第34話「コーヒーブレイク①」

 ああ、疲れた。


 全く、最初の案件からいきなりしくじるところだった。


 やはりもっと緊張感を持って仕事をしないとなぁ。


 あ、どうも、最近影が薄い気がする主人公のマクシミリアンです。


 今は地下牢からミニ・トゥリアーノン離宮にあるオフィスに帰るところです。


 最初の取引で疲れた心を廊下の窓から見える美しい幾何学模様の庭園が癒しくれます。


 それにしても、アネットには驚かされっぱなしだった。


 彼女にとって美味しい条件の筈の取引には関心が薄かったし、私が彼女を嵌める為に演技をしていたと勘ぐられるし、何よりあっけらかんと言い放たれた彼女の男性遍歴には度肝を抜かれた。


 全く、最終的に話は纏まったから良かったものの、内容がこれではなぁ。


 それに暗部に監視されている事も失念していたし、全く私は無能だ……。


 気を引き締めて行かねば!


 あと、何となくだがアネットとは昔、何処かで会ったことがあるような気がするんだよなぁ。


 まあ、いいか。


 考えごとをしていたらあっという間にオフィスに着いたし。


 私のオフィスは離宮の中でも端の目立たないところにある。


 これは父上達からの配慮で、表向きは自室で謹慎中、尚且つ面会謝絶と言うことになっている私の為だ。


 全く、ありがたいことで。


 私は自身の指示で開け放たれているドアを潜り、自分のデスクに向かう。


 因みに私が入っても仕事の手を止めて挨拶をする者はいない。


 そう、私は嫌われ者の無能な皇太子だからシカトされている……のではなく、これも私の指示なのだ。


 ほ、本当だよ?


 これには配属された部下達は驚いていたが入退室の際にいちいち全員が仕事を止めていたら時間がもったいないからな。


 部屋の広さは大体、教室3個分ぐらいの長方形の部屋で私は窓を背に全体を見渡せる位置にデスクを構えている。


 横には次席の責任者であるレオニーのデスクがあるが、今は不在だ。


 恐らく任務中だろう。


 後は日本の一般的なオフィスと同じように各グループの島が幾つも並んでいる。


 まだ私の臨時編成の部署は全員集まっておらず、デスクの半分ほどが空いている。


 それに、ミーティングスペースと、休憩スペース。


 加えて端にはまだ整理出来ていない資料などが雑多に積まれている。


 まあ、オフィスについてはこんなところだろうか。


 一月だけの仮住まいとは言え重要なことだからレイアウトにはかなり口を出してしまったが、割と良い感じになったと思う。


 さて、仕事を始めようか。


 まずはさっき纏めたアネットのコモナ行きの件だな。


 始めに父上に進捗の報告を上げ、次に外務省にコモナとの交渉を指示しなければ。


 あ、併せて腕の良い絵師にアネットの姿絵を描かせて送る手配も必要だな。


 色々と三割増しぐらいで描かせよう。


 他にはアネットを養女として受け入れるルフェーブル侯爵家に謝礼金の手配と、アネットの教育や嫁入りに必要な経費の算出、後は……ああ、情報工作の手配をしなければ!


 幸いなことに舞踏会は比較的小規模だったから、何とか情報統制も出来るだろう。


 金と権力と……あんまり使いたくは無いが暴力で。


 費用は嵩むがやるしか無いのだ。


 何故なら舞踏会をぶち壊し、公爵令嬢を侮辱し、挙げ句の果てに王族を誑かして王妃に収まろうとしたなんてバレたら全て計画はお終いだから。


 流石にそんなヤバい噂がある令嬢を他国に嫁がせる訳には行かない。


 だからやるしか無いのだが……予算がなぁ。


 父上達の計らいで中々の額の予算が付いているのだが他の件もあるし、余り無駄遣いしたく無いのが正直なところ。


 さて、さて、さて、どうしたものか……。


 何か良いアイデアは無いものか。


 だろう系小説みたいに記憶操作の魔法とか錬金術的なものとかでサクッと解決できたらなぁ……。


 ああ、チートが欲しい。


 あ、そう言えばチートで思い出したがセシルに前世の記憶とか戻ってないよな!?


 今この瞬間もザマァする為に準備とかしてないか心配になって来たぞ。


 それとも公爵令嬢としてのプライドをズタズタにされて復讐に来たりとか。


 スクー○デイズみたいに振り返るとレ○プ目のセシルが包丁持って立ってるとかないだろうな……。


 ないない、あの深窓の令嬢が箸より重いものが持てる訳がないし、仮に刺されても非力な彼女の攻撃では致命傷になることはあり得ないから大丈夫……多分。


 はぁ、現実逃避は程々にして、取り敢えず諸々の処理と各グループへ指示を出しながら考えるとしようか。


 こうして色々していたら、あっという間に時間が過ぎていた。


 気が付けば時計の針が15時を少し過ぎたところだった。


 ふぅ、少し疲れたし一息入れるとしようか。


 そうだ、珈琲を飲もう!


 私はデスクから立ち上がり、伸びをしたあと、真面目に仕事に励んでいる部下達を横目に休憩スペースに向かった。


 壁際のテーブルの上にある珈琲メーカーからマグカップに熱い珈琲を……なんてこの時代では不可能だから、分厚いポットに布製のカバーをするという工夫で何とか保温している。


 これは紅茶のティー・コージーのことを思い出して作って見た。


 幸いオフィスから食堂が近いからポットの交換もそんなに手間では無いし。


 さて、では早速一杯頂くとしようか。


 カバーを外し、まだそれなり熱い珈琲をポットからカップに注ぐと、香ばしく芳醇な香りが広がった。


 早速一口。


 ああ、仕事の合間に飲む珈琲は格別だな。


 少しリラックスしたところで、休憩スペースに誰か入って来た。


「あー疲れたー……はっ、こ、これは失礼致しました殿下!」


 そこには、一人の20代ぐらいの青年が畏って立っていた。


 真面目で、気弱そうな感じだな。


「いや、気にするな。最初にいった通りこの部屋の中では私が王族だと言うことは無視する決まりだ。君は情報分析グループの……ピエールだったかな?」


「は、はい殿下。私なんかの名前を覚え頂きありがとうございます!」


 彼はなんだか嬉しそうだ。


 だが済まんな、たまたま名簿で見て覚えてただけなんだよ……。


「一緒に仕事をする上で部下の名前を覚えるのは当然だよ」


 ちょっとカッコつけてみたり。


「流石です殿下」


 これは尊敬の眼差しで見られているような……。


 何か悪い気がするから珈琲でも勧めてやろうか。


「ああ、ピエール。君も珈琲をどうだい?」


「よ、宜しいのですか!?」


 何をそんなに驚いているのだろうか。


「ああ、遠慮なく飲んでくれ。ついでに淹れよう」


「あ、ありがとうございます!」


 あ、王族に珈琲を淹れて貰ってめっちゃ恐縮してるな。


 さて、せっかくだし世間話でもして部下とコミュニケーションをとってみようか。


「ところでピエール、君の出身は……」


 何か無難過ぎる話題でごめんなさい。


 実は私、前世からそんなにコミュ力が高く無いんですよ……。

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