第3話「そうだ、王子辞めよう!」
さあ、父上と会うまで時間も無いし、今後の対応を決めなければ。
まず、彼らとの話し合いで達成すべき目標だが、それは勿論『身の安全』だ。
それに尽きる。
当たり前だが、人間命あっての物種だからだ。
それに相手は大国である我ランス王国を治める百戦錬磨の君主と政治家だ。
私如きがどんなに頑張っても、それ以上の結果は望めまい。
ただでさえ私は今までセシルを放ったらかし、無視し続けた上、自分は放蕩三昧をしまくっていたのだ。
彼等の不興を相当に買っているはず……。
更に問題なのは私が傷付けてしまったそのセシルだ。
まず、彼女はスービーズ公爵家の一人娘である。
次に、彼女は国王から実の娘のように可愛がられている。
そして、彼女の父である宰相にとっては、自らの命よりも大切な亡き妻の忘れ形見なのである。
つまり、そんな風に周囲から愛されているセシルを、私は彼等の眼前で、しかも公衆の面前で傷つけ貶めたのだ。
ああ、全く私はなんてことを……。
自らの行いを客観的に見れば、完全に自殺志願者である。
ああ、なんてことだ……。
幾ら私が王族で皇太子だろうと、彼等が必要だと思ったら躊躇なく消されるだろう。
はぁ、私が生き残る為には一体どうするべきなのか。
やはり、まず真摯な謝罪は当然だ。
そして、事態を上手く収める為にはどんな言い訳が必要だろうか?
ああいう手合いに私のような素人の下手な嘘が通じるとは思えないし、適当な言い訳はむしろ逆効果だろう。
かといって、完璧な理由をでっち上げる時間も、完全に嘘を突き通す自信もない。
それに犯罪を犯した訳ではないから、自首して司法取引する、なんて出来ないし……。
あ、そもそも近代ヨーロッパ風の絶対王政の時代に司法取引とかあるのだろうか?
って、そんなことはどうでもいい!
ああ!不味い、時間がない!
恐らく、無難なのは土下座でもなんでもして許しを乞う事だろうが……。
でもなぁ。
仮に土下座して謝罪したとしても、その後どうなるか、なんだよなぁ。
恐らく、婚約破棄の宣言は一時的な錯乱によるもので、それを撤回すると公式に発表させられる。
そして、信用も信頼もない状態で一生涯貴族社会で、いや国際社会で後ろ指を刺されながら生きていくことになる。
周囲に嘲笑されながら生きていくことは、辛いだろうなぁ。
いや、一生どころではない。
きっと後世まで語り継がれること間違いなしだ。
玉座より愛を選んだ愚か者として、歴史に名が残ってしまう……。
婚姻から逃げた王、『逃婚王』とかつけられて教科書に載り、馬鹿にされ続けるんだろうなぁ……。
ああ、嫌だ。
死んでからも笑われる続けるとか、嫌過ぎる。
まあ、それだけの事をしでかした自分が、二百パーセント悪いのだが。
それにしても、記憶が無かったとはいえ、何てことをしてくれたんだ自分!
ああ、まったく王族などではなく、せめて普通の貴族だったら、まだ何とかやりようはあっただろうになぁ……………ん?
王族で無ければ?………王子で無ければ………あっ!
「そうだ、王子辞めよう!」
突然の閃きに、私は思わず叫んでしまった。
そうだよ!
なんで王子という立場に拘っていたんだ!
正に視野狭窄だった。
私は何故、こんな単純なことに気が付かなかったのか。
全く、私は無能だな。
まあいい、兎に角、王子など辞めてしまえばいいんだよ!
そう考えたら、何とかなりそうな気がしてきたぞ!
それに、そもそも私の前世は一般庶民で、今その記憶が戻ったのだ。
正直、王族として生きることは堅苦しく、非常に辛い。
というか、地獄だ。
是非とも遠慮したい。
こんなアンシャンレジーム全盛の世界、楽しい訳がないのだ。
ならば敢えて王族という肩書を捨てられることは、今後生きていく上でむしろプラスなのだ。
これはまさに、ピンチをチャンスに変える、という奴だな。
うん、我ながら素晴らしい閃き、素晴らしいアイデアだ。
では、具体的にどう話を組み立てていくか、だが……。
まずは機先を制して、こちらから廃嫡を願い出るのはどうだろうか。
きっと、受け身ではダメだろうから。
普通に謝罪をしただけでは、どんな罰が待っているか未知数。
ならば敢えてこちらから廃嫡を提案するのだ。
そうすれば、それがプラスの材料に変わるかもしれない。
例えば父上達が考えている罰より、私自らより重い罰である『廃嫡』を願い出た場合。
彼らに対して、私が大いに反省している、という印象が与えられることだろう。
まあ、逆に罰が想定よりも重かった場合は悪手だが……。
そもそも廃嫡より重い場合はどうしようもないし、可能性も低い…と思う。
つまり、メリットのが大きいと思われる。
だから、まずは謝罪し、そして直後に廃嫡と婚約破棄を撤回しない、という提案をする作戦で行こう!
