第13話「隣のカーテンの中で 王女マリー=テレーズ ②」

 セシル姉様まで来るなんて意外でしたね。


 先程の舞踏会での騒動でかなり弱っていましたし、気がついたら姿が見えず、てっきり何処かでお休みになられているのかと思いましたが……。


 因みに、本来ならあの脳筋洗濯板ことセシル姉様が優男に突き飛ばされたぐらいで転ぶなど考えられません。


 むしろカウンターでモブ男(どうでも良過ぎて名前を忘れましたの……)が即死、なんて事も十分あり得ましたのよ?


 どちらかと言えば、死人が出ないかヒヤヒヤしておりましたの。


 流石に公爵令嬢が素手で会場を血の海したらマズいです、色々と。


 しかし、よっぽどお義兄様の言葉が効いたようですわね……。


 ……あんなに弱った姿はナディア様(セシルの母)が亡くなった時以来ではないかしら?


 因みに、その時にお義兄様に優しく慰められた事が切っ掛けで恋に落ちたのですよ。


 何故知ってるかって?


 馴れ初め話を聞かされたからですよ、それも4桁近く。


 正直、ウザかったです。


 その癖、私の初恋の話は聞こうともしなのですから、あのまな板姉様は全く!


 折角ですから、聞いていただきましょうか、私の話を。


 私が当時まだ従兄弟だったリアンお義兄と初めて出会ったのは、3歳ぐらいの時です。


 と言ってもまだ幼いですから朧げにしか覚えていませんが、周りの話では、私は随分となついていたそうです。


 それから暫くは、私との関係は従兄弟の優しいお兄さんだったのですが、転機が訪れます。


 そう、8年前の疫病。


 この疫病で私の両親は二人とも亡くなりました。


 5年間、深い愛情で私を包んでくれた良い両親でした。


 当時まだ幼く未熟だった私は悲しみに暮れ、塞ぎ込みました。


 悲しみに浸っているうちに、いつの間にか両親の葬儀は終わっていて、気が付けば醜い争いが始まっていました。


 葬儀の翌日、早くも我がブルゴーニュ公爵家の遺産を巡って、ほとんど見たことも無いような親族を名乗る怪しい方々が群がってきました。


 本邸の大広間に集まり、私を無視して勝手に話し合いを進めていました。


 5歳の少女など、どうとでもなると思ったのでしょう。


 内容は土地、宝石、美術品などの財産や私を誰が引き取って後見人になるか等、何が欲しい、子供のお守りは嫌、などと両親を亡くしたばかりの私の前で信じられないような事を平然と話していました。


 しかし、当時の私にはどうすることもできませんでした。


 あの時の私は弱かったから。


 ただただ人間の醜さ見せつけられ、呆然としていました。


 それまで私は愛情に包まれた恵まれた環境で育ち、それが当たり前だと思っていましたから……その分、衝撃は計り知れません。


 私は絶望しました……人間という存在に。


 何と醜いのだろうと。


 そして、なす術もなくこの卑しい人間達に貪り尽くされてしまうと。


 もう誰も信じられないと。


 もう、人間という存在そのものが嫌いだと。


 心が急激に闇に飲み込まれていくようでした。


 そして、心の最後の一欠片が飲み込まれようとした瞬間でした。


 突然ドアが勢いよく開け放たれ、そこにはお義兄様が立っておられました。


 お義兄様はその美しいお顔を憤怒に染め、良く通る声でこう言い放たれたのです。


 「者共聞け!我、皇太子マクシミリアンの名において宣言する!ブルゴーニュ公爵家の相続は我が王家が預かる!金の亡者共!速やかにここから立ち去れ!」


 ああ、今でも目に焼き付いております。


 そのお姿はお伽話に出てくる悪者から姫を助け出す王子様そのものでした。


 そして私は恋をしたのです。


 絶望という名の闇から私を救い出してくれた私の王子様に。


 お義兄様の一喝によって静まり返った室内でしたが、その中の一人が我を取り戻し、恐る恐る口を開きました。


 「で、殿下がなぜここに?それに幾ら殿下と言えどこのような……」


 この美味しい話を逃すまいと抵抗を試みる愚か者がいましたが、更なる一喝で黙らされます。


 「私を侮るか!貴様は王家に逆らおうというのか?二度は言わない。悪党共、今すぐここから立ち去れ!」


 まさにこれぞ王者の風格。


 痺れました。


 僅か10歳の少年が大人達を圧倒したのです。


 その言葉を聞いた大人達は我先にと食堂から逃げ出して行きました。


 こうして私の人生最大の危機は去ったのです。


 あまりのことに呆然と佇んでいた私をお義兄様は優しく抱きしめてこう言ってくれました。


 「マリー、遅くなって済まなかった。もう大丈夫だよ?」


 私は緊張の糸が切れ、安心感からワンワン泣いてしまいました。


 そんな私を優しくいつまでも抱きしめてくれました。


 あとこの時、お義兄様は整った美しい顔立ちをしたポニーテールの従者を一人連れておられました。


 この歳若い従者はお義兄様の後ろに控え、凄まじい殺気を放ち、お義兄様の花舞台を後ろから支えておられました。


 そして、この方も私を優しく抱きしめてくれました。


 「怖かったよね、良く頑張ったね」


 そんな言葉を掛けながら。


 とても良い匂いがした事を覚えています。


 実はこれ、セシルお姉様でした。


 男装した、というか単に動きやすい軽装できただけだったらしいのですが……。


 当時はまだ殆ど顔も合わせたことが無いような状態でしたが、私のことを聞きつけてお義兄様に強引に同行してきたのだとか。


 これは後から聞いた話ですが、この時セシルお姉様もまだナディア様(母親)を亡くされて間も無く、自身もお辛かったでしょうに、私の為にわざわざ来て下さったそうです。


 ですから私は、リアンお義兄様と同じくらいにセシルお姉様のことが大好きなのです。


 リアンお義兄様以外と結婚しろと言われたら迷わず、セシルお姉様です!と答えちゃうぐらいに。


 でも、残念ながら恋のライバルでもありますから、その点では容赦はしませんけどね!


③に続く。

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