第28話「地下牢にて⑦」
「そう、王子様よ。ちょうど視察に来たところだったらしいわ」
ああ、あの頃お義兄様は頻繁に視察に出かけておられました。
実際は、瀉血の中止とその他の命令を聞かない愚か者に直接出向いて指導・改善させていたらしいのですが。
「……」
セシル姉様は俯き加減で無言ですわね。
「突然現れた王子様は泣いている私を見て、優しく抱きしめくれたの」
「!」
「その時、君の大切な人を助けてあげられなくてごめん、って言ってくれた」
ああ、お義兄様は何と優しいのかしら。
確か家臣に止められても国民に直接言葉を掛けて回っていたらしいです。
「……」
「もう死んでしまってもいいと思うぐらいに凄く辛かったけど、物語の中から出てきたような王子様が慰めてくれて、私は立ち直る事ができた。これからも生きていこうと思えたの」
なるほど、絶妙なタイミングですわね、流石お義兄様です。
つまり、私と同じ様にピンチな時に救われて心を奪われたと。
なんだか少しだけ仲間意識が芽生えて来ました。
「勿論、暮らしは大変だったし、何度も酷い目にあいながら神様を呪った事もあった。でも、その度に、あの時の王子様を思い出したら頑張れた」
「……」
さっきから黙って聞いているセシル姉様がなんだか不気味ですわ。
「王子様はアタシの憧れだった。そして大好きだったけど、その想いは気付かない振りをしたわ。王子様の横にいるのはお姫様じゃなきゃだもん。私みたい汚れた女は駄目」
健気ですわね、此処まででしたら良いお話なのですが、残念ながらそうはいかなかった、と。
「だから、心の中で想うだけで十分だった。遠くから見ているだけで良かった。それだけで私は幸せだった。私の生きる希望、私の全て。あの王子様はそういう存在だった」
ああ、何故だかキュンキュンきますわ。
「だから、王子様の婚約の話を聞いた時も素直に祝福しようと思った。でも、国民へのお披露目で実際に姿を見たら祝福する気持ちなんて無くなった。特にアンタ。王子様の横にいた、お伽話のお姫様みたいに綺麗なアンタを見て急にドロドロしたものが湧いてきたの。嫉妬とか憎悪とか。アンタが許せなくなった。立派な血筋、美しい容姿、そして最高の婚約者。比べてアタシは……兎に角惨めだった。なんであの女は何不自由無く生きてきて婚約者までいて、逆にアタシはこんな惨めな生活なのか。許せなかった。まあ、当時は何も出来なかったけど」
ああ、ダークサイドにまっしぐらですわね……。
「……」
「暫くは、相変わらず酷い生活が続いたけど、ある時転機が訪れた。そう、跡継ぎが皆んな死んでしまったメルシエ家に引き取られたの。そして、アタシは父であるメルシエ男爵に高位貴族のボンボンを捕まえて上手く婿養子にするように言われたわ」
「……」
「取り敢えずアタシは食べる物に困らない今の生活の為に男爵の言葉に従った。そしてある時、メルシエ家の財力で潜り込んだ大きなパーティーで、偶然王子様がいたの。王子様がいる事を聞いた私は、始めは王子様の事を一目見られればよかった。憧れの王子様を間近で見られる、もしかしたら少しだけでも声を掛けて貰えるかもしれない。そう、思った。それで、それだけでアタシはよかった。アタシは自分みたいな汚れた存在が王子様の側にいちゃいけない事は分かってたから」
しつこいですが、此処で終わりなら切ない恋の物語で終わりますのに……。
「でも、でもね。実際に王子様を側で見たら気が変わったの。自分でも驚いた。心の奥底から今まで押さえ込んでいた感情が溢れ出してきた。側にいたい。私の、私だけのものにしたい。そんな気持ちが。でもそこで思いだした。アンタがいる事を。王子様はアンタのものだと言う事を。全てを持ってる大っ嫌いな、憎くて仕方ないアンタの事を。だから決めたの。アンタから一番大切なものを、王子様を奪ってやろう、って。」
ああ、現実とは残酷な物ですわ。
「……」
「そこから先は知っての通り。王子様に近づいて、取り巻き達を籠絡して、アンタを嵌める為の準備をして、昨日の騒動を起こした。結果はこれ」
