第37話 個人の好み
キャベツに始まりネギ、玉ねぎ、山芋、ブロッコリー、パセリ、紅ショウガ、タコ、豚肉、マッシュルーム、かつおぶし、牛乳、玉子・・・姉ちゃんは手際よく選んでいく。僕は姉ちゃんが選んだ物を受け取ってカートに入れるだけしか仕事をしてない。
さらには薄力粉、ホットケーキミックス粉・・・えっ?ホットケーキ!?
「あれっ?姉ちゃん、ホットケーキでお好み焼きを作る気?」
「アホな事を言わないでくれー。これは3時のオヤツにドーナツを作るからだ」
「ドーナツ?」
「そう、ドーナツ。『オールファッション』も『リング・デ・ポン』も、あんなのは誰でも作れるぞ」
「うっそー!」
「あれあれー、そんな事も知らなかったのかあ?」
「うん」
「アッサリ肯定するなよ!」
「だってー、母さんは絶対にやらないよ」
「婆ちゃんは手作り派だからな」
そう言いつつ姉ちゃんはホットケーキミックス粉だけでなくハチミツや白玉粉、粉砂糖、クッキングペーパーをカートに入れ、そのまま次の列に足を運んだ。
「・・・えーと」
姉ちゃんはそう言うと調味料が並んでる列に足を運んだけど、棚に並んでるソースの中からたこ焼きソースをカートに入れた。えっ?たこ焼き!?
「ちょ、ちょっと姉ちゃん!」
「ん?」
「お好み焼きにたこ焼きソースは勘弁してよー」
「大丈夫大丈夫、これはボク専用だ」
「マジ!?」
「どうせ並野家はカゴヤの中農ソースなんだろ?でも、これは買い置きがある。逆に言えばオタノシケのたこ焼きソースが無いから買ったんだよ」
「お好み焼きにたこ焼きソースが合うの?」
「ま、そこは個人の好みだ。ボクは最近、コレにハマっているというだけだから」
「はーー、そういう事なら僕は構いませんよ」
「ま、叔母さんはついでにケチャップも買ってくれと言ってたからケチャップも買うけど、叔母さんはコープブランドのケチャップでいいと言ってる。別にデレデレモンジャでもカゴヤでも問題ないんだろうけど、ようするに値段で選べという事だ。けど、ボクはオムライスにもたこ焼きソースのつもりでいた」
「ここまで来るとたこ焼きソース宣伝大使かも」
「そうかもしれないぞ。因みに、坂道祭における我が3年A組は『たこ焼き屋台』だからな」
「もしかして、そっちでもオタノシケのたこ焼きソースだとか・・・」
「勿論!でも、客の嗜好に合わせるべくたこ焼きソースと中農ソースの2種類を用意する」
「へえー」
「因みにクラス担任の
「あー、それは僕も同感。さすがにケチャップでお好み焼きを食べたがる人がいるとは思えないからね」
「だろ?個人の好みと万人の好みのどちらを取るかと言えば、こういう時は万人の好みを選ぶというのが道理だ」
そう言うと姉ちゃんはオタノシケのたこ焼きソース、コープのケチャップを手に取ってカートに入れて、そのままレジに向かい始めた。えっ?えっ?
「ちょ、ちょっと姉ちゃん!マヨネーズを買ってないよ!」
僕はキューキューのマヨネーズを手に取りながら姉ちゃんの後に続いたけど、姉ちゃんは何を思ったのかマヨネーズを僕の手からサッと取り上げると、元の棚に戻してしまった!
