるお気持ちはわかりましたから!」


「そうでますよ姉御!ありがとうございました!もう大丈夫、アタシ達皆、完璧に納得しましたから、もう復讐なんて一ミリもいらないですから!な?皆んな!?」


「「「は、はい!」」」


 エリーズもリアーヌも他の親衛隊メンバーも急いで肯定する。


「あら、そう?まだまだネタはあるのに……」


 ちょっぴり残念そうなセシル。


「「「……」」」


 それとは対照的に顔を痙攣らせる親衛隊の面々。


「さて、では邪魔者も居なくなりましたし、次はいよいよ本丸。お茶会に出席して、もう一発ぶちかましてやりましょうか!」


 セシルが、思い出したように、気合を入れ直した。


「も、もう一回やるんですか?」


 エリーズがげんなりしながら問いかけた。


「ええ、当然そのつもりですが、何か?」


 キョトンとするセシル。


「いいえ……」


 エリーズは諦めた。


「でも姉御、扉はどうするんですか?多分、鍵はあいつが持ってると思います」


 ロザリーその他の令嬢達は既にエリーズの手配で別室に運ばれた後だ。


「ふむ、確かに困りましたね、このままではお茶会に遅刻してしまうわ……あっ!いいところに!」


 そこでセシルの視界にあるものが写り、そして彼女は閃いた!


「そうだ、良いことを思いつきました!」


「「「…………」」」


 もの凄く嫌な予感しかしない親衛隊だった。

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