アネットは皮肉げな笑みを浮かべながら拘束された両手を見せました。
「まあ、兎に角こんな感じでアタシはアンタの事が嫌いなの。逆恨みとすら言えないって事はわかってるし、アタシがまともじゃないのもわかってる。でも、アタシは謝らない」
おや?話が変な方向へ進み始めました。
この女も変なスイッチが入ってしまったようです。
「……」
「だって、おかしいじゃない。同じ人間なのにこうも違うなんて。アタシは今まで不幸だった分、幸せになる権利が、義務があるのよ!だから、アタシは自分が幸せになる為に行動しただけ。それにアンタはなんでも持ってるんだから一つぐらい分けてくれたっていいじゃない!別にアンタからしたら大した事ないでしょ?アンタほどの女なら幾らでも、フィリップ様でも他の国の王族だって選べるでしょ?だったら私が貰ってもいいじゃない!」
どうやら今までの色々な思いが溢れ出して止まらなくなってしまったようです。
勝手喋るのは構いませんが、お願いですから姉様の地雷だけは……。
「何の苦労もしないで!何の痛みも知らないで!のうのうと生きてる貴族なんか少しぐらい不幸になればいいのよ!」
「……貴方、本気で言ってるの?」
あ、これヤバいやつですわ。
どうやら地雷を踏み抜いてしまったようですの……。
「うるさい!アンタにはわからない!私の気持ちも!痛みも!」
「……いい加減にしなさい!」
と言う叫びと共に今まで俯いたまま微動だにしなかった姉様が動きました。
そして、次の瞬間。
ボゴォ!
鈍い打撃音と共に見事なボディブローが決まっていました。
え?
ボディブロー?
は?いや、これは……。
信じがたい光景に私はパニックです。
色々あり得ません。
「ヴォエ……」
そして、アネットは乙女にあるまじき声を上げながら、ゆっくりと倒れました。
何というか、これは公爵令嬢として絵的にマズいです。
今も倒れ伏す男爵令嬢相手に延々と自分の思いをぶちまけていますが……。
はたから見たら、倒れて動けない相手を罵倒する姿は、まるで街中のならず者です。
普通、ここは涙を浮かべながらアネットをパシッと可愛く引っ叩いて「貴方に私の何が分かると言うの!?」とか言いながら思いをぶつけて、最終的にわかり合っていい感じに終わるところじゃないんですかね!?
それが腹パンですよ、この人。
空気読めないにも程があります!
もう、「ランスの白百合」とかやめて、「ランスの白熊」とかにすればいいんですよ!
あ、これ平仮名で「しろくま」にしたら、ちょっと可愛くて、そして何故か美味しそうな気がしますね。
おっと、これはいけません。
思わず現実から目を背けてしまいました。
さて、現在の状況は……。
「私の苦労も知らないで好き放題言ってますけどね!貴方、自分だけを不幸だと思っていたら大間違いですよ!私だって大変だったんですよ!確かに明日のご飯に困るような事はありませんでしたが、それだけです!生まれた時から全て決まっているような状態から始まって、何をするにも必ず家の者がついて回って、好きなことを素直に好きとも言えず、少しでも貴族として良くないと思われれば公爵令嬢として相応しい振る舞いをしなさいとか言われるし、スケジュールはいつもパンパンで時間も余裕も無いし、好きな武芸全般はイメージ的に良く無いから普段は隠せと言われるし、王妃になる為の教育の指導に来るご婦人方は皆んな厳しくて陰気で陰湿でブチ○したくなるし、貴族の令嬢達やご婦人方は皆んな自己主張が激しくてプライドが高くて陰険で嫌がらせや仲裁の為に時間と労力を割かれてリアン様に会う時間がなくなるし!泣き言を言いたくて甘えたいのにお母様は死んじゃうし、挙げ句の果てに私の唯一希望、私の全てであるリアン様は私の事を避けて、貴方に取られるし!いい加減にしなさいよーーーーー!!!……って何寝てるんですか!幾ら私のことが嫌いだからって、ちゃんと人の話は聞きなさいよ!立ちなさい!」
うわぁー、チンピラ……じゃなかった、セシル姉様が虫の息のアネットに心中をぶちまけている途中のようです……。
立て、立つのよアネット!話が進まないわ!
