第32話「男爵令嬢 アネット④」
そう、アタシが王子様と再会する事になったパーティー。
このパーティーは本当はメルシエ男爵家みたいな低い家柄の人間は呼ばれないらしいんだけど、男爵がコネとお金でねじ込んだらしいわ。
正直、行きたくなかった。
行ってもロクな扱いはされないし。
まあ、当たり前よね、アタシは成金男爵家の庶子で、しかも最近まで市井で暮らしていたんだからさ。
しかもそんな事情はとっくに皆知ってて、当然だけど社交界でのアタシの扱いは酷かった。
中でも高位貴族は特に冷たかったわ。
そんな中でアタシはすぐに気づいた。
溶け込む為にどんなに努力しようが、無駄なんだって。
ここは血筋と家柄が全てなんだって。
社交界とはそう言う場所なんだって。
と、言うことでアタシはパーティーには出席したけど、早々に壁の花になることにしたの。
似たような立場の新興や成金なんかの弱小貴族の子達と大人しくね。
そしたら、暫くして急に会場が騒がしくなったの。
何事かと思って近くの給仕に聞いてみたら、なんと王子様が急に参加することになったって言うじゃない。
周りの子達は滅多に見られない王子様が見られるって喜んでたけど、アタシの心は複雑だった。
久しぶりに王子様を間近で見られて凄く嬉しい反面、この間の婚約のお披露目での嫉妬や憎悪を思い出し、そして……自分が惨めだったから。
もうアタシは王子様に会う資格はない。
だから、王子様が来ても出来るだけ見ないようにしようと決めて顔を背けていたの。
でも、そうはいかなかった。
会場が再びざわつき王子様が入ってきた。
そちらを見ないようにしたけど、視界の端に入ってしまったらもう目を背けてはいられなくなっちゃった。
視線を向け、はっきりと目に王子様が映った瞬間アタシは動けなくなり、次いで感極まって泣いてしまった。
そこにはこの数年で立派に成長した王子様がいたわ。
初めて会ってから今日までの色々な想いが溢れてきた。
涙が止まらなかった。
で、ここで更に驚きの事態が起こった。
完全に思考停止していたアタシは気付かなかったんだけど、王子様一行が近くに来ていたの。
そして、なんと王子様が泣いているアタシを見て声を掛けてくれたの。
「君、泣いているようだが、どうかしたのかい?」
王子様は心配そうにこちらを見ながらそう言ったわ。
正直、この瞬間嬉し過ぎてもう死んでもいいと本気で思ったわ。
「い、いえ、その、あの……」
だけどバカなアタシはテンパって上手く返事が出来なかったのよね……。
それでも王子様は相変わらず優しかった。
「落ち着いて」
「は、はい、殿下。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした!」
「いや、気にしなくていい」
「はうっ」
益々イケメンになった王子様の笑顔は破壊力抜群で、思わず意識が飛びかけたわ。
「それで、どうして泣いていたんだい?」
「はい、実は……殿下のお姿を拝見したら涙が止まらなくなってしまって……」
「私を見て?」
「はい、実は私は以前、殿下に命をお救い頂いたことがありまして」
もしかして思い出してくれたのかも、なんて淡い期待を抱きながらアタシは答えた。
「なるほど、そう言うことか」
「はい」
「そうか……だが、すまないな。私は君の事を、いや昔のことを覚えていないんだ」
残念ながら現実は甘くなかった。
でも済まなそうな顔の王子様も良かったからオッケーよ!
「左様でございますか……」
だから、取り敢えずアタシはしおらしくしておいた。
「だが、これも何かの縁だ。良かったらそのうち私を訪ねて来なさい……えーと、君名前は?」
え!?マジ!?ホントにいいの!?って、社交辞令よね……。
「はい。私はメルシエ男爵家の娘、アネット・メルシエと申します」
「そうかアネット。私の所為で泣かせてしまい、済まなかったね」
「いいえ、そんな……」
「これを使ってくれ。その可愛い顔に涙は似合わないからね。では、また」
そう言って王子様はアタシにハンカチを渡して去って行った。
ああ、めちゃくちゃクサい台詞だけど、イケメンが言うと違うわぁ。
嬉しすぎて死にそう。
人生で最高の瞬間だったかもしれない。
あとハンカチは家宝にしよう!……いや、返しに行くことを口実に会いに行く方が賢いかな。
まあ、それは後で考えよう。
ただアタシのことを覚えていなかったのは残念だけど、所詮平民の一人だったし仕方ないわよね。
と、そのぐらいに思ってたんだけど実は違ったのよ。
隣にいた娘が教えてくれたんだけど王子様は事故で昔の記憶が無いらしいの。
だがらアタシのことも覚えていなくて当然だった訳。
それを聞いてアタシはちょっと安心しちゃった。
どうでもいい存在だから忘れられてた訳じゃなかったから。
あと、もう一つ合点がいったことがあったの。
それは違和感。
嬉しすぎて途中まで気づかなかったんだけど、なんて言うか……上手く表現出来ないんだけど、何か王子様に違和感があったのよ。
見た目は同じ、と言うか寧ろ成長して更にイケメンになってたけど、昔みたいなオーラがあんまりない……みたいな感じ?だったの。
でも、これで納得。
ま、アタシ的にはそれでもいいけどね!
久しぶりに心から幸せな気分だったし。
こんな気分一体いつぶりだろう。
そんなことを考えていると、不意に声を掛けられた。
「そこの貴方、少し宜しいかしら?」
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