第36話 買い物

 姉ちゃんが来た以上、僕も普津美もパジャマのままではいられない。急いで着替えたけど、部屋に閉じこもってBUTTONボタンやスマホゲームをやってると姉ちゃんから小言を言われるのがオチだから、僕も普津美も珍しくリビングのソファーでやってるくらいだ。

 父さんは「天気がいいから」という理由で洗車を始めたけど、母さんは姉ちゃんに洗濯を任せ、食器洗いが終わった時点で自分専用のBUTTONを取り出して、こちらはテーブルを前にして座っている。

 でも、姉ちゃんが2階から戻って来たかと思ったら母さんと一緒に何かを話してる。何かを指差しながら、しかもマジックペンまで持っている。何をしてるんだあ?

 そのまま暫く姉ちゃんと母さんは何かを話してたけど、僕はスマホ、普津美はBUTTONを見ていたから二人が何をやっていたのか、全然分かりません。


「・・・おーい、ショーちゃーん」


 姉ちゃんは僕のスマホを覗き込むようにして声を掛けてきたけど、その顔はニコニコ顔だ。

「ん?何かあった?」

「何かあったもヘッタクレもない。パンツを裏返したまま洗濯機に放り込むなよー」

「ちょ、ちょ・・・はーい、気を付けます」

「ま、それは別にボクはどーでもいい。毎日の伯母さんの苦労を少しは分かってやれ」

「もしかして、それを言いたくてここに来たの?」

「そんなアホな事を言いたくてここに来たのではない。今日のお昼ご飯と晩ご飯のおかずを買いに行く。付き合いなさい」

「はあ!?僕がですかあ?」

「当たり前だぞー。普津美ちゃんから聞いたけど、先週は母の日だったにも関わらず、バイトなのをいい事にして何もしなかったんだろ?」

「普津美のやつ、姉ちゃんに喋ったな」

「喋ったではない、メールだ」

「どっちも同じ意味です!」

「そんな細かい事はどーでもいいけど、まさかとは思うけど、か弱き乙女であるボクに全部やらせる気か?」

「はいはい、これ以上は言うだけ無駄だから行きますよ」

「最初から素直に『ハイ』と言えば済んだ話だぞー」

「はいはい、そうですね」

「『はい』は1回だけ!」

「はい!気を付けます!!」

「分かればよろしい!」

 やれやれー、色々な意味で姉ちゃんは『姉』ですね。僕は16年間、姉ちゃんに頭が上がりませーん!


 僕と姉ちゃんが向かった先は平凡坂ショッピングモールにあるコープだ。というより、我が家から一番近くにあるスーパーだから、歩いて行ける場所となれば、センブンシックスを除けばコープしか有り得ないのだ。

 店内は開店直後という事もあって相当な賑わいだ。ただ、9時に開店するのはコープだけだから、他の店舗へ通じる通路のシャッターは閉まったままだ。このシャッターが上がるのは10時、つまり全ての店が開店する時間まではシャッターが上がらないのだ。

 そんな僕はコープでカートを押してるけど、その横で姉ちゃんは今日の新聞に入っていたコープのチラシを両手で広げている。しかもマジックペンで色々と印をつけてあるという事は、母さんと何を買うのか事前に相談していたという事か・・・

 姉ちゃんは僕の横でニコニコ顔だ。僕が知ってる限り、姉ちゃんは学校でこんなニコニコ顔をしていない。むしろクールな表情を崩す事なく、女というよりは男みたいに振舞っている。それに、今日の姉ちゃんは珍しくスカートを履いている。これも僕が知ってる限り、学校の制服を除いて姉ちゃんがスカートを履いてるのを殆ど見た事がないのだから、何か考えがあるのかなあ。あー、そうそう、話が少し逸れるけど、姉ちゃんは幼稚園は別として僕と一緒の学校生活なのは今年だけだよ。

「・・・姉ちゃん」

「ん?どうした?」

「今日のおかずは何?」

 僕は極々普通の質問をしたのだが、姉ちゃんは珍しくハイトーンだ。

「キャベツとネギが本日の特売品になってるから、お昼は『お好み焼き』だよー」

「という事は豚肉も買うんだよね」

「そうだよー。イカでもタコでもいいって叔母さんは言ってたけど、普津美ちゃんは豚肉オンリーだから、コマ切れは絶対に買うからね」

「はーい」

「ショーちゃんに来てもらったのは、玉子が広告の品になってるけど、お一人様1パック限りになってるからだよー」

「あれっ?20個も買ったら使い切れないんじゃあないの?」

「ううん、夕飯はオムライスにするからー」

「あー、ナルホド」

「じゃあ、まずはキャベツから買いましょう」

 どのスーパーも入り口にあるのは野菜コーナーだ。しかもキャベツは今日の目玉商品の1つだから、入口に一番近い場所に山積み状態になっている。僕は野菜コーナーからキャベツを適当に1玉だけ取ったけど、僕がカートに入れたキャベツを姉ちゃんはサッと戻してしまった。あれっ?あれあれっ??

「・・・姉ちゃん、キャベツは買うんでしょ?どうして戻したの?」

「あのさあ、キャベツはズッシリと重みがある物を選ばないとダメなんだよ」

「そうなの?」

「あとね、葉が萎びてる物も選んではダメ。いくら安いからと言って適当に選んだら損するよー」

「はいはい、気を付けます」

 へえー、姉ちゃん、色々と物知りなんですねえ。いや、もしかしたら僕が常識を知らな過ぎるのかもしれない。それに、これは家庭科というよりは雑学の分野だ。それなら買い物は全部姉ちゃんに任せて、僕は荷物持ちに徹していた方がいいかもね。

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