第35話「コーヒーブレイク②」
無難過ぎる話題から部下ピエールと話を始めた私だったが、意外に話が弾み彼と仲良くなっていた。
ちょっと嬉しい。
私、もうひとりぼっちじゃない!
「で、故郷のワインが中々の物でして……」
彼の故郷はボルドーだそうだ。
「そうか、いつか機会が有れば味わってみたいものだな」
「はい、是非に」
え?そんなこと言うと本当に行っちゃうよ?私は友達が少ないからな!
「ところで君は暗部は長いのか」
「えーと、今六年目です」
「そうか、中堅といったところかな」
「いえ、いつもまだまだひよっこだとレオニー様に言われていますよ」
微苦笑を浮かべながら答える。
「そうか、レオニーになぁ」
「はい」
そこでふと以前から思っていた疑問を思い出したので聞いてみることにした。
「一つ聞きたいのだが、レオニーは何であの若さで管理する側にいるんだ?あ、勿論、彼女の能力を疑っている訳ではないのだが……」
純粋に少し気になったのだ。
あんなに優秀な人間が現場を離れるなんて早過ぎるのではないかと。
「ああ、やはり疑問に思われますか」
苦笑いと共に意外な反応が返ってきた。
「やはり、というと?」
「これには理由がありまして。あ、深刻な話ではないですよ?寧ろ笑い話に近いものです」
「ほう」
何か気になるな。
「結論から言うと、彼女が美し過ぎる所為なんです」
ピエールは可笑しそうな顔をしながら言った。
「え?美し過ぎるの原因だと?」
どういうことなのだろうか。
「はい、そうなんです。美人過ぎるからダメなんですよ」
苦笑しながら更に続けるピエール。
「うーむ、美し過ぎる……あ!」
「お、流石殿下、お気づきになられましたか」
「ああ、多分な」
そういえば昔CIAだかMi -6だかの採用基準を聞いたことがあった。
確か容姿は、普通、でなければならなかったはずだ。
こいつ何言ってんだ、と思うだろうが本来スパイとはそういうものなのだ。
一言で言うと、目立ってはダメ。
スパイは他人の印象に出来るだけ残らないことが好ましい。
では一番目立たないのは?
そう、普通、平均、ありきたり。
だから、身長は低過ぎても高過ぎてもダメ、体型も痩せ過ぎも太り過ぎもダメ、そして当然、顔立ちも醜くてもイケメン過ぎてもダメだということだ。
ではレオニーはどうだろうか?
高身長で、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるナイスバディ、そしてハリウッド女優並み整った美しい顔。
そんなスーパーモデルのような外見の彼女は女性としてはこの上なく魅力的だろうが、スパイとしては完全にアウトだ。
彼女は強烈に印象に残ってしまうからな。
因みにこれらの観点から言うとイケメンで高身長の歴代のジェー○ズ・ボンド役の役者は全員スパイ失格である。
閑話休題。
「美し過ぎるのもこの仕事ではマイナスなんだなぁ」
美人過ぎるスパイはスパイ失格とは……哀れレオニー。
これには私も苦笑いだ。
「ええ、そうなんですよ」
「だからメイドなのか」
「はい、その通りです。レオニー様は元々、10代で防諜から暗殺まであらゆる任務をこなせる凄腕のエージェントでした」
「凄いな」
ハリウッドスターもびっくりだ。
「ですが、成長するにつれてあの美貌を隠しきれなくなり泣く泣く現場を離れることになったんです」
「なるほど」
確かに顔は変装出来ても身長はどうしようもないからな。
「本人は現場のが好きらしいので残念がっていました。今は城内で表向きは王族付きのメイドとして、裏では暗部の幹部として指揮や情報の分析、教育などを中心に活動しています」
「どおりで、あの見た目なのに貴族達の手が付かないはずだ」
不思議だと思ってたんだよ。
いやー、ちょっかい出すのも間違いなく命懸けだな。
「はい、数多くの貴族様が病院送りになったとか」
それは色々と大丈夫なのだろうか。
「そ、そうか……」
「あ、因み城内限定ではありますが、一応レオニー様も護衛、諜報、工作、暗殺に従事されていますよ」
「へー、色々やってるんだなぁ」
って、おい!今、暗殺って言ったよな!?
この宮殿の中で日常的にそんなことやってんの!?
怖すぎる!正直、知りたくなかった……。
「なるほど城内限定か。だが人の目を引いてしまうことは同じだから、活動するのも大変だろうな」
それでも何とかなっているのは彼女の優秀さ故だろう。
「はい、レオニー様でなければ難しいでしょうね。それに……」
ピエールが冗談っぽく笑いながら、
「あの大きな胸は目立ちますし男性の視線を集め過ぎますからね!」
と言った。
確かに、と思ったがここは彼を嗜めておこう。
誰が聞いているかわからないし、セクハラ上司だと思われるのも困る。
「おい、それ以上は……」
「確かにその通りです。殿方の視線は集まるし、肩はこるし、急な動きをすると痛いし、困ったものです」
後ろから聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「「…………」」
振り返るとそこには笑顔のレオニーが立っていた。
目は全く笑っていないが。
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