だが、注意しなければならないのは、中途半端に罰を軽くされることだ。
婚約破棄を撤回させられた上で、熱りが覚めるまで西インディア諸島あたりの、海外植民地の総督などの職に飛ばされてしまったら目も当てられない。
あんな僻地、しかもマラリアや黄熱病が蔓延っている地域に飛ばされたら、医学が未発達なこの時代では間違いなくお終いだ。
つまり、何としても中途半端な結果だけは回避しなければならない。
そして『何処へでも行ってしまえ』
、『消え失せろ』という言葉を何としてでも引き出し、自由を手に入れなければならない。
万が一それに失敗すれば、王族という肩書が一生ついて回る上に、恥辱に塗れた残りの人生を生きねばならないのだ。
勿論、すべて自分が悪いのはわかっているが……それでも嫌なものは嫌だし、可能性があるなら賭けてみたい。
それに……今更だが、セシルや宰相達の復讐が怖くて仕方ない……。
うん、何としてでも自由を勝ち取らなければ!
まあ兎に角、ようやく僅かな希望が見えてきたのだ。
それだけでも今は良しとして、全力でことに当たるとしよう。
負けられない戦いが、そこにはあるのだ。
さて、では更に具体的なプランを考えなければならないのだが……。
廃嫡の提案だけでは、まだまだインパクトが弱い気がするんだよなぁ。
それに平民になった後、市井でどうやって暮らして行くかも問題だ。
前世で言えば転職する訳だが、スキルもキャリアも現金も無い。
更に、こんなアンシャンレジームの時代では、職業選択の自由もほとんど無いはずだし。
はぁ、今更ながら思う。
不公平だ!
私は前世、平凡な事務系サラリーマンだった。
そして残念ながら頭の出来は良い方ではなく、ごく普通の人間だった。
だから、この時代で直接的に役立つ、特別な専門知識や技術はない。
転生者なのに、俺TUEEEEEなチートの類はなく、頭がwikiとリンクでもしてるのかと思うような大量の知識も無い。
まあ、完全ではないにしろ二十一世紀の日本を知っていて、多少成熟した大人の精神を持っていることは、チートと言えなくもないが……。
前世で好きだったヘビーノベル『少女戦記』のペグさんのように、大企業の人事担当のエリートとか『スケルトン・ロード』のカインズ様のように有力なギルドのギルマスとか。
そういうキャリアも経験も資産も、優秀な部下達も無ければ、医者やエンジニアのようなの専門職でもないし。
ああ、そういえば好きだった婚約破棄モノのだろう系小説『侯爵令嬢は嗜む』のヒロインも、確か会計士だったはずだ。
はぁ、そこまで贅沢は言わないから、せめて料理人とか大工とか手に職があればなぁ。
まあ、この時代であまり知識をひけらかすと異端視されて、教会当りに焼き殺されそうな気もするが……。
兎に角、私はこの時代でははっきり言って『無能』なんだよなぁ。
全く、切ないことこの上なし。
おっと、脱線してしまった。
そもそも王族は自分で支払いなどしないから現金なんて持ってないし、気軽に売り飛ばせる私物も、そして売却ルートも無い。
参った、八方塞がりだ……。
と、私はそんな風に頭を抱えながら美術品の見本市みたいな、無駄に豪奢な部屋の調度品を何となく眺めながら思った。
この部屋にあるものはすべて、王家の財産だから勝手に売却など出来ないし……はぁ。
全く、王族なんていう割に置物一つ自由に処分出来ないなんて、理不尽な話だな。
とか、考えていたその時。
ん?置物?
「……置物……置物…………物置!」
そうだ、物置部屋だ!
再び、突然閃いた。
正確には、勝手に物置代わりに使っている部屋の中身。
多分、あのガラクタの山は自分の私物として考えていい筈で、唯一自分の好きできる品々。
つまり、存在を忘れていた埋蔵金。
それら上手く売り払えば、自由でゆとりある平民ライフが楽しめるのではないだろうか!?
「ああ、そうだ!」
と、そこで更にいいアイデアを思いついた。
「あの『連中』もついでに売り払おう!」
自分も国も断捨離だ。
私はあの『連中』の存在を思い出しながら、ニヤリと笑った。
全く、今更だが連中に感謝だな。
後で菓子折の一つでも贈ってやらねば。
よし、完璧だ!これで勝つる!……と、思う。
あと、他に使えそうなネタは無いものか……そうだ、あれだ!さらに時事ネタも絡めて……うん、使える!……ん、そう言えばセシルがあの時……おお、更にあのネタもいいな!ついでにアネットを使えば……国際情勢と財務状況、さらに将来莫大な利益が見込める可能性すらあることを示せば……。
おお!素晴らしい!
これは『win-winの関係』というやつだろうか!?
これなら、セシルも、国王も、宰相も、可愛い義妹のマリーも、弟のフィリップも、国も、そして私も併せて皆ハッピーになれるのではないか!?
うん、いいぞ!これは行ける!
あり得ない理由で自分から婚約破棄をして招いた大ピンチを、自由でゆとりある暮らしを手に入れるチャンスに変えられるかもしれない!
などと、私がテンション高く色々考えているとそこで。
コンコンコン。
「マクシミリアン殿下、お時間で御座います」
侍従が私を呼びに来た。
「ああ、今行く!」
私はそれに気分良く答えた後、思わず一人呟いた。
「さあ、豊な隠遁生活を賭けた大一番だ!」
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