第2話「ザマァされるかも……」
アネット達と別れた後、私は重い身体を引き摺りながら、何とか自室にたどり着いた。
そして、部屋に入ると叩きつけるようにドアを閉め、テーブルの水差から顔に溢れるのも構わず私は水を煽った。
そして、
「ヤッベー!」
取り敢えず、絶叫した。
どうしよう!これヤバいやつだ!
ああ、どうしよう、どうしよう!
というか、なんで記憶が戻るのが今なんだ!
タイミング悪過ぎだろう!?
せめて婚約破棄する直前か、逆に一生そのままのがマシだったよ!
ああ、もう手遅れだ……。
そう、私は思い出したのだ。
自分が転生者であり、前世の記憶があることを。
ただし、はっきり全部覚えている訳ではなく、元の自分の名前や詳しい経歴は覚えていないが。
しかも、実はこの世界に生まれた時点で一度、転生前の記憶があったのだ!
しかし、幼少期に発生した事故が原因で、何と自分が転生者であることを忘れてしまった。
それ以来、若干の知識チートのお陰で当時『神童』と呼ばれていた私は全く変わってしまったのだ。
典型的なバカ王子に。
母親譲りの美しい容姿以外は特に取り柄もなく、優秀な弟や婚約者に嫉妬する劣等感の塊みたいな歪んだ人格を持った、残念な放蕩王子に。
ああ、なんてことだ……。
落ち着いて状況を整理すればするほど、絶望感が大きくなっていく。
それは何故かって?
それは今の状況が前世に好きでよく読んでいた『だろう系小説』の『婚約破棄モノ』に酷似しているからだ。
で、実際にそうだと仮定して考えみると……。
まずここは乙女ゲームの世界で(やったことはないが)大抵の場合、主人公は『悪役令嬢』だ。
物語は婚約破棄から始まり、いくつかのパターンに分かれたはずだ。
特に重要なのは令嬢が本当に『悪役令嬢』なのか、ということだ。
①本当に悪事を働いていた場合。
断罪されて処刑されたり、事故で命を落とした後、タイムリープや転生をして人生をやり直す。
または断罪後に追放されて自らの過ちを反省した後に幸せを掴んだり、流された先で更生して幸せになるパターン。
②すべては冤罪で実は善良な令嬢だった場合。
まず悪役に仕立て上げられた令嬢は婚約破棄後に前世の記憶を取り戻す可能性が高い。
そして断罪イベント後、領地へ帰ったり、追放されて他国へ移ったりした後、現地の王族や大貴族、それも元いた国よりも大国の王子や跡継ぎに見染められ、幸せに暮らすパターンが多い。
因みにこのケースでは婚約者を奪った令嬢(ヒロイン役の令嬢)が性悪な可能性が高い。
また②の場合、悪役令嬢(に仕立て上げられた令嬢)を陥れたヒロイン役の令嬢や、唆され婚約破棄を宣言した王子、そしてその取り巻き達は総じて手酷い報いを受ける。
……最悪、死ぬ。
③悪役令嬢かその取り巻きが、婚約破棄される前の早い段階で前世の記憶を思い出し、婚約破棄からのバッドエンドを事前に回避するパターン。
まあ、③は除外だな。
では、今回のケースではどうだろうか。
結論はわかりきっているが、一応考えてみよう。
まず配役は、
悪役令嬢 セシル。
婚約者の王子 マクシミリアン(私)
ヒロイン令嬢 アネット
だな。
では悪役令嬢のセシルは本当に悪事を働いたのか。
答えは、否。
重度の恋の病を患っていたさっきまでなら兎も角、記憶を取り戻した今ならあり得ないと断言できる。
まず、犯罪紛いの陰湿な虐めや嫌がらせ、殺人未遂などはアネットの狂言か捏造だろう。
そもそもアネットと取り巻き連中が準備した証拠や証人の出どころは不明で、全く信用出来ない。
何故なら、王族である私には『暗部』と呼ばれる影の組織による護衛が、常についている筈だから。
そして、そこから何の報告もないのだ。
当然、私の交友関係も把握し、調査、監視を恒常的に行っている筈なのだ。
それにも関わらず、報告が何も無いということは……。
まあ、もしかしたら信用のない放蕩息子のバカ王子(私)のことはスルーしているのかもしれないが。
だが、その場合でも必ず国王や高官の耳には入る筈だ。
もし皇太子の婚約者、つまり将来の王妃であるセシルが犯罪紛いの虐めや嫌がらせ、あまつさえ殺人など犯せば、間違いなく大スキャンダルである。
それを国王やセシルの父親である宰相が放置しておくだろうか?
あり得ない。
止めるなり、揉み消すなりするだろう。
彼等にはそれが可能なのだから。
更に、セシルの人となりを知っていれば尚のこと、絶対にあり得ないと言いきれる。
彼女は誇り高きスービーズ公爵家の令嬢にして、未来の王妃である。
当然それに相応しい高潔な精神を持った人格者でもあるのだ。
ノブレス・オブリージュ(高貴な者に伴う義務)をよく理解し、貴族に必要な教養は勿論、父親譲りの政治的なバランス感覚も一流。
社交界での人脈作りや調整など、各派閥を上手く往なしながら物事を進めることができるだけの才覚もある。
また、リアリストで綺麗事や理想だけでは物事が進まないことを理解し、目的達成に必要ならば、清濁合わせ飲むことができる優秀な女性でもある。
だからこそ彼女ならば無能な皇太子である私を支えていけると期待され、婚約者に選ばれたのだ。
まあ、これらは具体的な証拠ではないが、本当に悪役令嬢ではないという可能性が高いと言える材料にはなると思う。
つまり、その辺りの事から私はセシルの容疑は冤罪で間違いないと考えている。
では以上の事柄を踏まえ、改めて考えるとどうなるだろうか。
まあ、言うまでもなく②だ。
間違いなく、確実に。
100パーセントの確率で、完全にアウト。
限りなくブラックで、疑いの余地はない。
つまり……、
NEW!! 誇り高き悲劇の公爵令嬢 セシル
NEW!! 恋の病に罹って何も見えない愚かな皇太子 マクシミリアン(私)
NEW!! 性悪淫乱ピンク令嬢 アネット
……だな。
この先、善良なセシルを傷つけ貶めた自分と取り巻き連中、そして淫乱ピンクことアネットは間違いなく報いを受けて破滅するだろう。
多分、死ぬ……。
もしかしたら、既にセシルは前世の記憶を取り戻し、我々を『ザマァ』する為に動き出しているのかもしれない。
どうしよう……。
なんとか、なんとか、ならないものか……。
既に手遅れな気しかしないが、私には潔く死を待つ勇気もないし……。
さてさて、どうしたものか……困った。
あ!セシルに土下座して命乞いとかしたら助けてくれないかな!?
……なんて現実逃避をしているのは、時間の無駄だな。
まあ、ここは現実的に考えて、取り敢えずは今後の身の振り方と、国王である父上と宰相のスービーズ公爵に対するいい訳を考えるしかないか。
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