第37話「悪役令嬢爆誕①」

「アタクシの名を言ってご覧なさい!」


 宮殿の廊下に響き渡るヒステリックな甲高い声。


 声の主は閉じた扇を手の中で弄びながら相手を睨み付けている。


 その人物は、目の覚めるような真紅のドレスにどぎついメイク、それに金髪縦ロールと言う完全にザ・悪役令嬢なビジュアルをした令嬢である。


 しかも、背後に似たようなファッションの令嬢を大勢引き連れて。


 まさにテンプレートな悪役令嬢そのもの。


 それに対するのは一人のモブ令嬢。


「あ、あの、貴方様は一体……?」


 恐怖と困惑で一杯のこの哀れな令嬢は今、人生最大の危機を迎えている。


 このモブ令嬢はランス王国社交界の反セシル派閥の一人で、普段からセシルやその一派を見かける度に嫌味や嫌がらせなどを仕掛けていた。


 しかし、あの騒動から数日、宮殿にセシルの姿は無く、彼女は手持ち無沙汰にしていた。


 だが、たまたま回廊で見知らぬ令嬢を見つけて声を掛けたのが運の尽き。


 その時、彼女に悪意は無く、ただ見慣れぬ令嬢がいた為、接触を図って情報を仕入れようとしただけだった。


 それは派閥運営に資する為で、家柄や血縁、コネなどの情報から令嬢としての格や序列を確認し、取り込むか、潰すか、距離を取るのか、などの駆け引きの材料にするのだ。


 だから別段、彼女にとって特別なことではない筈だったのだが、声を掛けてしまった結果がこの惨事である。


 因みに事の発端は以下の通り。


 まず、モブ令嬢がすれ違う際に、


「もし!そこのお方!」


 と、声を掛けて、


「はい、アタクシに何かご用かしら?」


 と、悪役令嬢?が返答した。


 ここまでは普通のやり取りだったのだが……。


「ご機嫌よう。お見かけしたことがないお顔だったものですから、お声掛けさせて頂きましたの。初めまして、私は……」


 それを聞いた悪役令嬢?は激怒した。


「貴方!アタクシを馬鹿にしていますのね!?」


「なっ!?」


 これにはモブ令嬢もパニックである。


 何しろ普通に挨拶と自己紹介をしようとしたら、いきなり相手が激おこなのだから。


 そして話は冒頭に戻る。


「アタクシの名を言ってご覧なさい!」


 モブ令嬢は訳が分からない。


 激怒する初対面の相手に、自分の名を言ってみろ!と詰め寄られているのだ。


 知らないものを言えとか、完全に無理ゲーである。


 理不尽この上無い。


 彼女は本来、セシルに嫌がらせが出来る程度には気が強い方だ。


 だが、今目の前にいる謎の令嬢に対しては何故だか本能的に恐怖を感じて完全に萎縮してしまい、何も出来なくなっていた。


 更にそこで悪役令嬢?は追い討ちを掛けるように、


「貴方!アタクシを馬鹿にしているのね!?屈辱だわ!」


 と、ヒステリックな叫び上げた。


「い、いえ、決してそのようなことは……」


 勝手に燃え上がる悪役令嬢?に、一介のモブである彼女では最早対処不能。


「そうに決まっているわ!こんな事をしてただで済むとお思いなのかしら?」


 しかも相手に全く話が通じない。


「あ、あの、その……」


「アタクシのお父様が誰かご存知ですわよねぇ?お父様に頼めば貴方程度の家、一族郎等虫けら同然に潰せますのよ?」


 次いで猛禽類を思わせる鋭い視線と共に恐ろしい台詞が降りかかる。


「あ、あぅ……」


 更に、そこで悪役令嬢?は閉じた扇でモブ令嬢に顎クイを発動した。


 そして、


「お、わ、か、り?」


 その美しい顔をグイッと近づけてダメ押し。


「は、はわわわわわ……きゅう……」


 恐怖に耐えきれなくなったモブ令嬢は遂に意識を失い倒れた。


 そして、悪役令嬢?は冷酷にも彼女が床に叩きつけられる様を何もせずに眺めていた……と言うことはなく、


「よっと!」


 モブ令嬢が地面に激突する寸前で抱き留めた。


「あらあら、彼女は一体どうされたのでしょうか」


 そして、一瞬でさっきまでの悪役令嬢オーラを引っ込めてキョトンとしていた。


「うーん、彼女達の流儀に合わせたつもりだったのですが……元々この方は体調でも悪かったのかしら?ねえ、エリーズ?リアーヌ?」


「……え?いや、それは、その……」


 エリーズと呼ばれた取り巻きの令嬢は言葉に詰まり、


「あ、姉御。これは流石に……」


 もう一人の令嬢、リアーヌはドン引きした。


 また、それ以外の取り巻き令嬢達も一様に顔を痙攣らせていた。


「?」


 しかし、当の本人はまるで意味が分からないと、まだ頭にクエスチョンマークを浮かべている。


「あ、あの!幾ら嫌いな相手でもこのままではその……」


 と、そこで空気を読んだエリーズが動き出した。


「ああ、そうですわね。この方を介抱して差し上げて?……それにしても、今までほぼ毎日顔を合わせていた相手に、初めまして、などと言う嫌味を言われるとは思いませんでしたわ。相変わらず嫌な人ね」


 などと言う悪役令嬢?。


 それに対して取り巻きの一人であるリアーヌは、


(あ、姉御!鬼畜すぎるぜ!幾ら今まで嫌がらせをされたからって……実は姉御、根に持つタイプだったんだなぁ)


 と思い、エリーズは、


 (いえ、今回に限っては間違いなく、本当に貴方様の事が誰か分からなかったのだと思うのですが……まあ、黙っておきましょうか)


 と言いかけた言葉を飲み込みこんだ。


 そして、エリーズは悪役令嬢?からの指示に返事をした。


「承知致しました、セシル様」


 この場をエリーズに任せた、なんちゃって悪役令嬢セシルは高笑いしながら去って行った。


「オーホッホッホッ!」

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