第15話「隣のカーテンの中で 王女マリー=テレーズ ④」

 そう、力です。


 あの時ブルゴーニュ公爵邸で無力だった私。


 愛してくれ、守ってくれる人達が居なければ無力な私。


 だから私は……人間の醜く薄汚い本性を見せつけられた私は……それに負けない力が欲しいと強く願いました。


 いつかリアンお義兄様や、セシルお姉様や、私を心から愛してくれる優しい人達を守れるような力が欲しいと。


 そんな私に、この新しい環境はうってつけでした。


 まず、ランスで過ごす期間ですが、お義兄様に構って貰う時間以外は王女として求められる様々な分野を学びつつ社交界での人脈作りをしています。


 あと、これは秘密なのですが、いろんな組織に対する影響力を強めることや、暗部を通して情報収集、最近では様々な工作もしています。(これが陰ながらお義兄様をフォローするのに重要なのです)


 何故こんなことができるのかと思われるでしょう。


 実は、元々ブルゴーニュ公爵家はランス王国の戦略を担う家柄だったのです。


 これは遡ること約三百年、建国当初からの役割分担でスービーズ公爵家は敵正面を担う戦術担当、我がブルゴーニュ公爵家は後方を担う戦略担当ということになっているのだとか。


 もちろん厳密な取り決めがあるわけでは有りませんので、時代とともに有耶無耶になりつつあります。


 ブルゴーニュ公爵位が実質不在の状態になる前からスービーズ公爵のエクトル様が内政面全般を取り仕切っておられますし。


 まあ兎に角、私はそのような家系に生まれたのです。


 私の場合は色々と受け継ぐ前に両親が他界してしまった為、何も知らなかったのですが、正式に王家の一員となった後に、暗部の方から接触してきました。


 なんでも代々のブルゴーニュ公爵家が実質的に暗部を取り仕切って来たので、私が後継者なのだそうです。


 私がブルゴーニュ公爵位を継いだ時に、正式に暗部の方も継ぐことになるのだとか。


 要はもう、そう決まってるからちゃんと自覚して、物心両面で準備しといてね!ってことです。


 全く、5歳児になんてこと言うのでしょうか、あの人達は。


 なので、今私は色々とお勉強中なのですよ。


 しかし、これは当初は多少の戸惑いがあったものの、有難い話でした。


 暗部に対する影響力なんて普通は望んでも手に入れることはほぼ不可能ですから。


 次に、ストリアでの過ごし方です。


 初めてストリアに行った時は知り合いも殆どいませんでしたし、とても不安でしたが、お爺様を始め、一族の皆さんが優しくしてくれたので直ぐにストリアが好きになりました。


 そして、何と言っても5歳年下の従兄弟のオットーちゃんが可愛い過ぎてメロメロのなってしまいました。


 私は元々一人っ子で、王女になった今でも末っ子なので、初めての弟のような存在がもう可愛くて可愛くて仕方がありませんでした。


 もう何でもしてあげたくなっちゃいます!


 ただ、オットーちゃんが私に凄く懐いてくれたことは嬉しい限りなのですが、私がコモナ公国に嫁ぐ事を知って「僕がそんな奴、国ごと滅ぼすから行かないでマリアお姉ちゃん!」など物騒なことを言い出すようになってしまいました。


 シャレになってません……。


 さて、話を戻しますが、あとは基本的にランスにいる時と余り変わらず、文化や教養を学んだり、社交界での人脈づくりが主なのですが、そこに帝王学や経営や軍事、経済なんかも上乗せされています(これらは将来的に国王なられたお義兄さまを支えるのに役立つはずですから頑張って学んでいます)。


 何故、只の孫娘がそんなに学ばなければならないか、と疑問に思われることでしょう。


 実は私にはストリアの皇位継承権があるのです。


 しかも、継承権第三位。


 でも私は皇帝になりたいとは思いませんし、実は何度か継承権を放棄したいとお伝えしました。


 ちょっとした誤解や手違いでヨーゼフ伯父様達と信頼関係が壊れるなんて嫌でしたので。


 あ、ヨーゼフ伯父様はストリア皇太子で、可愛い従兄弟のオットーちゃんのお父上です。


 そうしたら、お爺様もヨーゼフ伯父さまも、「なんて優しい子なんだ」と、何故か涙まで流して感動してるようでした。


 しかし、申し訳なさそうな顔をして、このような時代、いつ何時、何があるかわからないから継承権は放棄しないで欲しいと言われてしまいました。


 そう、今の時代、はっきり言って人は簡単に死にます。


 身分に関係なく、平民から王族まで。


 本当に何があるかわかりません。


 私はそれを身をもって体験しましたから。


 でも、でもですよ?


 考えたくありませんが、ちょっと不幸が重なったら私、翌日から女帝マリア・テレジア1世です。(ストリア風の読み方だとこうなります)


 ……なんか嫌です、可愛くありません。


 ていうか、なんでか分かりませんが、子沢山の肝っ玉母さんになりそうな気がします(相手がお義兄様なら勿論、大歓迎ですが!)。


 それに人間、分不相応な物を急に手に入れると変わってしまうといいますし。


 例えば、誠実で勤勉な人間がある日突然、大金を手に入れたら不誠実で傲慢な人間に変わってしまうように。


 私も人間ですから、色々我慢する自信がありません。


 もし、ある日突然、皇帝になったら直ぐにランスに攻め込んでお義兄様を力尽くで奪い取ってブルーンシェン宮殿に閉じ込めて一緒に暮らします。


 その後、リアンお義兄様を取り返しに攻め込んでくるセシル姉様を捕まえて、くっ殺女騎士の刑に処して心を折った後、私の側室にします。


 あ、意外と悪くないかもしれませんね!


 閑話休題。


 兎に角、私はストリアで忙しくも有意義な日々を送ることができたのです。


 他にも、ストリアの首都ウィーネは西洋一の都市ですから楽しいことも多いですし、ランスとストリアを移動する間は読書や思索に耽ったり、毎回移動するルートを少しづつ変えて色々な土地を見て見聞を深めたり交流を深めたりすることもできました。


 決して楽な日々ではありませんでしたが、これもお義兄様や大切な人達を守れるようになる為ですので、苦ではありませんでした。


 しかし、そんな忙しくも幸せな日々は長くは続きませんでした。


 私が王家の一員になって一年後、今度はアメリー叔母様が亡くなったのです。


 また私は、ただ泣く事しかできませんでした。


 また、大切な人が死んでしまったと。


 しかし、またしてもお義兄様に助けられてしまいました。


 泣いている私をいつものように優しく抱きしめてくれました。


 お義兄様は実の母親を亡くし、しかもシャルル叔父様も国王として疫病が蔓延する国を救うべく寝る間も惜しんで陣頭指揮を取られていた為、殆ど会う事もできない状況で決して涙を見せず、私や、疲弊する家臣達を激励して回っていました。


 気がつけば、周りの者は皆、皇太子マクシミリアン=ルボンはどこまでも聡明で、王たる器の持ち主だと賞賛していました。


 私は心が救われると同時に願いました。


 どうか、この方の役に立ちたいと。


 どんな些細なことでもいいから。


 その為にはどんなことだってするから。


 そんな願いを。


 しかし、神様は残酷でした。


 一年後、神様がそんなお義兄様に与えたのは……。


⑤に続く。

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