「マヨネーズは却下!以上!!」
「はあ!?何それ?」
「叔母さんから『マヨネーズ禁止令』を言い渡されてるのを、まさか忘れたとは言わせないぞ!」
しまった、忘れてた・・・僕があまりのもマヨネーズを使うから、とうとう母さんがブチ切れて「今後、我が家ではマヨネーズを一切使いません!」と宣言した挙句、全てのマヨネーズを処分したんだ・・・
「要するに、ショーちゃんの自業自得だぞ」
「はあああーーー・・・」
結局、僕はコープで買った物を全部持たされた。しかも保冷用のエコバッグに豚肉とタコ、牛乳を入れて製氷機の氷を詰め込むのも僕の仕事だ。姉ちゃんはというと僕にあれこれ指示を出したけど、自分でやる事はしなかった。
帰ったら帰ったで冷蔵庫に入れるのも僕の担当だった。
しかも、何故か姉ちゃんと一緒にお好み焼きを作ったのは僕だ。普津美はというと見ているだけ、いや、正しくは『口は出すけど手は出さない』だ。
「・・・お兄ちゃん、ホントに包丁の使い方がダメだねー」
「悪かったですね!」
「そこまで不器用で、よく家庭科が通ったかと思うと感心するよー」
「包丁の使い方は家庭科のテストにありません!」
「あれっ?そうなの?」
「そういう普津美はフライパンを焦がす事しかできないんだろ?」
「人聞きの悪い事を言わないでください!あれは幼稚園の頃の話です!最近のフライパンはテフロン加工してあるから焦げにくいんです!」
「いくらテフロン加工してあってもIHを最強にしておけばホットケーキは真っ黒になるぞー」
「レンジでチン、お湯を注ぐ、これしかできないお兄ちゃんに言われたくありません!」
「それは間違っている。僕はこう見えても、目玉焼きは完璧だ」
「そんなのは何の自慢にもなりません!」
とまあ、普津美とは殆ど漫才の掛け合いになりながらも僕はお好み焼きの材料を切り揃えたけど、姉ちゃんは僕の横に立って、やっぱり普津美と同じく『口は出すけど手は出さない』だ。
「・・・おーい、油はちゃあんと延ばせよー」
「テフロン加工してあるから問題ないと思うけどー」
「そう思って油断してると、簡単にフライパンにこびりつくぞー」
「そんなモンなんですかねえ」
「ボクは忠告はしたぞー。あとはショーちゃんの腕次第だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。まさかと思うけど、僕にお好み焼きをひっくり返せとは言わないよねえ」
「当たり前だ。ショーちゃん以外の誰がひっくり返ショーすと思ってるんだ?」
「まじ!?姉ちゃんはやってくれないの?」
「『母の日』にバイトを理由にサボったショーちゃんには罰を与えないとねー」
「僕だって好きでバイトをやってるんじゃあないぞ!」
「はいはい、そういう事にしておいてやるから、お好み焼きはショーちゃんが作れ!これは『生徒会長権限』だ」
「姉ちゃん、ここで『生徒会長権限』は勘弁してくれよお」
「あれー?そんな事を言ってもいいのかあ?そんな事を言ってるなら、ショーちゃんの最大の秘密をここで暴露してもいいんだぞー」
姉ちゃんは完全にドヤ顔で僕を覗き込んでるし、普津美は普津美で「うっそー!お兄ちゃんの秘密って何?」とか言ってキャンキャン騒ぎ立てるし、ホントに勘弁して欲しいですー。
で、仕方なく僕は殆ど一人でお好み焼きを作ったに等しく、ついでに言えば片付けも全部僕がやった。
午後は午後でドーナツ作りを僕が一人でやった。姉ちゃんは相変わらずだけど僕の横で口を出すだけだ。『リング・デ・ポン』や『オールファッション』のレシピそのものは、『クッキングパック』のサイトに投稿されている物を見ながらだけど、思っていた以上に簡単に作れた。普津美も「わたしでもやれるかも!」とか言いながら見てたけど、相変わらずですが普津美も見ているだけで手伝ってくれません。ただ、僕の作った『リング・デ・ポン』も『オールファッション』も、父さんと母さんにも喜ばれたのは嬉しかったです、はい。
空いてる時間は我が家の50インチのテレビにBUTTONをつないでマリコカートをやってた。さすがの『キング』の僕も、マリコカートでは普津美に敵わない。それに姉ちゃんも相当の腕だから、これはこれで熱戦が繰り広げられて結構楽しかった。
夕飯のオムライスは姉ちゃんがやった。
ただ、やっぱり材料を切り揃えたり下拵えするのは僕の役割で、姉ちゃんは殆ど調理担当専門だった。
そんなこんなで午後7時を回ったから、さすがの姉ちゃんも帰る時間だ。
「・・・ショーちゃんも普津美ちゃんも、お母さんを大切にしろよー」
姉ちゃんは笑いながら言ってるけど、恐らくこれは本音だ。姉ちゃんは母親孝行をする事が叶わなかったのだから。
「・・・はいはい、肝に銘じておきますよ」
「そうしてくれないと、今日のボクの苦労が報われないからなあ」
普津美も僕も今日は有意義に過ごせたとは思ってるけど、どうやら姉ちゃんも同じようだ。
「・・・伊奈クンによろしく言っておいてくれ」
それだけ言うと姉ちゃんはニコッとして玄関の扉を開けて出て行った。その時、姉ちゃんは右手を軽く振っていたから、僕も普津美も軽く右手を上げて見送った。
「・・・お兄ちゃん、達代ちゃんが最後に言ってた言葉の意味、何なの?」
普津美は当たり前だけど姉ちゃんが言ってた意味が分からないから僕に聞いて来たけど、僕はその意味を分かっている。
いや、揶揄ってるのは間違いないのだが・・・こんな時に言わなくてもいいでしょ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます