第31話「男爵令嬢 アネット③」
王子様の婚約発表とお披露目の話を聞いたアタシは一瞬だけ驚いたけど、そんなに動揺はしなかったわ。
元々、実現不可能な恋だったし憧れの王子様が幸せになってくれるのならアタシは嬉しかったしね。
だから初めは素直に祝福するつもりだった。
これでけじめをつけて、もう王子様のことは忘れようとも思った。
でも、実際にこの目で幸せそうな王子様達の姿を、特にその婚約者である公爵令嬢を見たら……素直に祝福することなんて出来なくなってしまったの。
それどころか、急激に心の奥底からドロドロしたドス黒いものが大量に湧き上がって来た。
今までアタシが押し殺してきたものが、気付かない振りをして来たものが、一気に溢れ出してきたの。
ありとあらゆる負の感情が。
もう、抑えられなかった。
あの幸せそうな公爵令嬢が許せなかった。
王子様の横に立つのに相応しい美しい容姿、名門公爵家の令嬢という肩書、恵まれた環境、そして…あの幸せそうな顔!
それに比べてアタシは……。
あの女を見れば見る程、あの女のことを考えれば考える程、アタシは惨めになった。
アタシはこんなに酷い環境の中で人生を必死に生きてきたのに!人の為に自分が汚れる事だって厭わなかったのに!なのに!どうして!どうしてあの女なの!?あの女は全てを持っている癖に、王子様まで持っていくなんて!
アタシはそんなこと絶対に許せなかった。
そして憎んだ。
そのセシルという名前の公爵令嬢を憎悪の炎で燃やし尽くさんばかりに。
……と、言っても当時のアタシは所詮、孤児。
何にも出来なかったけどね。
でもね、神様って本当に気紛れなの。
半年後には転機が訪れた。
ある日突然、アタシに来客があったの。
珍しい事もあるものだ、とか思いながら応接室へ入ると、そこにはお仕着せを着た使用人風の男が立っていた。
男はこう名乗った。
「お初にお目に掛かります。私はメルシエ男爵家の使いの者でジェロームと申します。アネットお嬢様をお迎えにあがりました」
「は?お嬢様?」
メルシエ男爵家?お嬢様?
アタシは意味がわからなかった。
今更、何の用だろう?
それとも悪い冗談なら勘弁して貰えないだろうか。
「左様でございます。アネット様は紛れもなく男爵様のご息女ですから」
穏やかな笑顔で答えるジェローム。
まあ、一応メルシエ男爵家の娘ではあるけど……正直、今この瞬間までは久しく忘れていたわ。
貴族の血を引いていたってお腹は膨れないしね。
「で、用件は?アタシ忙しいんだけど」
「申し訳ありませんが、それは旦那様から直接お話しされる事ですので、私はお答え出来ません」
取り敢えず用件を聞こうとしたけどはぐらかされてしまったわ。
「……」
ああ、もうウザいわね。
これは行くというまで話が進まないパターンだわ。
仕方ないか。
「わかったわ、行けばいいんでしょ?」
「はい、ではこちらに」
ご丁寧に馬車が玄関の横で待ってた。
面倒いなぁ。
アタシはやる事も無くぼんやりと流れていく景色を眺めながら約30分ほど馬車に揺られ、郊外にあるメルシエ男爵家の屋敷に着いた。
初めて来たメルシエ屋敷の印象は、遠くから見えた時は爵位に反して大きなものだなぁ、ぐらいだったけど、いざ近づくとザ成金て感じだったわ。
広大な敷地に装飾過剰な品の無い屋敷。
メルシエ家は貴族というより商家という側面が強いから仕方ないのかもしれないけど。
で、アタシはその成金屋敷の客間に通されて初めて自分の父親と会ったの。
どんな奴かと思ったけど中年のでっぷりと太った小男だった。
アタシは今更父親なんて言われても特に何も思わなかったし、向こうも同じみたいだったわ。
特に愛情があるとか、家族とかそんな感じはお互い無かったし。
上手く言えないけど、雰囲気は商談の為に向かい合ってるような感じ?
で、早速話に入ったんだけど、内容はこうだった。
結論から言うと、このまま行くと跡継ぎがいなくて家が絶えてしまうから、アタシを男爵家に戻して婿養子を取って何とかしたいらしい。
因みに現在メルシエ男爵家に後継がいないのは、大勢の子供達は疫病などで皆早逝して全滅してしまい、更に遠縁ですら適当な子供がいないのだとか。
そこで唯一生きている可能性があったアタシを探し出したと。
で、男爵は(今更父親とは思えないから男爵と呼ぶわ)アタシに取引を持ち掛けてきた。
今回の件の為にアタシのことは調べ上げられていて、当然夜の街で働いていた事も知ってた。
で、今回男爵がアタシに求めてきた事は、まずメルシエ男爵家に戻って貴族としての教育を受けること。
そして、社交界にデビューしていい条件の婿養子候補を見つけてくること。
例えば、歴史ある名門貴族の次男、三男とか、王家に連なる血筋の貴族とか、そんな感じ。
そして、上手く結婚に漕ぎ着けて、毛並みの良い婿養子を迎えて跡継ぎを生むこと。
だってさ。
アタシに見返りとして提示されたのが、贅沢な暮らしと孤児院への援助。
ここを突かれるとアタシは弱いのよね……。
まあ、アタシに選択肢は無いから素直に承諾したわ。
そこから暫くはとりたてて言うほどのことはなかったわ。
メルシエ家に引き取られてからの生活は、ひたすら大勢の家庭教師達に貴族の令嬢としての教育を受ける毎日だった。
めんどくさかったけど、仕方ないし必要なことだから何とか頑張ったわ。
でも、もう勉強は嫌。
思い出したく無いわ……。
あと、意外だったのが使用人達のアタシに対する態度だった。
こんな下町育ちの何の教養も無いアタシに、しかもあの傲慢な男爵の娘に皆びっくりするぐらい良くしてくれたの。
不思議に思って使用人の一人に聞いてみたら、お母さんがここで働いていた時に、皆助けて貰ったり、仲が良かったりしたから、なんだって。
加えてお母さんは気立てが良くて、さらに面倒見もいい美人さんだったらしくて家中の皆に人気があったんだってさ。
で、お母さんに良く似たアタシを可愛がってくれたみたい。
まあ、アタシの境遇も聞いてたみたいだし、不憫に思ったのもあったみたいだけどね。
だから、ここでの生活はそんなに嫌じゃ無かったわ。
そんな感じで気が付けば半年ぐらい経ってた。
そんなある日、男爵があるパーティーの招待状を持ってきたの。
そう、アタシが王子様と再会する事になったパーティーの招待状を。
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