第22話「地下牢にて①」

 その時、私は目的の人物に会うべく、牢番に先導されながら薄暗くカビ臭い廊下を進んでいた。


 目的の場所に着き、重い鉄のドアが牢番によって開けられた。


 私が尋問室に入ると、先客から不躾に一言。


 「あら、王子様。今更、アタシに何の用?」


 だらし無く大股を開いて椅子にどっかりと座るアネットは、気怠げに問うてくる。


 最早「ゆるふわ令嬢」を演じる必要は無いから遠慮なく素の自分を出している訳である。


「やあ、昨日ぶりだなアネット」


 私は苦笑しながら応じる。


「差し入れでも持って来てくれたのかしら?ダーリン」


 皮肉げな彼女。


「残念ながらお菓子も果物も無い。だが、代わりに良い話を持って来た。」


「やっぱり婚約してくれる気になったのかしら?それとも死刑の方法を選べるの?」


 うむ、どうやらアネットは勘違いしているようだな。


「いや、冷やかしに来た訳じゃないし、私は君の敵ではないよ」


 まあ、味方でもないけど。


 「どうだかね。今までアタシを騙してた人が言うことなんか信用出来ないんだけど。まあ、アタシも同じ事をしようとした訳だしお互い様か。まさか、貴方のが一枚上手だったとはねー」


 はは、安心しろアネット、私は完全に君の演技に騙されて虜だったよ……。


 私は誤魔化すように苦笑しながら答える。


 「騙す?人聞きの悪い事を言わないでくれ。私は君にベタ惚れだったよ」


「嘘ばっかり。だったら何でアタシは今こんな所に居るのかしら?」


 ついでに見せつけるように縛られた両手を突き出して来る。


 どうやら私は元々アネットを嵌める為に騙していたかのように思われているのか。


 取引をスムーズに進める為には何とか信用を得なければならないが……さて、どうしたものか。


 騙されたと思い込んでしまっている人間に対してどうすればいいものか……。


 ……そうだ!今から本当に騙せばいいんだ!


「何を言ってるんだ。私も一月後に廃嫡されるのに」


「え?嘘でしょう!?」


 どうやら本気で驚いているようだ。


 「悲しいことに本当だとも。昨夜、君との婚姻を認めさせる為に直談判に行った所、返り討ちに遭ってしまったんだ。その結果、君は逮捕、私は廃嫡、取り巻き連中は島流しだ」


「ああ、そんなことになってたんだ……アタシてっきり初めからアンタが裏切ってたのかと思ってたわ」


「酷いな……あんなに愛していたのに」


 白々しいかな?


「でも……おかしくない?それだったらアンタがこの部屋に入ってきた時の態度。今までみたいに脳内お花畑じゃないとおかしいじゃない!」


 脳内お花畑か……なんか凹むな……。


 それにしてもアネットめ、中々鋭い。


 だが、何とかしないと……。


 「ああ、そんな事か。簡単なことさ。昨日の時点で君が逮捕されてからの様子を聞いたんだよ。いや、聞かされたんだ、私の目を覚まさせる為に」


 表面上はこともなげに答えて見せる。


 どうだ?


 「あら、そうだったの。まあ、もう……どうでもいいことだけど」


 アネットは簡単に納得し、興味を失ったように再び椅子にもたれ掛かる。


 だったら聞くなよ……。


 焦ったー。


 「流石に100年の恋も醒めるってやつだな」


 「あら、残念。本気、だったんだ……」


 ん?なんだか寂しげで、少し嬉しそうだな。


 まあ、今はそんな事どうでもいい。


 さて、少し意趣返しをしてやろう。


「それに、実は前から不安があったんだよ。将来の王妃の子の父親が誰か分からないのでは困ると、ね」 


 そう、何となく浮気してそうだな、とは実は思っていた。


 顔だけは良い我が取り巻き連中の誰かと。


 いや、違うな、浮気じゃない。


 実は私とアネットは身体の関係は無いのだ。


 え?何故かって?そんなの私がヘタレだからに決まって……、止めようか。


 兎に角、ちょっとした好奇心もあって、誰と関係があったのかカマをかけてみた訳だ、すると……。


「あ、知ってたの?でもいいじゃない、アンタの取り巻きみんな高位貴族だから少しぐらい王家の血も混ざってるでしょ?それに1/5の確率で現役の王族の血が入るかもだし」


 アネットは平然と答え、一方で私は……絶句した。


「………………」


 ……え?


 今、何て?

 

 おい!今なんつった!?


 まず「アンタの取り巻き皆、高位貴族だから」つまり相手は私の取り巻き達。


 ああ、分かってたよ。


 次に「1/5で」ということは、人数は取り巻きの4人+1人。


 5人って……5股は流石に予想の上だったな……。


 そして、問題の「現役の王族の血が」という部分。


 まず、誓って私は違う。


 そして、父上は今でも母上を愛し続けており未だに後妻を娶っていないから、あり得ないだろう。


 つまり、消去法でフィリップしかあり得ない訳だ。


 我が弟よ……一体何があった?


 結論、アネットはリアルビッチでした。


 いやー、予想の上を行ってくれたよ、驚愕だよ。


 せいぜい1人か2人だと思ったが、よく分からないがちょっとショックだな……。


 もしかしたらファッションビッチで濡れ衣という展開もあるのかと思えば……。


 まあ、兎に角、私の思考は衝撃の事実を告げられ混乱に陥ってしまった。


「そ、そうか……」

 

 何とか捻り出せた言葉がこれ。


 だが、アネットは平然と続けようとする。


「まあ、皆大した男じゃ無かったけどね。誰も私を満足させ「もういい!それ以上喋るな!色々マズい!」


 私は色々な理由で必死に静止する。


「これ以上、具体的な事まで喋ると運営に消されてしまう!」


「!?」


 閑話休題。


 さあ、気を取り直して行こうか。


 「兎に角、私は何となく君の交友関係を疑ってはいた訳だ」

 

 「なるほど、だから警戒してアタシと深い関係になろうとしなかった訳かー、どおりでね」


 妙に納得しているアネット。


「だってアタシがあれだけ本気で誘ってもアンタはいつも、婚姻前は駄目だ、って言ってほっぺにキスする以上の事は出来なかったし……ただのヘタレかと思ったわよ」


 すみません、ごめんなさい、ただのヘタレです。


 あと、それ以上はもう止めてー!


 ライフはゼロだから……。


「まさかアタシを警戒して演技してたなんて……やるわね、王子様」


 ん?なんか褒められたぞ……。


 と、その時。


 ガタガタ!ドスン!


 何だ?壁の向こうから音が……。


 ああ、そうか、ここは尋問室だがら当然、覗き穴があるよな。


 多分、さっきの牢番か暗部の人間だろう……ん?暗部?


 ハッ、まさかこれは「私を」暗部が監視しているか!?私の仕事ぶりを!


 マズい、完全に油断していた。


 決して私は無罪放免、清廉潔白の身ではないのだ。


 むしろ監視されて当然。


 馬鹿め、何でこんな事に気づかなかった!?


 暗部は一時的に指揮下にあるだけで、彼らが忠誠を誓うのは国、つまり君主である父上なのだ。


 職務怠慢を報告されでもしたら只では済むまい。


 権限や予算を減らされたり、軟禁されてブラック労働を強いられる事だって考えられる。


 マズい、マズいぞ!


 これは暗部との関係を考えなければならないな……と、今はそれどころでは!


 取り敢えず真面目に仕事をせねば!


 こんな所でアネットの男性遍歴を聞いている場合では断じてない!


 さあ、話を戻して交渉に入ろうか。

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