そんな事を考えていると、私の真摯な思いが通じたのか、アネットが蘇生してフラフラと立ち上がりました。
「グッ…ゴホッ……あ、アンタ!……なんて…事すんのよ!」
「ふん、貴方が悪いのですよ」
「そんな事は分かってんのよ!アタシが言いたいのは、なんで腹パンなのか、よ!?おかしいでしょ!」
立ち直って開口一番でそのツッコミ、ちょっと尊敬します。
「何が気に入らないの?私はちゃんと貴方の事を考えて顔はやめてお腹にしてあげたのに……」
姉様なんだか不満そうです。
「顔は目立つからお腹にしたとか、アンタ何処のチンピラよ!?」
嘆かわしい事に、こればっかりはこの女に同意です。
ああ、すっかりシリアスな空気がぶち壊しです。
「何を言ってるんです。精神的に不安定になっているようでしたから一発で元に戻して差し上げたのですよ?感謝なさい」
最早、意味が分かりません。
「アンタねぇ……はぁ、もういいわよ。色々バカバカしくなって来たし、て言うか何でこんな事になってるんだっけ?」
確かに、もう訳がわかりません。
ちょうどいいので、もうこの辺りで終わりませんか?
私は貴方達と違って忙しいのです。
「さあ?」
セシル姉様も首を傾げます。
そして、なんだか二人とも心なしか若干ツヤツヤしてます。
心の中で溜め込んだものをぶちまけたからでしょうか。
はぁ、こちらはいい迷惑ですが。
さあ、いい頃合いです。
そろそろ終わりにしませんと。
「では、親睦も深まった所でそろそろお開きにしたいのですが。アネット、貴方に一つお尋ねしたいことがありますの」
「はぁ!?何が親睦よ!……まあいいわ、で聞きたいことって何?」
「貴方がセシル姉様を断罪する為に用意した偽の証拠書類の出所を教えて欲しいのですが」
できれば素直にお答え頂きたいものです。
手荒な手段で強引に聞き出すのは面倒ですし。
「ああ、あれ?フィリップ様に貰ったの。セシルが嫌いで邪魔だから何とかしたいって言ったらくれたわよ?あと、これでセシルは私のものだとか言ってた」
特に気にした様子もなく喋ってくれました。
「なっ!」
無駄に驚くチンピラ姉様。
僥倖、僥倖。
やはり、そうでしたか。
薄々分かってはいましたが、まだ確証が無かったんですよ。
そーですか、そーですか、あの男はこんな事までしてましたか。
ギルティです。
私のリアンお義兄様とセシル姉様に迷惑を掛けてタダで済むと思わないことですね。
今度、六年前の件と併せてお伺いすると致しましょうか。
「ご協力どうも、お礼に夕食は少し良いものにしてあげますよ」
「あんがと。正直、ここのご飯マズいのよねぇ。あ、パンは白い奴にして!あれ好きなの!」
喜んで貰えたようです。
「いえいえ、私に利益をもたらす限りは良くしてあげますよ。パンぐらいお安いものです。あと明日にはルフェーブル侯爵家から迎えが来ると思いますからそのつもりで」
「わかった、他には?」
「特には。では、ご機嫌よう。期待してますわよ」
「ん。じゃあね」
短い別れの挨拶?を終え、私は部屋を出ます。
すると後ろから、声がしました。
「セシル」
「何ですか?馴れ馴れしい」
嫌そうに姉様が答えました。
「やっぱりアタシ、アンタの事嫌い」
そして、二ィッと笑いながらアネットは言いました。
「今更そんな事言われなくても分かってますよ。私も貴方が嫌いです。では、ご機嫌ようアネット」
最後、セシル姉様も満更でも無い感じで部屋を去りました。
良く分かりませんが、取り敢えず今日のところは良しとしましょう。
さて、疲れたので私は戻って甘い物でも食べると致しましょうか。
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